完璧な平均値と、伝説の歩法
「今日こそ、俺の『完璧な一般人』としての真価が問われる日だ」
雲一つない青空の下、初夏の陽気に包まれたグラウンド。
今日は全学年合同のスポーツテスト(体力測定)の日だ。俺は指定された体操服に身を包み、静かに闘志を燃やしていた。
異世界で100年戦い抜いた俺のステータスは、控えめに言ってもカンストしている。全力で走れば衝撃波で窓ガラスが割れるし、全力でボールを投げれば大気圏を突破してしまうだろう。
だからこそ、俺は昨晩のうちに『15歳男子の全国平均記録』を完全に暗記してきた。
「目立たず、騒がれず、全ての種目でピッタリ平均値を叩き出す。これこそが真の一般人……平和な青春への絶対条件だ!」
俺が一人でウンウンと頷いていると、最初の測定種目である『握力計』の順番が回ってきた。
「次、天城くん」
「はい!」
体育教師からデジタル握力計を受け取る。
15歳男子の平均握力は、約43キロ。
俺は100年間の戦闘で培った極限の魔力制御と肉体操作を全開にして、握力計をそっと握り込んだ。
(よし、俺の全力の0.0000001%……卵を優しく包み込むようなイメージで……ここだ!)
ピピッ。
電子音が鳴り、液晶画面に数字が表示される。
「おっ、天城は……『43.0kg』。見事なまでの平均値だな。よし、次!」
(よしっ!!)
俺は心の中でガッツポーズをした。小数点第一位まで完璧なコントロール。我ながら恐ろしいまでの手加減っぷりだ。
俺はホッとして握力計をカゴに戻し、次の種目へと向かった。
しかし、俺は気づいていなかった。
俺の次に握力計を手にした男子生徒が、「あれ? なんでこれだけ、持ち手のプラスチックのところ、手の形のまま凹んでるんだ……?」と首を傾げていたことに。
そして、その一部始終を、少し離れた場所から鋭い眼光で観察している女子生徒がいることにも。
「……あり得ない」
剣道部主将、神宮寺ナギサは、自分の目を疑っていた。
武道を嗜む彼女の目は、人が力を込める瞬間の筋肉の連動を正確に見抜くことができる。
しかし、先ほどの天城カイトの動きは異様だった。43キロというそれなりの数値を出すなら、前腕の筋肉が収縮し、肩から腕にかけて力が入るはずだ。
「筋肉が、一切隆起していなかった。まるで、息を吐くのと同じくらい自然な所作で……いや、もしかして『気』だけで握力計の内部スプリングを押し潰したとでもいうの……?」
ナギサの背筋にゾクッと悪寒が走る。
あの体育の授業で見せた、隙の無い構え。ニュース映像で見た、銃弾を弾く狐面の剣士。それらが一つに繋がり、彼女の中で『天城カイト=底知れぬ達人』という図式が確固たるものになりつつあった。
◆
続いての種目は、グラウンドでの『50メートル走』。
15歳男子の平均タイムは、約7.4秒。
「位置について、よーい……ドン!」
ピストルの音と共に、俺はスタートを切った。
(よし、7.4秒だ。俺の最高速度なら0.01秒でゴールできるが、ここはゆっくり、一般人のジョギングのペースで……)
俺にとっての7.4秒は、果てしなく長い時間だ。
周りの生徒たちが必死に腕を振って走っている横で、俺は『いかに遅く走るか』に全神経を集中させていた。
(腕を大きく振ると風圧で隣のレーンの奴が吹き飛ぶかもしれない。足で強く地面を蹴るとクレーターができちゃうな。よし、上半身を完全に固定して、足裏の摩擦をゼロにして滑るように進もう!)
100年の戦闘経験が生み出した、究極のエネルギー節約走法。
俺は地面を蹴るのではなく、空間を滑るようにスイーッと前進した。
「タイム、7.40秒! 天城、見事な平均タイムだぞ!」
ゴールラインを駆け抜け、俺は爽やかな汗(演技)を拭った。
「はぁ、はぁ……けっこうキツいですね!」
完璧だ。タイムも、この疲れたアピールも、どこからどう見ても普通の高校生だ。
しかし、グラウンドの空気は奇妙に静まり返っていた。
「ねえ……今の見た?」
「うん。なんか、天城くんだけ、頭の位置が1ミリも上下してなかったような……」
「つーか、あいつ腕振ってなかったぞ。スケート靴でも履いてるみたいに、スーッて……」
クラスメイトたちがザワザワと顔を見合わせている。
その中で、星野リカは目をゴシゴシと擦っていた。
「マ!? 今の走り方、人間業じゃないっつーかこないだアタシが通学路で見た『車追い越したヤバい男子』と完全一致なんだけど!! やっぱあれ、夢じゃなかったじゃん!!」
リカが一人でテンションを爆発させている隣で、ナギサはあまりの衝撃に膝から崩れ落ちそうになっていた。
「上半身のブレを完全に殺し、一切の予備動作なく地を滑る歩法……。古武術の奥義『縮地』……ッ!」
ナギサの震える声は、周囲の喧騒にかき消されて誰にも届かない。
彼女の目には、カイトの「手を抜いた走り」が、「極限まで無駄を削ぎ落とした、達人の暗殺歩法」にしか見えていなかったのだ。
「あの若さで縮地を完全に我が物にしているなんて……。天城カイト、君は一体、どれほどの地獄を乗り越えてきたの……!」
ナギサのクソデカ感情(尊敬と畏怖)が限界突破していることなど露知らず。
俺は「よし、次はソフトボール投げだな! 平均は35メートルくらいか。簡単簡単!」と、呑気にストレッチを始めるのだった。
――体力テスト(後篇)へ続く。




