平和な休日は、甘すぎるクレープと共に
異世界からのゲートが消滅し、世界を脅かしていた魔素の恐怖が完全に去ってから数週間。
俺(天城カイト)の日常は、ようやく俺が望んでいた『平和な一般高校生ライフ』へと戻りつつあった。
今日も俺は、ただの「ちょっと運動神経がいい普通の高校生」として、秋晴れの街を歩いていた。
そして迎えた、よく晴れた日曜日。
「おっまたせー! 天城くん、待った?」
駅前の待ち合わせスポット。俺の前に現れたのは、私服姿のリカだった。
肩を出したオフショルダーの白いニットに、淡いブルーのデニムスカート。いつもより少し大人っぽく巻かれた金髪が、秋の風に揺れていい匂いを漂わせている。
「いや、俺も今来たとこ。……なんか今日、いつもより気合入ってるな?」
「ふふん、当然じゃん! 今日は世界を救った大英雄サマを、アタシが『普通の高校生』としてエスコートしてあげる記念すべき日なんだから!」
リカは得意げにウインクをすると、ごく自然な動作で俺の右腕に自分の腕を絡ませてきた。
柔らかい感触と距離の近さにドギマギする俺を引っ張るようにして、リカは歩き出す。
「ほら、行くよ! 今日はナギサも詩織も、凛さんだっていないんだからね。アタシが天城くんを独り占めする日なんだから!」
そう。今日はなんと、リカとの二人きりのデートなのだ。
いつもなら「抜け駆け禁止!」と他の三人が乱入してくるのだが、今日はリカが何か月も前から綿密な計画(と、凛さんへの賄賂?)を練っていたらしく、奇跡的に妨害が入らなかったのだ。
◆
映画を見て、服屋を巡って、ゲームセンターで遊ぶ。
魔大陸のサバイバルでも、テロ組織との戦いでもない。ただの、平和で退屈な、最高に幸せな時間。
「あー、楽しかった! ねぇ天城くん、あそこのクレープ屋さん並ぼうよ! アタシ、ずっとあそこの新作食べたかったんだよね!」
ショッピングモールのテラス席近くにある、人気のクレープ屋。
俺たちは二人で並んで、生クリームとイチゴがたっぷり乗ったクレープを買った。
「ん〜っ! めっちゃ美味しい! はい天城くん、アタシのも一口食べる? あーん!」
「お、おう……あーん」
リカに差し出されたクレープを一口かじる。相変わらず距離感がバグっているが、俺も最近はこの「あーん」に慣れつつあった。
そんな平和な空気を楽しんでいた、その時。
「わっ!」
走り回っていた小さな子供が、リカの背中にドンッとぶつかってしまった。
その反動で、リカの手から食べかけのクレープがポロリとこぼれ落ちる。
「あっ……!」
リカが悲鳴を上げた瞬間、俺の体が無意識に反応した。
100年のサバイバルで染み付いた、極限の動体視力と魔力操作。
(落ちる軌道、速度、風向き……計算完了。――『重力反転』、極小出力!)
俺が指先をわずかに動かすと、地面に激突する寸前だったクレープが、まるでスローモーションのように空中でピタッと静止した。
俺はそのまま音もなく手を伸ばし、生クリームの形を一切崩すことなく、完璧なフォームでクレープをキャッチして、リカの手元へと戻した。
「……はい、セーフ。服も汚れなくてよかったな」
「…………」
周囲の一般客には見えないほどの神速のリカバリー。
リカはクレープと俺の顔を交互に見つめ、それから「ぷっ」と吹き出した。
「あはははっ! なにそれ! 天城くん、また無駄なところで超絶スキル使ってるじゃん!」
「うっ……ごめん。つい、体が勝手に」
「謝んないでよ。……そういう『過保護』なところ、天城くんらしくて好きだし」
リカはクレープを受け取ると、もう一度俺の腕にギュッと抱きついてきた。
さっきよりも、少しだけ力がこもっている。
「ねぇ、天城くん」
「ん?」
「もう、世界を救うために無理しなくていいんだよ。何かを背負って、一人で戦わなくてもいいの。……これからは、アタシが天城くんの『普通の日常』を守ってあげるからね」
リカの瞳は、いつもみたいなギャルのノリじゃなくて、すごく真っ直ぐで、真剣だった。
「……アタシのことだけ見てて。なんてね、言ってみただけ!」
照れ隠しのように笑って、リカは俺の腕から離れようとした。
だが、俺は無意識に、離れようとした彼女の手を優しく握り返していた。
「……ありがとう、リカ。これからも、よろしく頼むよ」
「っ……! うんっ!!」
顔を真っ赤にして、ひまわりのような満面の笑みを浮かべるリカ。
俺の100年間の孤独を完全に溶かしてくれるような、温かくて甘い、平和な休日の午後だった。




