隣を歩く剣士と、百発百中の射的
リカとのショッピングモールデートから数日後。
今日は、俺(天城カイト)とナギサの二人きりのデートの日だった。
「……待たせたわね、天城くん」
歴史ある神社仏閣が立ち並ぶ、少し和風な観光街の入り口。
待ち合わせ場所に現れたナギサを見て、俺は思わず息を呑んだ。
いつもは稽古着や制服でビシッとしている彼女だが、今日は清楚な白のブラウスに、淡い紺色のロングスカート。そして何より、いつもはポニーテールでキリッと結んでいる黒髪を、今日はふんわりと下ろしていたのだ。
「いや、全然待ってないよ。……その、今日のナギサ、すごく似合ってる。可愛いよ」
「っ……! ぁ、ありがとう……。その、凛さんにアドバイスをもらって……変じゃないかしら、動きにくくないかしらって、ずっと不安だったのだけれど……」
顔を真っ赤にして俯くナギサ。
剣を握らない休日の彼女は、驚くほど可憐で、年相応の女の子だった。
「全然変じゃないよ。ほら、行こうか」
俺が少しだけ歩幅を合わせて歩き出すと、ナギサは少し緊張した面持ちで、俺の隣にピタリと寄り添ってきた。
俺たちは、石畳の道を歩きながら、食べ歩きのお団子や抹茶アイスを楽しんだ。平和な世界で、他愛のない会話をしながら過ごす時間。それは、魔大陸では絶対に味わえなかった贅沢だ。
◆
「あら、天城くん。あそこ……昔ながらの『射的』があるわ!」
レトロな遊技場の前を通りかかった時、ナギサの目が輝いた。
彼女の視線の先には、景品の棚の一番上に飾られた、つぶらな瞳の『柴犬のぬいぐるみ』があった。普段はストイックなナギサだが、実は可愛い動物(特に犬)に目がないのだ。
「やってみるか?」
「ええ! 私の『武の真髄』……いえ、集中力を見せてあげるわ!」
ナギサは気合十分でコルク銃を構えた。
ピンッと背筋を伸ばし、呼吸を整え、完璧な射撃体勢をとる。……が。
ポンッ!
放たれたコルク弾は、無情にも柴犬のぬいぐるみの遥か右側へと逸れていった。
「なっ……!? なぜよ! 完璧な軌道だったはずなのに!」
「あー……おじさん、これ銃身が少し右に曲がってるね。縁日の射的あるあるだよ」
俺が苦笑いして言うと、ナギサは「道具のせいで狙いを外すなんて……剣士の恥だわ……」と本気で落ち込み始めてしまった。
「貸して。俺が取ってあげるよ」
俺はナギサからコルク銃を受け取った。
的までは約二メートル。景品は重たいぬいぐるみ。曲がった銃身と、安物のコルク弾。
(……魔大陸の暴風の中で、音速で飛ぶ魔鳥の眉間を、手製の石投げ器で撃ち落としていた時に比べれば、止まっている的を撃つなんて欠伸が出るな)
俺は銃を構えることすらせず、腰だめの状態から『無造作』に引き金を引いた。
――パスンッ!!
放たれたコルク弾は、曲がった銃身から飛び出した後、俺が指先から流し込んだ極微量の『風魔法』による見えないレールに乗り、恐ろしいほどの直進力と回転力を得て、ぬいぐるみのど真ん中にクリーンヒットした。
ズドーン! と、重たいぬいぐるみが豪快に棚から吹き飛ぶ。
「お、お兄ちゃんすげぇな! ハイ、大当たりだよ!」
「やった! ほら、ナギサ」
俺が柴犬のぬいぐるみを渡すと、ナギサはぱぁぁっ! と花が咲いたような笑顔になった。
しかし、すぐにハッとした顔になり、ジト目で俺を睨んでくる。
「……天城くん。今の、コルク弾の周りに『魔力の風』を纏わせて威力を底上げしたわね? どう考えても、コルクの衝撃音じゃなかったもの」
「あはは……バレたか」
「もう。貴方って人は、いつもそうやって規格外なんだから」
ナギサは呆れたように言いながらも、ぬいぐるみを愛おしそうに胸に抱きしめた。
◆
夕暮れ時。
神社の境内にあるベンチに座りながら、俺たちはオレンジ色に染まる街を見下ろしていた。
「……今日、すごく楽しかったわ。ありがとう、天城くん」
「俺も楽しかったよ。平和って、いいな」
俺がそう言うと、ナギサはぬいぐるみを膝に置き、そっと俺の方へ顔を向けた。
「私、ずっと……貴方の背中を守る『剣』であり『盾』でありたいって思っていたの。幻影の狐として戦う貴方を見て、私ももっと強くならなきゃって」
「ナギサ……」
「でもね、この平和な街を一緒に歩いていて、分かったの」
ナギサは、少しだけ頬を赤く染め、伏し目がちに俺の右手を見つめた。
「もう世界は平和で、戦う必要はないのよね。だから……これからは、貴方の剣としてじゃなく。ただの隣を歩く一人の女の子として……貴方のこの手を、繋いでもいいかしら?」
剣士としてのプライドではなく、一人の等身大の女の子としての、真っ直ぐな願い。
俺は小さく微笑んで、彼女の少し手ごわい手、けれど温かいその右手を、しっかりと握り返した。
「……もちろん。これからも、隣で一緒に歩いてよ」
「っ……! ええっ!!」
秋の夕暮れの風が吹き抜ける中。
少しだけ距離が近づいた二人の影は、いつまでも寄り添うように伸びていた。




