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終焉の葬列と、ただいまの帰還魔法

レオンが魂と引き換えに遺した最期の呪い。主を失い、制御を完全に失った異世界のゲートは、もはや新宿の空に開いた単なる「穴」ではなかった。

 それは周囲の光、大気、そして存在の概念すらも等しく飲み込み、暗黒の虚無へと変換する絶望の渦。脈動するたびに重力波が街を叩き、高層ビルの窓ガラスが粉々に砕け散る。


「……ア、アァ……ッ!!」

 地上では、人々が腰を抜かし、迫り来る世界の終焉にただ震えていた。

 だが、その絶望の直下。空中に静止したままの俺――天城カイトだけは、冷静にその『穴』の構造を解析していた。


(……魂を燃料にした暴走か。下手に外側から蓋をしても、中からの圧力で東京ごと吹き飛ぶな。……なら、やることは一つだ。内側から、ゲートの許容量キャパシティを超えるエネルギーをぶち込んで、一度完全にエネルギーを相殺するしかない)


俺は空を仰いだ。そこには、俺が展開した数万の伝説級武器が、今もなお黄金の輝きを放ちながら浮遊している。

 一本一本が神話の英雄の相棒であり、一国を滅ぼしかねない価値を持つ至宝。レオンが命を懸けて追い求めた「勇者の証」が、そこには掃いて捨てるほどあった。


「……悪いな。お前たちの価値は分かってるつもりだけど、こっちの世界の『日常』には代えられないんだ」


俺は空に向かって指を鳴らした。

 その瞬間、『無限の武器庫』が再び脈動を開始する。


「――全弾、射出」


――ドォォォォォンッ!!!


大気を震わせる轟音と共に、数万の武器が一斉にゲートの深淵へと向かって突進を開始した。

 光の尾を引いて飛翔する聖剣、魔力を撒き散らしながら唸る魔槍。それらは暴走するゲートの吸引力に逆らうことなく、自らその暗黒の渦中へと飛び込んでいく。

 一秒間に数千本。黄金の流星群が夜空を塗り替え、全てがゲートの内側へと吸い込まれていく光景は、あまりにも贅沢で、そして圧倒的に暴力的だった。


「……よし。座標固定。オーバーロード、開始」


俺はゲートの真っ正面、渦のギリギリまで接近し、右手を突き出した。

 ゲートの内側。そこは次元が歪み、あらゆる物質が分解される地獄だ。だが、そこに放り込まれた数万の神器たちに、俺は強制的な自爆命令を下した。


「――崩壊せよ」


直後。

 ゲートの内部から、この世のものとは思えない『音のない衝撃』が世界を揺らした。

 数万の伝説級武器が、その内に秘めた膨大な神聖エネルギーを一斉に解放したのだ。白銀の極光がゲートの亀裂から溢れ出し、暗黒を内側から凄まじい勢いで食い破っていく。


外側へ向かおうとする暴走のエネルギーと、内側で炸裂した神器たちの崩壊エネルギー。

 二つの巨大な力がゲート内部で正面衝突し、拮抗し、そして――暗黒の渦は、その勢いを完全に失い、ただの不安定な空間の裂け目へと縮小した。


「よし! ここまで抑えられればあとは……!!」


俺は確信を持って、さらにゲートへと肉薄する。


「俺自身がコアになって、内側から完璧に閉じる!!」


「天城くんっ! まさか、飛び込むつもり!? ダメじゃん、そんなの!!」


地上のビルで、黒田組のヘリの中で、リカたちの悲鳴が響く。だが、俺は止まらなかった。

 外側から術式を組むより、内側から空間を縫合したほうが圧倒的に早く、そして確実だからだ。


「……みんな、また後でな」


俺は狐の半面を外し、素顔で一瞬だけ彼女たちの方を振り返ると、そのまま眩い光を放つゲートの深淵へと、弾丸のように飛び込んだ。


刹那。

 ゲートが、俺を飲み込むと同時に激しく収縮した。

 そして――カッ、と世界が真っ白に染まるほどの閃光が弾け、次の瞬間には、新宿の空には雲一つない秋晴れの青空だけが残されていた。


静寂。

 あれほど街を恐怖に陥れた魔獣も、黒い渦も、黄金の武器も、そして――『幻影の狐』も。

 何もかもが、空から消えていた。



「……天城くん? ウソっしょ……。ねぇ、返事してよ……っ!」

 リカが、力の抜けた膝を地面につき、青空を見上げて声を震わせる。

「……そんな。天城くんが、私たちを助けるために……一人で……」

 ナギサが、震える手で地面を叩いた。詩織ちゃんは声も出せず、ただ涙を流して崩れ落ちている。


そして、誰よりも取り乱したのは――常に完璧な大人の余裕を崩さなかった、凛だった。


「カイト、様……? 嘘ですわよね……?」


ヘリから降りてきた凛は、空を見上げたまま、手から分厚いタブレットを取り落とした。

 ガチャン、と画面が砕ける音が響く。彼女はそのまま力なくアスファルトに膝をつき、両手で自分の顔を覆った。


「ああ……ああああっ……!! カイト様ッ!! 嫌です、行かないでください……! 私を、私を置いていかないで……ッ!!」


裏社会を牛耳る『氷の秘書』の仮面が、無惨に砕け散る。

 凛は地面に突っ伏し、なりふり構わず、まるで迷子になった子供のように声を上げて泣き崩れた。どれほど財力があろうと、どれほど権力を持っていようと、最愛の人が消え去った虚無感の前では、彼女もただの非力な一人の女性に過ぎなかった。


一分、二分……。

 世界中が、英雄の自己犠牲による死を確信し、絶望と悲しみに包まれようとした、その時。


――パカッ。


何もない空間が、まるでお菓子の袋でも開けるような軽い音を立てて、数センチだけ裂けた。


「……あ、あちち。やっぱり爆発の直後は熱いな。座標計算、ちょっとズレたか?」


そこから、ひょっこりと。

 服の袖が少し焦げ、髪をかき上げながら、一人の少年が「……よっ」と空中に現れた。

 天城カイトだ。


「「「…………え?」」」


ヒロインたちの、そして泣き叫んでいた凛さんの時間が、ピタリと止まる。

 カイトは空中で大きく伸びをすると、ふわふわと地上に降りてきた。


「……みんな、どうしたの? そんな、世界が終わったみたいな顔して」


「……天城くん、生きてるの!? なんで!? あのゲート、完全に消滅したじゃん!!」

 リカが涙目のまま、俺の胸ぐらを掴んで激しく揺さぶる。


「え? ああ……いや。あれだけ爆発のエネルギーで穴が小さくなってれば、あとは俺が内側から『帰還魔法』の術式を組んで、空間を縫い合わせるだけだから。ほら、俺、一度異世界から帰ってきた経験あるじゃん? 一度やったことある作業だから、別に命なんて懸けてないよ」


カイトは「あはは」と、まるで少し遠くまでお使いに行ってきただけのような軽さで言った。

 レオンが命を、魂を、全てを捧げて作り上げた「絶望の終焉」を。カイトは「一度やったことあるから」という理由で、涼しい顔をして攻略してしまったのだ。


「カ、カイト、様……っ!!」

 ドンッ! と、凄まじい勢いで凛さんが俺の胸に飛び込んできた。

「うわっ、凛さん!?」

「バカですわ……! 貴方という人は、本当に……っ! 私がどれだけ……どれだけ絶望したか……ッ!」

 さっきまでの完璧な秘書とは程遠い、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにした凛さんが、俺の背中に爪を立てるほど強く抱きついてくる。


「ご、ごめん。そんなに心配かけるとは思ってなくて……。それにしても、ちょっと痛い出費だったよ」

 俺は凛さんの背中をポンポンと優しく叩きながら、苦笑いして空を見上げた。

「『無限の武器庫』の在庫、一気に10分の1も使っちゃったからな。またコレクション集め直すの、時間かかりそうだよ」


「「「…………は?」」」


涙ぐんでいたリカ、ナギサ、詩織ちゃん、そして俺の胸に顔を埋めていた凛さんが、一斉に顔を上げた。


「……天城くん、今、なんて?」

「え? いやだから、在庫の1割くらい使っちゃったなって。国宝級の剣だけでも数千本は飛んだし」


「あれだけ空を埋め尽くすほどの伝説の武器をばら撒いておいて……あれで、たったの1割ですの!?」

 凛さんが、涙声のまま信じられないという顔で絶叫した。


「えっ、うん。だって100年もいたんだよ? 毎日ダンジョン潜ってたら、そりゃ嫌でも貯まるだろ。一応、思い入れのある強めの武器は残しておいたけど」


カイトのその言葉に、ヒロインたちは完全に呆気を取られた。

 世界を滅ぼしかねない絶望も、国を買い取れるほどの伝説の武器の雨も、天城カイトという存在の『底』には、まだ全く届いていなかったのだ。


「……貴方という人は……。本当に、自重という言葉をご存知ないのですね」

 凛さんが、呆れたような、それでいて底知れぬ安堵と愛おしさを込めた溜息をついた。


「いやぁ、でもこれで本当に全部終わったよ。魔素の流出もこれで止まるはずだし」


最大の元凶は去り、世界に魔素を漏らしたというカイトの罪悪感も晴れた。

 だが、最強の力を隠しきれなかった英雄の日常は、これからもヒロインたちの愛と、凛さんのプロデュースによって、より一層カオスに、そして騒がしく加速していくのだろう。


空はどこまでも青く、澄み渡っている。

 カイトは、四人のヒロインに両腕と背中を抱きつかれながら、「……やっぱり、平和な日常が一番だよな」と、遠い目をして呟くのだった。

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