世界生中継の救世主と、加速する陰謀論
東京、黒田グループ本社ビル。その最上階にある巨大なカンファレンスルームは、世界各国のプレス陣と、数え切れないほどのテレビカメラで埋め尽くされていた。
「――これより、『幻影の狐』による公式活動開始の記者会見を執り行います」
凛さんの涼やかな声が会場に響く。
漆黒の和装に狐の半面。俺(天城カイト)は、凄まじいフラッシュの嵐の中、壇上のマイクの前に立っていた。
(……やばい。100年間、魔獣や魔王と戦ってきたけど、何百本ものマイクを向けられる方が数倍怖い……っ!)
俺はガタガタと震える手で、凛さんが用意してくれた原稿を広げた。
「え、えー……幻影の、き、きつね……です。これからは……えっと、に、日本の、平和を……守るために、えっと、尽力……して……かみまひた……」
噛んだ。しかも、一番大事なところで。
会場に「えっ、あの伝説の狐様が……?」という困惑の空気が流れる。俺は狐面の裏で顔を真っ赤にし、逃げ出したい衝動に駆られた。その時――。
「ふふ。皆様、申し訳ありません。幻影の狐様は人一倍、平和を愛する『純粋な魂』の持ち主なのです。言葉よりも行動で示すのが、彼の流儀ですので」
隣に立つ凛さんが、完璧なタイミングでフォローに入った。彼女は流れるような所作でマイクを引き継ぎ、俺の「たどたどしさ」を「神秘性と高潔さ」へと、魔法のように塗り替えていく。
「幻影の狐は、特定の国家や組織に属しません。彼はただ、理不尽な災厄から人々を救うためだけに、その剣を振るうのです」
凛さんの堂々としたプロデュース力に、記者たちが「おおお……」と納得の声を上げる。……が、その平穏は、一人の記者が掲げたタブレットの絶叫によって破られた。
『緊急事態です!! 会場から数キロ先の中央線・特急列車が脱線! 対向列車と衝突し、車両が崖下へ転落しそうです!!』
会場に緊張が走る。モニターに映し出されたのは、無残にひしゃげ、今にも谷底へ滑り落ちようとしている巨大な列車車両の姿だった。
「……凛さん。行ってくる」
「はい、カイト様。世界に『本物』を見せて差し上げなさい」
俺は空間転移を発動した。
記者たちが瞬きをする間に、壇上から俺の姿が消失する。
◆
現場は、悲鳴と火煙に包まれた地獄絵図だった。
脱線した先頭車両が、ガードレールを突き破り、今にも下の住宅街へと落下しようとしている。
(……これ以上、落とさせない)
俺は車両の先端に降り立つと、素手でその巨大な鉄塊を受け止めた。
――ズズズズズッ!!
俺の脚が地面に深くめり込む。100年のサバイバルで鍛え上げた肉体と、重力を操作する魔力を全開にする。
生中継のヘリが見守る中、俺は数百トンある列車を、まるで子供のおもちゃを片付けるように、グイッと線路側へと押し戻した。
「な、なんだってんだ……人間一人の力で、列車を押し戻したぞ……!?」
救助を待つ人々が呆然とする中、俺は変形して開かなくなったドアに手をかけた。
ベリベリッ、という、鋼鉄を紙のように引き裂く音。
俺は力任せに車両をこじ開け、中に閉じ込められていた乗客たちを次々と救い出していく。
パニックに陥り、泣き叫び、折り重なる人々。現場はさらなる二次被害が起きかねない混沌状態だった。
「――静かに」
俺は一言、声に『精神安定の魔力』を込めて放った。
その瞬間、現場を支配していたパニックが、波が引くように収まった。乗客たちは深い安堵感に包まれ、秩序立って避難を開始する。
◆
数分後。
救助を終えた俺が、再び記者会見の壇上に、土埃一つつけずに『転移』で戻ってきた時。
会場、そして画面越しの世界中は、完全なる沈黙の後に、爆発的な狂騒へと叩き込まれた。
「記者会見の最中に、生中継で列車事故を救助しただと……!?」
「あんな短時間で……物理法則を無視した力が、カメラの前で証明されてしまった……!」
ネット上では、そのあまりの非現実的な強さに、これまでの『英雄視』を超えた奇妙な議論が巻き起こり始めていた。
『あの速さは異常だ。幻影の狐は一人じゃない、複数人いるチーム説。あるいは、日本政府が極秘に開発したアンドロイドによる集団演出だ!!』
『いや、これは日本政府が世界のパワーバランスを書き換えるための、大規模な映像ハッキングと超能力兵器のデモンストレーション、つまり「陰謀」の一環だぞ!!』
凛さんがタブレットで世界中の反応を確認しながら、眼鏡をクイッと押し上げ、不敵な笑みを浮かべた。
「複数人説に、政府の陰謀論……。フフ、カイト様。世界中が貴方の存在に怯え、そして熱狂しています。まさに、私が描いた通りのプロデュースです」
「……いや、凛さん。俺、ただ助けたかっただけなんだけど。なんで俺がアンドロイド扱いにされてるの……?」
会見場を埋め尽くす、恐怖と崇拝が混じった視線。
俺の「公式ヒーロー活動」は、カミカミの挨拶とは裏腹に、世界を震撼させる未曾有の事態として幕を開けるのだった。




