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神の鉄槌と、世界を巻き込む『推し活』

その日、地球の気象衛星は、人類の想定を遥かに超える規模の絶望を捉えていた。


「――緊急報道特番です! 観測史上最大クラスの『メガ・サイクロン』が、南太平洋の島国を直撃しようとしています! 避難はすでに間に合わず、数百万人の命が危険に晒されており――」


世界中のテレビやネットが、リアルタイムでその惨状を伝えていた。

 空を真っ黒に覆い尽くす、直径数百キロの暴風雨。ビルを根こそぎ吹き飛ばす大自然の暴力の前に、人々は逃げ場を失い、屋上で震えながら死を覚悟していた。



黒田邸のリビング。ニュースを見て静まり返るヒロインたちから離れ、俺はトイレの個室で『空間転移』の魔法陣を展開した。


(……サイクロンか。こればかりは、放っておけば島が一つ消える。少し魔力を解放して、一発で終わらせよう)


数秒後。

 俺は、暴風雨が吹き荒れるサイクロンの『目』のど真ん中、上空数千メートルの空中に転移していた。

 眼下には、濁流に呑まれかけている都市が見える。俺は漆黒の和装をはためかせ、狐の半面を直すと、右手に莫大な魔力を集中させた。


「――『天駆てんく烈風刃れっぷうじん』」


狐の指先から放たれた極太の不可視の刃が、メガ・サイクロンの分厚い雲を、まるでショートケーキを切るように『真っ二つ』に一刀両断した。


ズバァァァァァッ!!!


その瞬間、暴風雨は嘘のように掻き消え、割れた雲の隙間から、眩しいほどの太陽の光が島国へと降り注いだ。

 奇跡のような天候の激変。

 そして、空からゆっくりと舞い降りてくる、一人の男の姿。


「……あ、あれは……っ!」

「Phantom Fox(幻影の狐)だ!! 伝説の狐様が来てくれたぞ!!」


ビルの屋上に避難していた人々が、俺の姿を見るなり狂乱の声を上げた。

 泣き叫んでいたはずの被害者たちが、なぜかスマホを取り出し、一斉に俺にカメラを向け始める。


「狐様ぁぁぁッ!! 助けてくれてありがとうございます! 狐様に命を救われるなんて、マジで一生の光栄ですぅぅぅッ!!」

「こっち向いて狐様ーッ!! サイン! このライフジャケットにサインください!!」

「俺、昨日アンタの非公式ファンクラブに入ったんすよ!! 愛してるーっ!!」


(……えっ? 何この熱狂。テロ組織を潰した時から変だとは思ってたけど、この人たち、死にかけてた被害者だよね!? なんでアイドルのおっかけみたいになってるの!?)


俺はドン引きしながらも、「怪我がなくてよかった」とだけ短く告げ、ファンサを求める群衆から逃げるように再び空間転移でその場を去った。



数分後。

 トイレから「ふぅ、スッキリした」という顔でリビングに戻ってきた俺を迎えたのは、かつてないほど殺気立ったヒロインたちの姿だった。


「……天城くん。ちょっとこれ、見てくれる?」


リカが、スマホの画面を俺の顔の前に突きつけてきた。

 そこには、今しがた俺がサイクロンを消滅させた映像と共に、世界中でトレンド入りしている無数のイラストや文章が表示されていた。


『狐様尊すぎ! というわけで狐様×金髪美少女の救済ドリーム小説書きました!』

『狐様の和装デザイン考察&二次創作イラスト!』


「なにこれ! なんで世界中の女が、天城くん(狐)と謎のオリジナルヒロインをくっつける二次創作で盛り上がってんの!? 解釈違いも甚だしいし!! 天城くんの隣はアタシっしょ!!」


リカが、世界中の名も知らぬオタクたちに向かってガチの嫉妬と殺意を放っている。


「星野さんの言う通りよ。それに見て、この海外の非公式通販サイト! 『幻影の狐・着用レプリカお面(粗悪品)』が、飛ぶように売れているわ。天城くんの気高い武を、あんな安物のプラスチックで汚されるなんて……許せない!!」


ナギサも、木刀を握りしめながら怒りに震えていた。

 しかし、その横で。詩織ちゃんだけは、顔を真っ赤にして別の画面を食い入るように見ていた。


「し、詩織ちゃん? 何見てるの?」

「あ、あのっ……この、海外の絵師さんが描いた『狐様と村の娘の甘々同棲生活』っていう漫画が……その、すごく天城くんの特徴を捉えてて……尊すぎて、全巻買っちゃいました……っ」

「アンタはちゃっかり二次創作を消費するな!!」


リカのツッコミが炸裂する中、部屋の奥から、分厚い書類の束を抱えた凛さんが、冷たい笑みを浮かべて現れた。


「皆様、落ち着いてください。二次創作のガイドラインについては、すでに私が手を打ちました」


「凛さん、手を打ったって……まさか」


「はい。先ほど、黒田グループのペーパーカンパニーを通じて、『幻影の狐(Phantom Fox)』の名称、意匠、および関連する全ての商標権と世界的なライセンスを独占取得いたしました」


「「「……は?」」」


俺を含む全員の思考が停止した。


「つまり、現在世界中で出回っている非公式グッズの利益は、全て特許侵害として黒田グループに吸い上げられるシステムを構築しました。そして明日から、私が完全監修した『公式・最高品質の狐様グッズ』を受注生産で世界に向けて販売開始します。初年度の売り上げ見込みは、国家予算レベルですね」


「な、なんで俺のヒーロー活動が、巨大なIPビジネスに変換されてるの!?」


「カイト様の尊さを世界が消費するというのなら、その利益はカイト様の平和な日常の資金に還元されるべきですから。……ああ、小鳥遊さん。素晴らしい二次創作を描いた絵師は、黒田組の公式イラストレーターとして好待遇で引き抜いておきましたよ」

「り、凛さん、一生ついていきますっ!」


世界を救った英雄は、今や世界中から推される超巨大アイドルと化し。

 ヒロインたちは、「身バレの心配」よりも「二次創作の解釈違い」と「グッズの著作権」に血道を上げる、最凶のトップオタク(兼 権利者)へと変貌を遂げていた。


(……俺、ただ人助けがしたかっただけなのに。これじゃあ俺、黒田グループの稼ぎ頭の看板タレントじゃないか……)


テレビの中で「狐様、公式ファンクラブ開設か!?」と騒ぐキャスターを見つめながら。俺は、100年のサバイバルより遥かに複雑な『現代社会の推し活エコシステム』の恐ろしさに、ただただ震えることしかできないのだった。

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