深夜の闇取引と、南の島の花嫁たち
黒田邸の最奥。防音設備が完璧に施された凛のプライベートルームは、今夜、三人の女子高生と一人の冷徹な秘書による『秘密の夜会』の会場と化していた。
「――これより、第一回『天城カイト(幻影の狐)非公式オークション』を開催いたします」
大理石のテーブルを囲むように座るリカ、ナギサ、詩織。その正面で、シルクのナイトガウンを纏った凛が、妖艶な微笑みを浮かべて指を鳴らした。
部屋の壁一面を占める巨大モニターに、複数の高画質画像と動画が映し出される。
「ひゃぁっ……!?」
「こ、これは……っ!!」
三人が息を呑んだ。
そこに映っていたのは、体育祭の騎馬戦で、カイトが砂煙の中で神速の動きを見せた瞬間の『超スローモーション映像(4K画質)』。そして、先日の温泉旅館の布団で、無防備な寝顔を晒すカイトの『超至近距離・寝顔写真(高解像度)』だった。
「ドローンと隠しカメラを駆使して収集した、世界に一つだけの極秘データです。特にこの寝顔写真は、わずかに開いた口元と、乱れた前髪が織りなす無防備さが『SSランク』の破壊力を持っています」
「ほ、欲しいっしょ!! その寝顔データ、私のアタシのスマホの壁紙に絶対したい!!」
リカが机をバンッと叩いて身を乗り出した。
「お言葉ですが星野さん、それは私が頂きます。その寝顔を見つめながら毎晩の瞑想を行えば、私の剣の腕はさらに冴え渡るはずよ……! 凛さん、私のお小遣い三ヶ月分と、黒田邸の庭掃除一ヶ月の権利でどうかしら!」
「甘いね神宮寺さん! 私は半年分のお小遣いと、凛さんの肩揉み券(100回分)を賭けるっ!!」
白熱する闇の競り合い。
二人がヒートアップする中、ずっと黙っていた詩織が、おずおずと小さな手を挙げた。
「あ、あの……凛さん。お金や労働じゃなくて、『物々交換』でもいいでしょうか……?」
「ほう。小鳥遊さん、何かめぼしいデータをお持ちで?」
詩織は顔を真っ赤にしながら、自分のスマホを取り出し、画面をモニターに転送した。
次の瞬間、部屋にいた全員の動きが完全に停止した。
「……っ!! な、なんですかこれは!!」
常に冷静沈着な凛が、持っていたワイングラスを取り落としそうになる。
モニターに映し出されたのは、放課後の図書室。窓から差し込む夕日の中、机に突っ伏して眠るカイトの姿だった。
ここまでは普通だ。問題は、その顔の角度。本を枕にして潰れた頬から、ほんの少しだけ、本当にわずかだけ『よだれ』が垂れていたのだ。
世界を震撼させる幻影の狐の、あまりにも平和で、無防備で、母性本能を狂わせる一枚。
「わ、私が図書当番の時に……こっそり撮りました。世界中のテロリストが束になっても絶対に見られない、天城くんの、一番だらしないお顔ですっ……!」
詩織がドヤ顔(ただし顔は真っ赤)で宣言する。
「……小鳥遊さん。貴女、実はとんでもない策士ですね」
「……勝てない。この一枚の破壊力には、どんな剣も通じないわ……」
「詩織、恐ろしい子っしょ……!!」
凛は深く息を吐き出すと、恭しく頭を下げた。
「……取引成立です。この図書室のデータと引き換えに、本日の出品リストの全データを小鳥遊さんの端末へ転送します。……後で私にも、こっそりコピーを頂けますね?」
「は、はいっ!」
こうして、熾烈な闇オークションは、最弱に見えて最強のダークホース・詩織の一人勝ちで幕を閉じた。
◆
戦利品の分配を終え、高級なハーブティーで一息ついた頃。
リカが、カイトの寝顔写真をスマホで見つめながら、ふとため息をつくように呟いた。
「ねぇ……みんなさ。もしもだよ? もしも、天城くんと『結婚』したら、どんな生活になると思う?」
「け、けけけ結婚っ!?」
詩織がハーブティーを盛大に吹き出しそうになり、ナギサも顔を赤くして咳き込んだ。
だが、ここは女子しかいない深夜の密室。『抜け駆け禁止条約』も、妄想の中なら無効だ。
「アタシね、ハワイで結婚式挙げたいな! 青い海と空の下で、アタシはめっちゃ可愛いドレス着て、天城くんは真っ白なタキシード! で、夜は砂浜でパーティーして、お揃いの指輪見せ合いながら『ずっと一緒にいようね』って……あーっ! ヤバい、想像しただけで鼻血出そうっしょ!!」
リカがクッションに顔を埋めて足をジタバタさせる。
「星野さん、それは少し浮かれすぎよ。天城くんの伴侶となるからには、やはり日本の伝統を重んじるべきだわ」
ナギサが、キリッとした表情で語り始めた。
「私は由緒正しい神社で、白無垢を着るわ。そして神前での誓いは……お互いの木刀を交える『誓いの手合わせ(組手)』よ! 刃を交えることで魂を同調させ、その後は山奥に小さな道場を開いて、二人で毎日汗を流しながら、天城くんの背中を流してあげるの……っ」
「いやそれ結婚式じゃなくてただの果たし合いじゃん!!」
リカのツッコミを無視して、ナギサも自分の世界に入り込んで熱い吐息を漏らしている。
そんな二人を見て、詩織が両手で頬を包み込みながら、とろけるような声を出した。
「わ、私は……結婚式は、小さくていいです。それより、毎日の生活が大事で……」
「詩織の理想は?」
「朝、天城くんより少し早く起きて、お台所でトントンってネギを切るんです。お味噌汁の匂いで目を覚ました天城くんが、寝癖をつけたまんま起きてきて……後ろから、ぎゅって抱きしめられながら、『おはよう、詩織。いい匂いだな』って……っ! はぅぅぅっ!!」
詩織は自分の妄想の破壊力に耐えきれず、顔から湯気を出してそのままカーペットに倒れ込んでしまった。
「あはは! 詩織のやつ、妄想でショートしちゃってるっしょ!」
「でも、三者三様、どれも捨てがたいわね……。天城くんの白タキシードも、寝起きの姿も……」
三人が幸せな未来の妄想に花を咲かせる中。
カチャリ、と凛がティーカップをソーサーに置いた音が、部屋に響いた。
「皆様。夢を見るのは自由ですが……いささか、スケールが小さすぎますね」
「えっ?」
凛は手元のタブレットを操作し、壁のモニターの映像を切り替えた。
そこに映し出されたのは、透き通るような海に囲まれた、自然豊かな美しい『南の島』の空撮映像だった。
「リゾート地? なんで急にこんな映像を?」
「……私が先日、黒田グループの総力を挙げて購入した『無人島』です」
凛は眼鏡をクイッと押し上げ、冷たく、そして狂気すら孕んだ笑みを浮かべた。
「インフラの整備はすでに完了しており、中央にはカイト様と皆様が暮らすための巨大な御殿が建設中です。さらに、ある小国の政府に莫大な裏金を積み、この島を『独立した特別自治区』として認めさせました」
「ど、独立……?」
「ええ。そして、この特別自治区における法律の第一条。……それは『一夫多妻制の合法化』です」
「「「…………は?」」」
三人の思考が完全に停止した。
「この島の権利書は、すでにカイト様の名義で登記を済ませてあります。皆様が誰一人としてカイト様を諦めきれないのであれば……私を含めた全員が『カイト様の妻』として、この島で永遠のパラダイスを築けば良いのです。……もちろん、島の管理とカイト様の第一秘書(正妻)の座は、私が頂きますが」
唖然とする三人。
ウェディングドレスだの、白無垢だの、お味噌汁だの。そんな可愛らしい女子高生の妄想を、国家レベルの裏工作と圧倒的な財力、そして「じゃあ全員と結婚させればいい」という狂気的な愛で、物理的に叶えようとしている大人が目の前にいるのだ。
「……凛さん、アンタ……マジでやりすぎっしょ……!!」
「……これが、大人の本気。私たち、まだまだ覚悟が足りなかったようね……!」
「わ、私、側室でもいいので……あの島で、お味噌汁作りますっ……!」
圧倒的な『大人の財力と覚悟』を見せつけられ、三人は敗北感を味わいながらも、カイトへの愛の炎をさらに燃え上がらせるのだった。
◆
その頃、自室のベッドで熟睡していたカイトは、「ぶっくしょん!!」と盛大なくしゃみをして目を覚ました。
(……なんだ? 悪寒がしたぞ。またどこかのテロ組織が動いてるのか……?)
自分が知らないうちに、南の島の所有者になり、さらには一夫多妻制の王として君臨する計画が進められていることなど微塵も知らないカイトは、布団を深く被り直して再び眠りにつくのだった。




