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剣道初心者(歴100年)と、幻影の狐の初陣

高校生活が始まって数日。俺は早くも大きな壁に直面していた。

 体育の授業、種目は『剣道』。


(まいったな。剣なんて異世界で100年振り飽きたんだけど……ここは完全な初心者のフリをして、ポカッと頭を叩かれるのが『普通』の学生だよな)


俺は真新しい道着に身を包み、竹刀をだらんと下げて適当に構えた。

 いかにも素人っぽく、隙だらけのポーズを作ったつもりだ。よし、これで完璧。誰か早く俺から一本取ってくれ。


「――そこ! 竹刀の握りが甘い!」


凛とした声が道場に響き渡った。

 声の主は、一つ結びにした長い黒髪を揺らす凛々しい女子生徒。剣道部主将の神宮寺ナギサだ。彼女はこの時間の指導補佐として、素人の男子たちに手本を見せて回っていた。


「あ、神宮寺さん。えーと、こうかな?」


俺が竹刀を構え直すと、ナギサは指導のために俺の正面に立った。

 しかし、彼女はピタリと動きを止め、驚愕に見開かれた瞳で俺を凝視した。


(ん? どうしたんだ? もっと素人っぽく竹刀を落としそうにした方がいいか?)


俺が首を傾げていると、ナギサの額からタラリと冷や汗が流れた。


「……な、なんだ、この構えは。一切の『隙』がない……!?」

「えっ?」

「無造作に見えて、重心のブレがミリ単位で存在しない。どこから打ち込んでも、完璧なカウンターを合わされる未来しか見えない……! 天城くん、君、一体どこでその歩法を……!?」


しまった。

「隙だらけの構え」を作ろうとするあまり、100年の実戦で染み付いた「どんな体勢からでも即座に反撃できる絶対的バランス」が足元に出てしまっていたらしい。


「あ、いや! 時代劇とかアクション映画が好きで、見様見真似っていうか!」

「見様見真似で、この『極致』に達したというの……? ば、馬鹿な。どれほど血の滲むような修練を積めば……」


ナギサは無意識に、見えない竹刀の柄を握り込むような手つきになりながら、ぶるぶると震えている。

(やばい、変な方向に勘違いされてる!)


「ま、まぐれだよ! ほら、面! 」

 俺はわざとらしく自分の竹刀をナギサの防具にコツンと当てて、ごまかすように笑った。

 しかしナギサの瞳には、俺の姿が『能ある鷹は爪を隠す、ストイックな達人』として完全にインプットされてしまったようだった。



放課後。

 俺が黒田さんの洋館に立ち寄ると、応接室のテーブルに『それ』は置かれていた。


「完成いたしました、カイト様。これぞ現代のヒーローの正装……『幻影の狐』専用衣装です」


凛さんが誇らしげに提示したのは、漆黒の和服だった。

 ただの着物ではない。防弾・耐刃の特殊繊維が編み込まれ、動きやすさを極限まで追求したタクティカル仕様。それに、あの『呪いの狐面(認識阻害付き)』がセットになっている。


「これ、めっちゃかっこいいけど……悪目立ちしないかな?」

「ご安心を。この現代社会において、あえての『和』。このエモさこそが、人々の記憶に強烈なシンボルとして刻まれるのです。お祖父様も絶賛しておりました」

「極道の……いや、日本男児のロマンだな。坊っちゃん、よく似合っているぞ」


黒田さんまで深く頷いている。二人がそういうなら、現代の常識的にはこれが正解なのだろう。

 俺が和装に着替え、狐面を被ったその時だった。


『――緊急事態。駅前の「〇〇銀行」に、武装した強盗団が押し入りました。人質を取って立て篭もっている模様』


凛さんのタブレットに、警察の無線を傍受したアラートが鳴り響いた。


「一般の銀行か……。警察の突入を待っていれば、人質に怪我人が出るかもしれないな」

「カイト様、出番です。しかし、素手での戦闘は周囲の建物を吹き飛ばす危険があります。……こちらの『リミッター』をお忘れなく」


凛さんが差し出したのは、一振りの日本刀だった。もちろん真剣だ。


「ありがとう。刀を使えば、ただの『剣の達人』に見えるもんな。普通の立ち回りで解決してくるよ」

 俺は刀を腰に帯びると、空間魔法で銀行の屋上へと直接跳躍した。



銀行のロビーは悲鳴と怒号に包まれていた。

 自動小銃を持った5人の強盗が、震える客たちに銃口を向けている。


「全員伏せろ! 警察が来たらこいつらの頭を撃ち抜くぞ!」


リーダー格の男が叫んだ直後。

 ロビーの吹き抜けの天井から、音もなく『漆黒の和装に狐面を被った男』が舞い降りた。


「なっ!? 誰だてめぇ!?」


突然の侵入者に、強盗たちが一斉に銃口を俺に向ける。

「撃て!!」


ダダダダダッ!!と、凄まじい発砲音が銀行内に響き渡る。

 俺は腰の刀を抜いた。


(全部体で受けてもいいけど、服が破れると凛さんに怒られるからな。……よし)


俺は飛来する数十発の銃弾の軌道を瞬時に見切り、刀の峰(背の部分)で軽く弾いていった。

 キンッ! キィンッ! と、火花を散らしながら鉛玉が床に落ちていく。異世界の魔族の超高速連撃に比べれば、止まって見えるほどの速度だ。


「ば、馬鹿な……! 銃弾を、刀で弾き落としただと……!?」


強盗たちが絶望の表情を浮かべる。

 さて、ここからが手加減の見せ所だ。俺は刀を上段に構えた。


(峰打ちで気絶させよう。……いや、待てよ。俺の筋力で直接峰打ちなんかしたら、強盗たちの体が物理的に真っ二つになってしまうかもしれない。それじゃあ平和的じゃないし、なにより銀行が汚れる!)


100年の経験が導き出した、最も安全で平和的な解決方法。

 俺は強盗たちの頭上に向けて、刀を全力で振り下ろし――対象の数ミリ手前で、ピタリと【寸止め】した。


ドゴォォォォォォンッ!!!!


「「「がはっ……!?」」」


刀が空気を切り裂き、急停止したことによって生み出された『超圧縮された衝撃波』が、強盗たちを丸ごと吹き飛ばした。

 目に見えない壁に叩きつけられたように、5人の強盗は白目を剥いて壁に激突し、そのままズルズルと崩れ落ちて気絶した。

 一滴の血も流れていない。完璧な不殺の制圧だ。


「ふぅ……。寸止めの風圧だけで気絶させられたぞ。直接当てない平和的な解決。我ながら、完璧な一般人(剣士)ムーブだったな!」


俺は満足げに頷くと、人質たちが唖然としている間に、再び空間魔法でその場から離脱した。



翌日。

 その事件は『謎の狐面ヒーロー、銀行強盗を秒殺!』として、ネットニュースやワイドショーを席巻していた。


神宮寺ナギサは、剣道部の部室でそのニュース映像を食い入るように見つめていた。

 狐面の男の顔はノイズがかかったようにボヤけていて判別できない。だが、彼女の視線はそこにはなかった。

 彼女の武道家としての眼力が捉えていたのは、防犯カメラ越しでもわかる男の『足運び』だった。


「この、一切の無駄を省いた完璧な重心移動。空気を裂くような太刀筋の初動……」


ナギサの脳裏に、昨日の体育の授業で見せたカイトの姿がフラッシュバックする。

 あの時感じた、底知れぬ達人の気配。そして、映像の男が見せた人間離れした剣戟。


「あの太刀筋……速すぎて見えない。それに、刃を当てていないのに、一振りの剣圧だけで屈強な大人たちを吹き飛ばすなんて……」


ナギサはスマホの画面を消し、ふるふると首を横に振った。


「まさか、ね。天城くんは時代劇の真似をしてただけの初心者だし……。いくらなんでも、ただの高校生が剣圧だけで人を吹き飛ばせるわけがないもの」


しかし、彼女の胸の奥に芽生えた『もしかして』という疑念と、未知の強者に対する強烈な憧れは、確実に大きく膨らみ始めていた。

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