ホバーする二人三脚と、竜巻を呼ぶ英雄
雲一つない、絶好の秋晴れ。
俺たちの高校のグラウンドは、全校生徒と保護者たちの熱気に包まれていた。
秋季・全校体育祭。平和な日常の象徴とも言えるこの大イベントは、100年間の魔大陸サバイバルを経験した俺にとって、自らの身体能力を「0.0001%」に抑え込み続けなければならない、針の筵のような耐久ミッションでもあった。
「天城、ごめんな。俺、運動マジで苦手でさ……。足引っ張ると思うけど」
午前の部、最初の出場競技である『二人三脚』。
ペアになった気の弱そうな文化系のクラスメイトが、申し訳なさそうに俺に笑いかけた。
「気にするなよ。俺がペースを合わせるから、ただ前だけ見て走ってくれ」
俺は爽やかな「一般人スマイル」で返しつつ、足首を紐で結んだ。
(よし。俺の筋力を極限まで抜き、彼の重心移動に完全に同調する。100年培った『気配同調』のスキルを使えば、普通の高校生のスピードで走れるはずだ)
パンッ! と、ピストルの音が鳴り響いた。
俺たちはスタートダッシュを切った――が。
「あっ……!」
開始わずか数メートルで、ペアの男子が自分の足をもつれさせ、前のめりに派手に転倒しそうになった。
(しまった、転ぶ! このままじゃ彼が怪我をする!)
俺の100年の戦闘本能(仲間を守る防衛機構)が、理性を飛び越えて無意識に発動してしまった。
俺は倒れかける彼の首根っこをガシッと掴むと、そのまま『縮地』を発動。さらに、グラウンドの摩擦で彼が擦り傷を作らないよう、足元に微弱な『風属性魔法』を展開した。
結果、どうなったか。
「うおおおおぉぉぉっ!?」
ペアの男子は、足が地面から10センチほど浮遊した状態(ホバークラフト状態)になり、俺の縮地に引きずられる形で、猛烈な土煙を上げながらグラウンドを爆走し始めたのだ。
「えっ? 天城ペア、なんか速すぎない!?」
「っていうかあいつ、足動いてなくね!? 浮いてるぞ!?」
観客席がざわめき始めた。
マズい。このままでは超能力者だとバレてしまう。俺が冷や汗をかいた、その瞬間。
グラウンドのスピーカーから、放送委員のテントに座っている詩織ちゃんの、裏返りそうな悲鳴混じりの実況アナウンスが響き渡った。
『あ、あ、あれは滑空現象ですっ!! 天城くんの凄まじい足腰のバネが、グラウンドの空気抵抗をゼロにして、一種のホバー効果を生み出しているんですっ! 物理ですっ! 科学の勝利ですっ!!』
「「「…………えっ?」」」
全校生徒がポカンとしている間に、俺たちはぶっちぎりの1位でゴールテープを切った。ペアの男子は白目を剥いて気絶していた。
詩織ちゃんは放送席で顔を真っ赤にして息を上げている。どんなオカルト科学だ。だが、彼女の必死のフォロー(?)のおかげで、グラウンドには「な、なんかすごい科学の力らしいぞ……」という謎の納得感が広がっていた。
◆
続く午前の部、最終競技『大玉転がし』。
自分の背丈ほどもある巨大な玉を、クラスの数人で協力して転がしていくリレー形式の競技だ。
(よし。さっきは無意識の魔法が漏れた。今度は本当に、ただ手を添えて歩くだけだ。アリを撫でるような優しさで……)
俺の番が回ってきた。
巨大な玉の表面に、そっと両手のひらを当てる。
――しかし。
『巨大な球体を押し出す』という動作が、魔大陸で巨大な岩の魔物を押し返す時のフォームと完全に一致してしまったのだ。
「……ふっ!」
無意識のうちに、俺の掌から強烈な『闘気』が放たれた。
その瞬間、大玉はゴムが焦げるような異音を立て、超音速のRPMで猛烈なスピンを始めた。
ギュルルルルルルッ!!!
「な、なんだあれ!?」
大玉の異常な回転が周囲の空気を巻き込み、グラウンドの砂を吸い上げて、なんと高さ十数メートルの『巨大な竜巻』を発生させてしまったのだ。
大玉(と竜巻)は、俺が歩くスピードに合わせて、他のクラスの玉を暴風で吹き飛ばしながら、ゴールへと一直線に爆走していく。
「あわわわわ……!」
またしても俺の一般人ライフが崩壊の危機に直面した時、観客席の最前列から、リカとナギサがメガホンを持って身を乗り出してきた。
「みんな逃げてーっ!! ただのつむじ風っしょ!! 秋は気圧が不安定だから竜巻が起きやすいんだよ!!」
「ええ! 天城くんは、たまたま発生した突風の『目』に入ってしまって、風に押されているだけよ!! 気象庁の怠慢ね! 彼も被害者よ!!」
二人の必死すぎる(そして気象庁に責任をなすりつける)フォローの声が、暴風の中にこだまする。
もはや誰も大玉転がしなど見ていない。「竜巻だぁー!」と逃げ惑う生徒たちの中で、俺は一人、静かな竜巻の中心(台風の目)をトボトボと歩き、無事に1位でゴールを果たした。
◆
なんとか(?)午前中の競技が終了し、お昼休みの時間。
俺は木陰のシートで、リカ、ナギサ、詩織ちゃんに囲まれながら、ホッと安堵の息をついていた。
「はぁ……。二人三脚のホバーも、大玉の竜巻も、みんなの完璧なフォローのおかげで、一般人のままでやり過ごせたよ。ありがとう」
「ふふん! 余裕っしょ! 誰も天城くんが超能力使ったなんて思ってないから!」
「ええ。科学と気象異常。完璧な言い訳だったわ。私たちの連携の勝利ね」
ヒロインたちは、自分たちの「トンデモ理論」が完璧にカモフラージュとして機能したと信じて疑わず、ドヤ顔で頷き合っている。
(周りの生徒が『天城の周り、なんかヤバい自然現象起きすぎじゃね?』とドン引きしていることには、誰も気づいていない)
「さて、午前の部は天城くんがいっぱい活躍したから、午後からは私たちの番だね!」
リカが、お弁当の唐揚げを頬張りながら、ギラリと目を輝かせた。
「午後は女子の障害物走に、全員参加の騎馬戦! アタシたち、天城くんにいいところ見せるために、めっちゃ気合い入ってるから!」
「ええ。天城くんは、私の武の真髄……いえ、体育祭に懸ける情熱を、特等席で目に焼き付けなさい」
「わ、私も……一生懸命走りますっ! 天城くんのためにっ!」
三人の少女たちから立ち上る、尋常ではない気合いと熱量。
俺は、お弁当の卵焼きを飲み込みながら、午前の自分のやらかしとは全く別の、背筋が凍るような嫌な予感を感じていた。
(……待てよ。この三人、学園でもトップクラスの身体能力と運動神経を持ってるよな。それが、『俺にいいところを見せたい』という激重な愛情バフを受けた状態で、女子競技で本気を出したら……一体どうなるんだ?)
俺の平和な一般人ライフの防衛戦は、ヒロインたちの大暴走という新たな火種を抱えたまま、波乱の午後の部へと突入しようとしていた。




