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バズる英雄と、解釈違いの女神たち

「――おい見たかよ昨日のニュース! 『幻影の狐』マジでヤバすぎだろ!!」

「あの光の剣、CGじゃねぇんだぜ!? 俺、今日から狐推しになるわ!」

「カッコよかったよね〜! あのミステリアスで冷酷な感じ、たまらないっ!」


翌朝の教室は、昨夜の『幻影の狐』の話題で持ちきりだった。

 男子たちはその圧倒的な戦闘力に中二病心をくすぐられ、女子たちはその孤高で危険な香りに完全に魅了されている。


そんな中、俺(天城カイト)は自分の席で、国語の教科書を逆さまに開きながら必死に気配を殺していた。


(……よ、よし。誰も俺があの狐だなんて気づいてない。一般人への擬態は今日も完璧だ)


冷や汗を拭っていると、クラスの女子たちが、俺の周りを固めているリカ、ナギサ、詩織ちゃんの「三大女神」へと話を振ってきた。


「ねえねえ、星野さんたちは狐さまのことどう思う? やっぱり怖い?」

「あの冷徹で、人を寄せ付けない一匹狼な感じがイイよね!」


その質問に、三人の肩がピクリと反応した。

 彼女たちの顔には、「ふふんっ」という、誇らしくてたまらないといったドヤ顔が浮かんでいる。……嫌な予感がする。


「えー? 一匹狼っていうかぁ、狐さんってぇ実はすっごく寂しがり屋で、不器用なんだよ!」

「……は?」

 リカが、嬉しそうに身を乗り出して語り始めた。

「急に抱きついたりすると、あの狐のお面の裏でめっちゃ耳まで赤くして焦るし! あとね、血の匂いとか全然しなくて、お日様にあてたふかふかのタオルの匂いがするの!」


「……え、えっと、星野さん? テレビ越しに匂いとか、耳が赤いとか、なんでわかるの……?」

「そ、それは……ファンの直感? あと、私の妄想設定!」


クラスの女子たちが困惑する中、今度はナギサが真剣な表情でウンウンと頷きながら会話にカットインしてきた。


「星野さんの言う通りよ。狐の本当の魅力は、あの冷徹な戦闘力じゃないわ。戦いの後でも、その心音はすごく優しくて……それに、女の子を絶対に傷つけないように、分厚い結界を張ってくれたり、自分から泥水を被るのを許してくれるような、底抜けの優しさなのよ!」

「し、心音……? 結界? 神宮寺さん、なんかすごく具体的なファンタジー設定だね……?」


「わ、私もそう思いますっ!」

 詩織ちゃんまで、顔を真っ赤にしながら両手をぎゅっと握りしめて立ち上がった。

「狐さんは……ご飯を美味しそうに食べるんです! 特に甘い卵焼きとか、うさぎさんのリンゴとか……! きっと、手作りのお弁当を渡したら、困ったように笑って、全部食べてくれる……そういう温かい人なんですっ!!」


「「「…………」」」


教室に、奇妙な沈黙が流れた。

 クラスメイトたちが思い描く「冷酷無比なダークヒーロー・幻影の狐」と。

 三人が熱弁する「シャンプーの匂いがして、卵焼きが好きで、耳まで赤くする男の子」。


それはもはや『完全なる解釈違い(キャラクター崩壊)』だった。


「あ、あはは……三人とも、狐のこと好きすぎて、なんかすごいオリジナル設定の彼氏像ができあがっちゃってるね……」

「三大女神を狂わせる狐、恐るべし……」


クラスメイトたちは引きつった笑いを浮かべ、そそくさと解散していった。

 当のヒロインたちは「私たちのカイトくん、やっぱり最高よね!」と満足げに頷き合っている。


(お前らぁぁぁっ! 匂わせどころか、俺の個人情報を大声で暴露してるだけだからな!? 危うく「幻影の狐=甘党のオカン系男子」っていう風評被害が世界に広まるところだったぞ!!)


俺は胃を押さえながら、机に突っ伏した。

 彼女たちは「世界一のヒーローの本当の姿を知っている」という優越感と誇らしさで、完全にブレーキが壊れてしまっているらしい。

 スマホを開くと、凛さんからも『カイト様。本日の昼食は、狐様の大好物であるスッポンの出汁巻き卵です』という、悪ノリ(限界化)したメッセージが届いていた。


……まあ、正体がバレていないのなら、これも平和な日常のスパイスか。

 俺がそう自分を納得させ、安堵の息を吐いた、その時だった。


ガラッ、と教室のドアが開き、担任の教師が教壇に立った。


「よし、席につけー。朝のホームルームを始めるぞ。お前ら、狐の話で盛り上がってる場合じゃないぞ。来月は、うちの高校の最大のイベントが控えてるんだからな」


教師が、黒板に大きくチョークで文字を書き殴った。


『秋季・全校体育祭』


「クラス対抗のリレーに、綱引き、騎馬戦だ! 特に今年の騎馬戦は、女子の応援ポイントも加算されるからな。お前ら、気合い入れて優勝を狙うぞ!!」


「「「うおおおおおおっ!!」」」

 クラスの男子たちが、一斉に歓声を上げた。


しかし、俺の背筋には、魔王の最終形態と対峙した時以上の、冷酷な氷が走った。


(……た、体育祭……!?)


走り幅跳びの『一瞬のジャンプ』ですら、加減を間違えて防球ネットを飛び越えてしまった俺だ。

 それが、全校生徒と保護者が見守る中で、リレーで走り、綱引きで力を込め、騎馬戦でぶつかり合うだと?


「天城くんっ! 私、天城くんの騎馬、全力で応援しますからっ!」

「天城くん、リレーのバトンパス、放課後に一緒に特訓しましょう!」

「アタシ、天城くんのために特製ハチマキ作ってくるっしょ!」


キラキラと目を輝かせる三人の女神たち。

 そして、俺に向けられる男子たちの「女神の応援を独占しやがって……殺す!」という圧倒的な殺意の波動。


(終わった……)


俺は、天井を仰ぎ見た。

 100年間の魔大陸サバイバルで染み付いた、致死量120%の身体能力。それを0.0001%に抑え込みながら、全校生徒の熱狂の中で「普通のモブ男子」として立ち回らなければならない、地獄のイベント。


平和な日常を守るための、新たなる、そして最大の『試練クエスト』が幕を開けようとしていた。

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