暗闇のスライダーと、無自覚な鉄壁の守護
夏休み。俺たちは「抜け駆け禁止条約」のもと、全員で国内最大級の巨大室内プール施設へとやってきていた。
天候に左右されないドーム型の施設内は、波のプールや巨大なウォータースライダーなど、レジャーの熱気に包まれている。
「天城くーん! お待たせ! どう、似合ってるかな?」
更衣室から現れたリカが、鮮やかなピンクのビキニ姿でクルリと回った。ナギサは紺色のスポーティな水着で引き締まったスタイルを見せ、詩織ちゃんはフリルたっぷりの白いワンピース水着で小動物のような可愛らしさを全開にしている。
(……いや待て、みんな可愛いけど……これはマズい。非常にマズいぞ!)
俺の100年間の戦闘本能が、激しいアラートを鳴らした。
(布の面積が少なすぎる……! こんなの、魔獣の爪どころか、流れ弾が当たっただけで致命傷じゃないか! 防御力が……実質ゼロだ!!)
俺が一人で「現代日本の防具事情」に戦慄していると、後方から強烈なプレッシャーが漂ってきた。
「――皆様、お揃いのようですね。お待たせいたしました」
ゆっくりと歩いてきた凛さん。彼女が纏っていたのは、もはや『紐』と言っても過言ではない、漆黒の極小マイクロビキニだった。大人の色香を隠す気ゼロのその姿に、プールの気温が一気に上がった気がした。
「「「ルール違反だぁぁぁーーっ!!!」」」
リカ、ナギサ、詩織ちゃんの抗議が爆発する。
「凛さん、それ絶対に『抜け駆け禁止』の枠超えてるっしょ! 反則!」
「目の毒です! 今すぐ着替えてきなさい!」
阿鼻叫喚の修羅場の中、俺は一人、青ざめた顔で凛さんに駆け寄った。
「凛さん! ダメだよ、そんな格好しちゃ!」
「あらカイト様、やはり刺激が強すぎましたか……?」
「刺激とかそういう問題じゃないよ! 見てよそのお腹! 脇腹! 完全にノーガードじゃないか! もし今ここで不意打ちを受けたらどうするんだ!?」
俺は慌てて自分の上着を脱ぎ、凛さんの肩からすっぽりと被せた。
「えっ……? あ、カイト様の……上着……」
「いいかい、これなら少しは防御力が上がるから。……あぁ、でも他の三人も心配だ。よし、みんなこっちに来て! 日焼け止めを塗ってあげるよ!」
俺は四人をデッキチェアに座らせ、日焼け止めを塗り始めた。
だが、これはただの塗布ではない。俺は指先から微量の魔力を流し込み、彼女たちの肌に直接『多重物理障壁』と『精神干渉無効』、さらに『自動反撃』の魔法を編み込んでいった。
(よし、これで『防御力』は完璧だ。どんな不意打ちを受けても耐えられる!)
◆
「じゃあ、スライダー勝負の勝者は私ということでっ!」
日焼け止め(という名の防御バフ)を終えた後。
二人乗りの巨大ウォータースライダーのペアを決めるじゃんけんで、見事に勝ち抜いたのは詩織ちゃんだった。
「い、行きますよ天城くん! よろしくお願いしますっ」
浮き輪の前に詩織ちゃんが、後ろに俺が座る。
係員に押し出され、俺たちは真っ暗なチューブの中へと急降下していった。
「きゃぁぁぁっ!!」
想像以上のスピードと暗闇、そして急カーブ。
悲鳴を上げた詩織ちゃんが、恐怖で後ろにのけぞり、俺の胸の中にすっぽりと収まる形になった。
(ち、近い……っ!)
水着越しにダイレクトに伝わる、彼女の柔らかな体温。
しかし、詩織ちゃんの耳に届いていたのは、恐怖の絶叫よりも、背中から聞こえる俺の規則正しくて力強い『心音』だった。
(トクン、トクン……。天城くんの、心臓の音……)
真っ暗なスライダーの中。何も見えない密着空間で、詩織ちゃんは恐怖よりドキドキが完全に勝ってしまっていた。背中を包み込む逞しい腕と、男の子の匂い。
彼女はギュッと目を閉じながら、「このままずっと、暗闇の中を滑り続けていたい……」と、密かに願うのだった。
◆
スライダーを終え、リカと詩織ちゃんが飲み物を買いに、少し離れた自販機コーナーへと向かった時のこと。
そこに、ガラの悪い不良三人組が絡んできた。
「へぇー、ネーチャンたち、いい水着着てんじゃん。俺たちと遊ぼうぜ?」
「や、やめてください……っ!」
リーダー格の男が、詩織ちゃんの細い腕を強引に掴もうとした。
その瞬間――。
バヂィィィィィィィンッ!!!!
「ギャァァァッ!!?」
凄まじい放電現象と衝撃波が走り、腕を伸ばした男は、まるで大型トラックに跳ねられたかのような勢いで後方のゴミ箱まで吹き飛んだ。
「な、なんだぁ!? 電気か!?」
「テメェ、何しやがった!」
逆上した残り二人がリカに掴みかかろうとしたが、彼らの手がリカの肌に触れる寸前、透明な障壁が展開。
ドォォォォンッ!!
物理反射の魔法が発動し、二人は自分たちの放った力の数倍の衝撃で床を転がり、そのまま白目を剥いて気絶した。
「えっ……? いま、何が起きたの……?」
「わかりません……。でも、なんだか急に温かい風が吹いたような……」
リカと詩織ちゃんは、自分たちの周りで何が起きたのか全く理解できないまま、転がっている不良たちを不思議そうに見つめていた。
◆
その頃、離れたパラソルの下で、俺は凛さんに麦茶を注いでいた。
(……お、今『自動反撃』が二回発動したな。どこかから飛んできたボールでも当たったか? まあ、あの硬度なら大丈夫か)
「カイト様、どうかされましたか?」
「いや、なんでもないよ。……凛さん、その上着、返してもらわなくてもいいけど、暑くない?」
「いいえ……。一生、このままがいいです……。あぁ、カイト様の匂いが、肺の隅々まで……」
凛さんは上着の襟元に顔を埋め、大人の余裕などどこへやら、完全に「限界化した乙女」の顔でヘロヘロになっていた。
俺がかけた『鉄壁の防御魔法』。
それが、彼女たちの平和な水着回を物理的な意味で絶対的なものにしていることなど、やはり俺は本人たちにも言わないまま、ただ穏やかにプールを眺めているのだった。




