銀座の防御力と、黒田邸の熱帯夜
自分の帰還が原因で、この世界に魔素が漏れ出し、『魔科学兵器』という争いの種を生み出してしまった――。
その重い事実に押し潰されそうになった俺を、凛さんは大人の包容力で全力で肯定し、寄り添ってくれた。
俺は一人じゃない。彼女たちがいる。俺が招いた災厄なら、俺の手で、彼女たちと一緒に終わらせればいい。
そう決意を新たにしたのも束の間。
翌週末。俺は凛さんの手配によって、銀座の一等地に建つ高級水着専門店へと連れてこられていた。
「あら、カイト様。そんなに怯えた顔をなさらないでください」
凛さんは、完璧な秘書の微笑みを浮かべながら、俺の腕にそっと手を添えた。
「本日は、黒田グループの力をもって、このお店を夕方まで貸し切りにしております。来る夏休みに向けて、皆様の水着を選ぼうと、お祖父様からの提案でございます」
「……お爺ちゃん、相変わらずスケールがデカいなぁ」
俺が苦笑していると、試着室の方から賑やかな声が聞こえてきた。
「天城くーん! 準備できたよ! 私が一番乗りーッ♪」
シャッ!という音と共にカーテンが開き、星野リカが飛び出してきた。
彼女が選んだのは、ネオンピンクの際どいマイクロビキニ。小麦色に焼けた肌に、その鮮やかな色が映え、彼女の爆発的なギャルオーラをさらに強調している。
「どう? 天城くん! 際どすぎ!? でも、これくらい攻めないと、アンタの隣は歩けないっしょ!」
リカは俺の目の前でクルクルと回り、これでもかとばかりにそのダイナミックなボディをアピールする。
(……現代の女子高生、防御力低すぎない!? 異世界ならスライムの酸で一撃だぞ!?)と俺が戦慄していると。
「……星野さん、少しは慎みを覚えなさい」
隣の試着室から、瑞希が静かに歩み出てきた。
彼女が選んだのは、漆黒のセパレートタイプ。リカのような際どさはないが、ハイレグのボトムスからは、武道で鍛え上げられた無駄のない、引き締まったカモシカのような脚が伸び、トップスの背中は大きく開いて、美しい背筋が露わになっている。
「私は……機能性を重視したわ。動きやすく、いざという時には泳いで敵を制圧できる。……でも、その……天城くんが、魅力的に感じてくれるなら……嬉しいわ」
瑞希は顔を赤らめながら、少し照れ臭そうに髪を直した。その凛とした佇まいと、隠しきれない健康的な色気のギャップに、俺の心臓がトクンと鳴る。
「あ、あのっ! 私は……これを……!」
詩織が、おずおずと試着室から出てきた。
彼女は、パステルブルーのフリルが何重にも重なった、可愛らしいワンピース水着を着ていた。まるで小さな天使のような愛らしさだが、そのフリルの下には、控えめながらも確かな女の子のラインが隠されている。
「天城くん、と……海、行くの、夢だったから……。……かわ、いいですか?」
詩織ちゃんは、上目遣いで俺の顔を覗き込み、顔を真っ赤にして制服の裾(今はフリル)をギュッと握りしめた。その小動物的な可愛らしさに、俺の理性が削られていく。
「ふふ……。皆様、とても可愛らしいですね」
三人のファッションショーを微笑ましく見守っていた凛さんが、ゆっくりと立ち上がった。
「では……私も、カイト様の『秘書』として、そして不可侵条約の一員として、少し本気を見せましょうか」
凛さんが試着室へと消え、数分後。
カーテンが開いた瞬間、店内の空気が、一瞬で凍りついた。
「……カイト様。いかがでしょうか」
そこに立っていたのは、いつもの眼鏡を外し、髪を色っぽくかき上げた凛さんだった。
彼女が身に纏っていたのは、漆黒のモノキニ。際どいカッティングが、彼女の白くて柔らかな肌をこれでもかと強調し、トップスのフロントは大きく開いて、大人の女性としての深い谷間が露わになっている。
眼鏡のない彼女の瞳は、いつもよりずっと妖艶で、俺を絡め取るような情念を帯びていた。
「り、凛さん……!? そ、それは……!」
「あら、際どすぎましたか? ですが、私は側室で構わないので……これくらいアピールしておかないと、若いお嬢さん方に負けてしまいますからね」
凛さんは俺に歩み寄り、その柔らかな大人の体を、ごく自然に俺の腕に押し付けてきた。
(……あぁ、もうダメだ。俺の理性が、一般人としての仮面が、100年の戦闘経験をもってしても、この四つ巴の魅力には耐えきれない……!)
「みんな……! 水着はいいけど、海は紫外線が強いし、クラゲも出るから! とりあえず全員、上からラッシュガード(防御力+30)を着よう!!」
俺のポンコツな異世界基準の心配に、ヒロインたちは「はぁ!?」「天城くん、空気読みなさいよ!」とブーイングの嵐。銀座の高級店は、俺の悲鳴と彼女たちの笑い声に包まれるのだった。
◆
翌日。
水着騒動も冷めやらぬまま、俺たちはテスト前という名目で、黒田邸の広すぎるリビングを借りて勉強会を開催していた。
もちろん、昨日の今日で、みんなのテンションは勉強どころではない。
「ねー天城くん、ここの英語、全然わかんないんだけどー。教えて?」
リカが、パジャマ姿(際どいキャミソール)で俺の隣に座り、太ももをすり寄せてアピールする。
「星野さん! 勉強の邪魔よ! ……天城くん、私はこっちの数学が……あ、あの、この解き方、合ってるかしら?」
ナギサ(生真面目なTシャツジャージ)がリカを牽制しつつ、俺の手を自分のノートへと引き寄せる。
「あ、あの、天城くん、私は……」
詩織ちゃん(フリル付きのネグリジェ)は、顔を赤くして俺の腕をギュッと握りしめ、ひょこっと肩越しに覗き込んでいる。
「あらあら。皆様、ずいぶんと勉強熱心ですね。……カイト様、お夜食に最高級のA5和牛とスッポンの雑炊を用意いたしました。今夜のエネルギー補給にどうぞ」
凛さん(大人のシルクのネグリジェ)が、ドローンで豪華な夜食を運ばせながら、大人の余裕)を見せつける。
(……あぁ、これが平和か。テスト勉強っていうより、ただのハーレムパーティーじゃないか……。俺、一般人の高校生って、もっとこう、地味で静かな生活だと思ってたのに……)
深夜。疲れ果てた(主に俺がヒロインたちの対応で)俺たちは、リビングに並べられた布団で眠りにつくことに。
問題は、誰がカイトの隣を確保するかだ。
「私が天城くんの右隣なのッ!! 抜け駆け禁止のルール、破ったら承知しないから!!」
「抜け駆けじゃないわ、これは戦略的配置よ! 天城くんの隣は私が死守する!」
「わ、私も……天城くんの、隣……」
「ふふ。私はカイト様の足元でお守りしますので、どうぞ皆様はご自由に」
枕投げ戦争が勃発した。
ナギサの放つ神速の枕を、リカがギャル流のブリッジで回避し、詩織ちゃんが枕の影に隠れて、凛さんが涼しい顔でそれをモニターしている。
「みんな、静かに! 近所迷惑……じゃなくて、夜中に暴れるのは良くないよ! とりあえず俺は先に寝るから、みんなも静かに寝て……モガッ!?」
俺の顔面に、瑞希の放った枕(本気の一撃)が直撃した。
俺は(一般人の演技として)気絶したフリをして、そのまま布団の中に潜り込んだ。100年の孤独を経験した俺にとって、この騒がしくて温かい混沌こそが、何よりも愛おしい休息だった。
数分後。
枕投げ戦争が終わり、静寂が戻ったリビング。
(……みんな、寝たかな)
俺がそっと目を覚ますと――。
俺の右腕には、リカが幸せそうに抱き着き、左腕には、ナギサが俺の手をギュッと握りしめ、胸元には、詩織ちゃんが俺の制服の裾を握りしめてすやすやと眠っていた。
そして、俺の足元では、凛さんが俺の足首を枕にして、とろけるような微笑みを浮かべて眠っていた。
(……油断も隙もないな、本当に)
俺は、四人の寝顔を見て、柄にもなく、心の底から優しい気持ちになっていた。
あぁ、俺はもう、一人じゃないんだ。この温かい日常を、俺は心の底から守り抜くと、改めて誓うのだった。
◆◆◆
そして、その翌日の夜。
黒田邸の最深部、全ての光を拒絶するような重厚な防音壁に囲まれた、モニター室。
凛は、数百のスーパーコンピューターが奏でる不気味なノイズの中で、冷たい光を放つモニターを睨み続けていた。
眼鏡のブリッジをクイッと押し上げ、彼女の瞳には、カイトに見せる慈愛の微笑みは欠片もなく、裏社会のトップとして、そしてカイトの『側室』としての冷徹な殺気が宿っていた。
「……見つけましたよ」
凛の声が、モニター室の静寂を切り裂いた。
画面に映し出されていたのは、黒田グループの深海探査艇から送られてきた、『東京湾海底の地形図』。
「紅煉の連中が使っていた魔科学の源……。この日本で一番大きく、そして最もおぞましい『歪み』の震源地を」
凛が端末を操作すると、海底地形図の一角がズームアップされた。
本来なら、泥と岩しかないはずの海底。しかし、そこには、現代の建築技術を遥かに超越した、巨大な『古代遺跡』のような構造物が鎮座していた。
「……これ、は……魔素の鼓動……?」
モニターの中、海底に鎮座する遺跡の中心部が、青白く、不気味に発光していた。
そして、凛の眼鏡が捉えたデータ波形には、ドクン、ドクンと、まるで巨大な心臓が鼓動しているかのような、規則正しい魔素の『脈動』が刻まれていた。
紅煉が使っていた魔科学兵器の魔石も、海洋研究所でカイトが感じた魔力の波動も。その全てが、この海底遺跡から漏れ出している、莫大な魔素によって生み出されたものだったのだ。
「カイト様の、あの温かくて平和な日常を脅かす、災厄の種……」
凛の眼鏡に、モニターの青白い光が不気味に反射する。
彼女は、モニターに映るカイトの笑顔(凛さんが隠し撮りした、お泊まり会の写真)を愛おしそうに撫で、次の瞬間、その笑顔を汚そうとする海底遺跡に向けて、氷のような冷たい殺気を放った。
「私が……黒田凛が、この命を懸けて、全て刈り取ってみせます」
暗いモニター室で、青白く瞬く魔素の鼓動と、氷の秘書の決意。
カイトが望んだ『平和な日常』の裏側で、ついに灾厄の中心地が特定され、最終決戦の幕が、静かに、そして確実に上がろうとしていた。




