裏社会のドンの裁定と、四人の不可侵条約
「――まぁまぁ、お嬢さん方。その辺りになさいな」
修羅場と化した地下シェルターに、重厚でありながらも、どこか楽しげな声が響き渡った。
ゆっくりとした足取りで現れたのは、黒田組の組長、黒田宗一郎だった。日本の裏社会を牛耳る男が、孫娘たちの喧嘩を見守るような穏やかな笑みを浮かべて立っている。
「お祖父様……」
「黒田さん! 助かりました、みんな急にヒートアップしちゃって……」
「ふぉっふぉ。若いというのは良いことですな。……ですが、カイト様を困らせるのもほどほどに。カイト様は100年もの間、戦いの中に身を置いてこられた。恋愛事に関しては、まだ赤子も同然なのですから」
黒田さんの言葉に、三人の少女たちがハッとして口をつぐむ。
「そこで、この老いぼれから一つ提案があります」
黒田さんはポン、と手を打った。
「高校を卒業するまでの間は、決して抜け駆けをせず、互いを深く知り合う期間としてはどうでしょう。そして……高校卒業後、それでも皆様の愛が変わらないのであれば。その時は、全員でカイト様と『結ばれれば』よろしい」
「「「「…………え?」」」」
俺を含め、その場の全員がポカンと口を開けた。
「ちょ、黒田さん!? 全員って、日本の法律じゃ重婚は――」
「カイト様、ここは黒田組のシマですぞ? 戸籍など、我が組の力をもってすればどうとでもなります。皆様が望むのであれば、カイト様には全員の『夫』になっていただく。……それくらいの器量がなくて、どうして世界を救った英雄の伴侶が務まりましょうか!」
ドォォォン!という幻の極道エフェクトを背負いながら、黒田さんが豪快に笑い飛ばす。
無茶苦茶な理屈だ。だが、不思議と誰もそれに反論できなかった。
100年を生きた英雄(俺)の抱えるスケールを前にすれば、常識という枠組みなど、とっくに壊れていたからだ。
「……なるほど。確かに、このまま争って天城くんを困らせるのは本意じゃないわ。私はその『抜け駆け禁止条約』、乗るわ」
最初に頷いたのは、ナギサだった。
彼女は凛と、そしてリカと詩織ちゃんを見据えた。
「その代わり、誰かが卑怯な手段を使ったら、その時は容赦しないから。……もちろん私自身も、天城くんといつ結ばれてもいい覚悟はできているけれど、卒業の日までは、この純潔を剣にかけて貫き通すわ!」
ナギサは顔を真っ赤にしながらも、武道家らしくビシッと姿勢を正して堂々と宣言した。
「わ、私も……誓いますっ!」
詩織ちゃんが、ぶんぶんと首を縦に振る。
「高校を卒業、したら……天城くん、と……む、結ばれる……」
ボフゥッ!!
詩織ちゃんは、自分の中で『結ばれる(意味深)』という想像が完全に限界を突破したらしく、頭からゆでダコのように湯気を噴き出し、目を回してその場にへなへなと座り込んでしまった。気絶寸前だが、その顔はこれ以上ないほどだらしなくニヤけている。
「ちょ、ちょっと待って!? 結ばれるって、つまり……そういう、アレ!? アレな意味だよね!?」
一番チャラいはずのリカが、なぜか一人だけ大慌てで両手で顔を覆っていた。
「わ、私だっていつか天城くんとそういうことしたいけど、でも卒業したらって……えっ、ガチじゃん! ガチのやつじゃん!!」
ゼロ距離でグイグイきていたギャルが、いざ『最終ゴール』を明確に提示されると、一番ウブな反応をして指の隙間から俺をチラチラと見てくる。そのギャップが、どうしようもなく可愛かった。
「……ふふっ。分かりました。皆様がそう誓うのであれば、この凛も、カイト様に一切手を出さずにお守りすることをお約束いたしましょう」
凛さんが、優雅にお辞儀をした。
だが、彼女はスッと顔を上げると、妖艶な笑みを浮かべて俺の耳元に顔を寄せた。
「ですが、カイト様。貴方様は健康な男子高校生です。もしも若いエネルギーが溜まってしまって、どうしても発散しなくてはならない夜が来た時には……」
「り、凛さん……?」
「その『一線を超える手前』まででしたら、いつでも歓迎いたしますので。深夜でも構いません、いつでもご相談くださいね?」
「〜〜〜〜ッ!!」
俺は耳まで真っ赤にして飛び退いた。
抜け駆けはしない。一線は超えない。だが、『その手前』までならお世話する気満々の氷の秘書。この女、大人の余裕というより、ただのド直球な誘惑じゃないか!
「凛さん、それ絶対に抜け駆けのギリギリ攻めてるから!!」
「あら、私はカイト様の健康管理を申し上げているだけですよ?」
こうして、四人のヒロインたちの間で、奇妙でバチバチな『不可侵条約』が結ばれた。
俺の平和な日常は、とてつもなく甘くて、危険な爆弾を抱えたまま、第二幕へと突入することになったのだ。
◆
ヒロインたちが地下シェルターから去った後。
モニター室に残った黒田さんが、すっかり上機嫌な顔を切り替え、鋭い眼光で凛を見据えた。
「……凛よ。余裕ぶっているところ悪いが、気を引き締めておけよ」
「と、おっしゃいますと?」
「坊っちゃんほどの漢だ。あの四人で収まるわけがなかろう。これから先、恋のライバルはもっと、もっと増えるかもしれんぞ」
「…………」
黒田さんの予言めいた警告に、凛は眼鏡のブリッジをクイッと中指で押し上げた。
「……ええ。存じております。カイト様の魅力に引き寄せられる羽虫どもが現れたなら……私がこの手で、徹底的に『管理』するまでです」
氷の秘書の瞳に、獲物を狙うスナイパーのような冷たい光が宿る。
俺が知らないところで、裏社会のトップ二人による『カイト様絶対防衛戦線』が、さらに強固なものへとアップデートされていることなど、やっぱり俺は全く気づかないのだった。




