極甘な四つ巴ランチと、忍び寄る魔科学の影
あの日、地下シェルターで結ばれた『抜け駆け禁止(不可侵)条約』。
高校卒業までは一線を越えず、互いを深く知り合う期間にする――という、黒田組長の鶴の一声で決まったルール。
これでようやく、俺の平穏な一般人ライフが戻ってくる。
……なんて安堵したのも束の間。俺は今、100年の魔大陸サバイバルでも経験したことのない、未知のプレッシャーに冷や汗を流していた。
「天城くーん! 購買の限定唐揚げパン、ゲットしてきたよ! はい、あーんしてっ♪」
昼休み。俺の机の右側に陣取った星野リカが、唐揚げパンを俺の口元にグイグイと押し付けてくる。甘いバニラの香水と、彼女の胸元が腕に当たるゼロ距離スキンシップ。
「ちょ、星野さん! 抜け駆け禁止って言ったでしょ! 天城くん、そんな脂っこいものばかりじゃ栄養が偏るわ! 私の作ったお弁当、卵焼きから食べて!」
左側からは、神宮寺ナギサが手作り弁当(三段重)を広げ、お箸で完璧な形をした卵焼きを掴んで俺の口に迫ってくる。
「あ、あのっ! 食後のデザートに、うさぎさんリンゴを……むきましたっ! あと、麦茶も……!」
正面からは、小鳥遊詩織が顔を真っ赤にしながら、タッパーに詰められた可愛らしいリンゴを差し出している。
「あ、あはは……みんな、ありがとう。自分で食べるから、とりあえず口に押し込むのは待って……モガッ!?」
右から唐揚げパン、左から卵焼き、正面からリンゴが同時に俺の口に突っ込まれる。
『抜け駆けはしない』。つまりそれは、『全員で一斉に猛アピールする』という、とんでもない冷戦状態の幕開けだったのだ。
(くっ……! 魔王軍の総攻撃よりも捌き切るのが難しい! 100年間、モンスターの肉しか食べてこなかった俺の胃袋に、女子高生たちの愛情が重すぎる……!)
俺が必死で三人の手料理を咀嚼していると。
ウィィィィィン……。
突然、窓の外から謎の飛行音が聞こえてきた。
見れば、軍事用の超小型ステルスドローンが教室の窓から滑り込み、俺の机の上に『純金製の四段重箱』を静かに投下した。
重箱の上には、達筆な字で書かれたメッセージカードが添えられている。
『カイト様へ。若い娘たちの未熟な料理でお腹を壊してはいけませんので、最高級のA5ランク和牛とスッポンを用意いたしました。今夜のエネルギー補給にどうぞ。――貴方の凛より』
「「「…………!!」」」
ドローンによる、大人の女からの圧倒的なマウント弁当。
三人の少女たちの目の色が変わった。
「ちょっとぉ! あの美人秘書、全然不可侵条約守る気ないじゃん!!」
「スッポンって、どういう意味よ! 天城くん、そんなの食べちゃダメ!!」
「えっ、えっ? 今夜のエネルギー……!?」
教室中が「天城のやつ、ついにドローンで弁当届けられるレベルのヒモになったのか……」とザワつく中、俺はただひたすらに、純金弁当箱から漂う高級食材の匂いと、三人のヒロインから放たれる殺気(愛)の板挟みになりながら、白目を剥いていた。
平和。あぁ、これが俺の望んだ平和な日常だ。……胃薬、欲しいな。
◆
――その頃。
カイトたちの通う高校から遠く離れた、地下深くの廃工場。
黒田組と敵対する巨大な半グレシンジケート『紅煉』のアジトでは、異様な熱気が渦巻いていた。
コンクリートで囲まれた実験場。その奥に、分厚いチタン合金で作られた強固な防弾壁が設置されている。
「ボスの言ってた『新兵器』って、マジでこんなオモチャみたいな銃なんスか?」
下っ端の男が、半信半疑で一丁のアサルトライフルを構えた。
しかし、その銃は通常の兵器とは明らかに構造が違った。マガジン(弾倉)の代わりに、青白く不気味に発光する『鉱石』が埋め込まれ、銃身には幾何学的な紋様――『魔法陣』のようなものが刻まれている。
「いいから撃ってみろ。的はあのチタン壁だ」
暗がりから、シンジケートのボスがニヤリと笑う。
男が引き金を引いた瞬間。
――ドゴォォォォォォンッ!!!
銃口から放たれたのは、鉛の弾丸ではない。
空気を焼き焦がすほどの超高熱に圧縮された『炎の塊』だった。
まばゆい閃光と共に放たれたその一撃は、戦車の装甲すら弾くはずのチタン壁を一瞬でドロドロに溶かし、廃工場の奥の壁までをも円形に消し飛ばしてしまった。
「な、なんだこれ……!? バズーカ以上の威力じゃねぇか!! しかも反動が全くねぇ!!」
「ヒャハハハッ! すげぇ! これが『異能』の力……!」
腰を抜かす男たちを見て、ボスは満足げに葉巻に火をつけた。
「現代の科学技術と、未知のエネルギー『魔力』を融合させた新世代の力。……名付けて、『魔科学兵器』だ」
ボスは、青く光るクリスタルを愛おしそうに撫でた。
最近、東京湾の海底で発見された謎の古代遺跡。そこから違法に発掘されたこのエネルギー結晶こそが、現代の物理法則を根底から覆す「魔法」の源だった。
「黒田組のジジイどもは、未だにチャカ(拳銃)と日本刀でシノギを削ってる時代遅れの化石だ。この『魔科学兵器』さえ量産できれば、裏社会のパワーバランスは完全に引っ繰り返る」
ボスの脳裏に、かつて自派閥の人間を火事の中から救い出し、同時に圧倒的な力で制圧した『狐面の男』の姿がよぎる。
「……黒田が飼ってるっていう、あの気味の悪い『幻影の狐』とやらも、これでお仕舞いだ。魔科学の炎で、骨の髄まで焼き尽くしてやるよ」
暗い地下室で、青白い魔力の光が不気味に瞬く。
カイトが命懸けで手に入れた「平和な日常」。
しかし、異世界の力(魔法)と現代科学が悪魔の融合を果たした時。彼らの甘く平和な世界に、かつてない最悪の脅威が静かに、そして確実に忍び寄ろうとしていた。




