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四つ巴の修羅場と、勇者の初めての「悩み」

放課後の校門前。

 俺は今、異世界で魔王軍の四天王に包囲された時よりも、遥かに濃密で危険なプレッシャーの渦中にいた。


「天城くん! 今日こそ一緒に帰ろ! つか、そのまま私とデートしよ! マジのやつ!」


先陣を切ったのは、星野リカだ。

 いつもは冗談めかして腕を絡めてくる彼女が、今日は真っ直ぐに俺の目を見て、少し頬を赤くしながらハッキリと言い切った。

 その瞳には、いつもの「面白いオタク男子」に向けるものではない、一人の「男」に向ける熱い好意が宿っていた。


「ちょっと待ちなさい、星野さん! 天城くんは今日、私と出かける予定よ!」


横から割って入ったのは、神宮寺ナギサ。

 彼女はリカの前に立ち塞がると、胸に手を当て、意を決したように声を張り上げた。


「天城くん! 私はもう、貴方のお世話係なんて嫌……っ。私は、ひとりの女の子として……貴方の隣に立ちたいの。だから、私を選んで!」


周囲の生徒たちが「えっ、修羅場!?」「神宮寺さんが告白したぞ!」とざわめき始める。

 リカとナギサの視線が、空中でバチバチと激しい火花を散らした。


「はぁ!? 神宮寺さん抜け駆けズルい! 私だって天城くんのことガチなんだから!」

「ズルくなんかないわ! 私のほうがずっと、彼のことを想って……!」


俺が(い、一般人の高校生って毎日こんな胃の痛いイベントこなしてるのか!?)と戦慄していると、背後から、小さな、けれど必死な声が響いた。


「わ、私も……っ! 私も、負けませんっ!!」


図書委員の小鳥遊詩織だった。

 彼女は分厚い本を胸にギュッと抱きしめ、小動物のように震えながらも、一歩前へ踏み出してきた。


「天城くんは、世界で一番強くて、優しくて……私の、大切な……っ。わ、私、天城くんのことが……好き、です……っ!」


詩織ちゃんの顔は沸騰しそうなほど真っ赤だが、その瞳だけは絶対に引かないという強い意志で輝いていた。


(……えええええっ!?)


俺の思考回路が完全にフリーズした。

 リカの直球のデートの誘い。ナギサの保護者からの脱却宣言。そして詩織ちゃんの決死の告白。

 三人の少女たちの、飾らない「本心」が、逃げ場のない校門前で完全に激突してしまったのだ。


「ちょ、小鳥遊さんまで!? 天城くん、アンタ一体どういうこと!?」

「天城くん! 誰を選ぶの!?」


三人が一斉に俺に詰め寄ってくる。

 俺の100年間の戦闘経験が、警鐘を鳴らしている。これは物理的な攻撃じゃない。魔法の障壁でも防げない。どうすれば――。


プルルルルル。


その時、校門の前に、一台の漆黒の高級リムジンが音もなく滑り込んできた。

 後部座席のドアが開き、ピンヒールの甲高い音がアスファルトを叩く。


「――お迎えに上がりました、カイト様」


現れたのは、タイトなスーツに身を包んだ黒田凛だった。

 完璧に整えられた黒髪、知的で冷徹な眼鏡の奥の瞳。高校生の少女たちとは次元が違う、圧倒的な『大人の女』のオーラ。

 凛さんが現れた瞬間、空気がピリッと引き締まり、リカたち三人は気圧されたように一歩後退った。


「え、誰この超美人……」

「天城くんの、お知り合い……?」


凛さんは、動揺する三人のヒロインを静かに見回すと、ふわりと、この上なく優雅で、そして残酷なほどに余裕に満ちた微笑みを浮かべた。


「ふふ……。若さゆえの情熱、大変微笑ましいですね」


凛さんは俺の隣に並び立つと、ごく自然な動作で俺の腕にそっと手を添えた。

 その仕草は、長年連れ添った伴侶のように洗練されている。


「私はカイト様の『日常』をお支えする、しがない秘書でございます。……カイト様。学校での可愛らしいお遊戯はこれくらいにして、貴方様の『本当の居場所』へ帰りましょう? お祖父様も、最高の紅茶を用意してお待ちですよ」


それは、明らかなマウントだった。

 『あなたたちがどれだけ騒ごうと、この方の帰る場所は私(黒田組)のところだ』という、絶対的な自信。側室志願の狂信的愛情を胸に秘めた彼女にとって、女子高生たちの争いなど、微笑ましい小鳥の囀りにすぎないのだ。


「あ……」

「そんな……」


凛さんの放つ圧倒的な「正妻(?)の余裕」の前に、三人は言葉を失い、悔しそうに唇を噛むことしかできなかった。


「ほら、カイト様。お車へ」

「あ、うん。……ごめん、三人とも。今日は用事があるから、また明日な」


俺はリムジンに押し込まれ、校門前で立ち尽くす三人のヒロインを残して、学校を後にした。



高級車のふかふかなシートに沈み込みながら、俺は流れる景色をぼんやりと見つめていた。

 いつもなら「修羅場回避! やっぱ俺のモブ力すげぇ!」と呑気に喜んでいるところだ。

 ……だが、今日はどうしても、そんな風に笑えなかった。


(……俺は、異世界で100年間、ずっと一人で戦ってきた)


誰かと背中を預け合うことも、誰かを特別に愛することもなかった。

 孤独であることが、誰かを傷つけないための唯一の最適解だったからだ。


でも、彼女たちのあの真っ直ぐな瞳はどうだ。

 星野さんの、照れ隠しを捨てた真剣な声。

 神宮寺さんの、不器用だけど真っ直ぐな想い。

 小鳥遊さんの、震えながらも勇気を振り絞った告白。

 そして隣で、俺の「日常」を守るために汚れ役を買って出てくれた凛さんの、静かで深い献身。


(皆、俺なんかのために、あんなに真剣に……。これをただの『日常のイベント』としてやり過ごすのは、平和でもなんでもない。ただの逃げだ)


俺は、無意識のうちに拳を強く握りしめていた。

 平和な一般人として生きるということは、魔王を倒すことよりも、ずっと難しくて、複雑だ。


「カイト様? いかがなさいましたか。お顔が険しいですが」


凛さんが心配そうに覗き込んでくる。俺は小さく首を振った。


「ううん。……ちょっと、本気で悩まなきゃいけないなって、思ってさ」


人の想いに応えるということ。誰かを選ぶということ。あるいは、誰も傷つけずにこの平和を守る方法があるのかということ。

 100年間の孤独な英雄は、現代日本のリムジンの中で、生まれて初めて「恋」と「青春」という名の、答えのない超高難易度クエストに、真剣に向き合い始めていた。

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