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雨音の図書室と、勇者様の「等身大」の鼓動

放課後の図書室。窓の外では、予報になかった小雨が静かに降り始めていた。

 小鳥遊詩織は、カウンターの奥で静かに息を呑んでいた。


窓際の席で、天城カイトが机に伏せて居眠りをしている。

 いつもは「平凡」を装いながら、その裏で世界の命運を背負って戦っている気高き英雄様。その彼が、今は無防備に、あどけない寝顔を晒していた。


(……お疲れなのですね。毎日、私たちの平和のために……)


詩織は、カイトの休息を邪魔されないよう、周囲にそっと「貸出中の本」を山積みにしてバリケードを作った。そこへ、騒がしい足音が近づいてくる。


「あー、天城くんいなーい! ゲーセン行こうと思ったのに!」

「どこ行ったのかなー?」


星野リカたちギャルグループがカイトを探しにやってきた。

 詩織はビクッと肩を揺らしたが、すぐにカイトの寝顔を振り返り、両手を広げて入り口に立ちはだかった。


「あ……天城くんは、いま、いらっしゃいませんっ!!」

「えっ、図書委員さん? 珍しく大きな声だねー。おけ、また今度にするわ!」


リカたちが去っていくのを見届け、詩織はへなへなと座り込んだ。

 英雄様の眠りを守るためとはいえ、自分でも驚くほどの勇気が出た。


「ん……ハンバーグ……もっと……」


カイトが呑気な寝言を漏らす。

 詩織は、思わず小さく吹き出した。神様だと思っていた方の、あまりにも可愛らしい一面。胸の奥が、温かいもので満たされていく。



下校時。雨は勢いを増していた。

 カイトは傘を持っておらず、校舎の入り口で困ったように空を見上げていた。


「天城くん……。あ、あの、よろしければ……」


詩織は顔を真っ赤にしながら、自分の小さな折り畳み傘を差し出した。


「え、いいの? 小鳥遊さん。助かるよ!」


こうして始まった、夢のような相合い傘。

 けれど、詩織の傘は小さく、並んで歩くとどうしてもカイトの肩がはみ出してしまう。


「天城くん、濡れてしまいます。もっと、こちらへ……」

「いや、俺は大丈夫だから。小鳥遊さんこそ濡れないように……」

「だ、ダメです! 英雄様……じゃなくて、天城くんが風邪を引いてしまったら、大変ですっ!」


詩織は、思い切ってカイトの制服の袖を掴み、自分の方へとグイッと引き寄せた。

 その瞬間。


「うおっ!?」


密着。

 カイトの広い肩が、詩織の肩と触れ合った。


(あ……)


相合い傘という、小さな閉鎖空間。

 詩織の鼻先が、カイトの胸元に当たるほどの至近距離。


そこから漂ってきたのは、古の戦場を思わせる「戦士のオーラ」などではなく。

 毎日を懸命に生きている男の子らしい、石鹸の匂いと、微かな汗の匂い。


そして。

 トクン、トクン、トクン……。


密着した体から伝わってくる、驚くほど速いカイトの心音。

 お伽話の勇者様ではない、生きている人間の「鼓動」。


(……天城くんも、緊張して、おられるの……?)


世界を救い、魔王すら恐れないはずの彼が。

 ただの女の子である自分の隣で、こんなに激しく心臓を鳴らしている。


(……あぁ。この方は、本当の……本当の男の子なのですね)


そう気づいた瞬間。

 これまで「崇拝」だった詩織の感情は、一気に「現実の恋」へと姿を変えた。

 顔が沸騰しそうなほど熱くなり、カイトの鼓動と自分の鼓動が重なって、雨音さえ聞こえなくなる。



そんな時だった。

 曲がり角から、クラスの男子たちが通りがかった。


「おい、あれ天城じゃね? ……え、隣、図書委員の小鳥遊さん!? お前ら、なんでそんなに密着して……まさか付き合って……」


カイトが慌てて離れようとする。だが、この状況で「ただのクラスメイトです」と言えば、逆に不自然に疑われ、カイトの「平凡な生活」にヒビが入るかもしれない。


その時。詩織の中で、再び「守るための勇気」が爆発した。


「……そうですっ!!」


詩織はカイトの腕を両手でギュッと抱きしめ、潤んだ瞳で男子たちを睨みつけた。


「天城くんとは、これから……これから一緒に、デ、デートに行くんですっ! だから、お邪魔をしないでくださいっ!!」

「「「デ、デートぉぉぉぉ!?」」」


男子たちが驚愕して去っていく。

 静寂が戻った雨の中。我に返った詩織は、自分の口走った言葉に凍りついた。


「あ、天城くん……あ、あの、今の、は……ご、誤魔化すために、その……っ!」


詩織が顔を覆って泣きそうになると。

 隣でカイトも、耳まで真っ赤にして、視線を泳がせていた。


「あ、あはは……。そっか、デート……。……傍から見たら、俺たち、恋人同士に見えたんだな」


カイトは照れ臭そうに鼻の頭をかきながら、そっと詩織の肩を雨から守るように、さらに傘を引き寄せた。


「……ありがとう。助かったよ、小鳥遊さん」

「……はい……っ」


勇者様ではない、一人のウブな男の子としての優しさに、詩織の恋心はもう限界だった。

 自分の小さな傘が、世界で一番温かくて幸せな場所に思えて。

 詩織は、震える手でカイトの腕を離さないよう、そっと力を込めるのだった。

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