↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/60

ゼロ距離ギャルの陥落、無自覚な色気と雨宿り

授業での連続やらかし(本人は大成功)によって、俺の「ちょっと痛いオタク男子」としてのポジションは盤石なものとなっていた。

 特に星野リカは、俺のことを「Netflixの見すぎで歴史軍師気取りの洋画オタク」だと完全に勘違いし、面白がってさらに絡んでくるようになっていた。


◆


昼休み。

 俺はリカに腕を絡ませられながら、グラウンドの脇を歩いていた。ギャル特有のゼロ距離スキンシップ。柔らかい胸の感触が腕に当たるたび、俺は(一般人らしく)タジタジになってしまう。


「あははっ! 天城くん、今日の古典の授業もヤバかったし! 古代ローマの戦術で先生に論破とか、マジNetflix見すぎでしょ!」

「あ、あはは……。まぁ、戦術、ちょっと好きでさ……」


俺が引きつった愛想笑いを浮かべていた、その時だった。


「――危ないッ!!」


野球部のグラウンドから、鋭い快音とともに、猛スピードの打球がこちらへ飛んできた。

 軌道はリカの顔面直撃。俺たちの腕は絡んでいて、リカは逃げる暇もない。


(――チッ)


俺の100年鍛え抜かれた本能が、瞬時に作動する。

 一般人偽装(自重)? そんなものを優先して、目の前の女子を大怪我させるわけにはいかない。


シュッ!


俺はリカを庇うように一歩前に出ると、飛来するボールを、彼女の顔の数センチ手前で、人差し指と中指の二本だけで完璧に「パシッ」とキャッチした。


「えっ……?」


風圧でリカの髪が揺れる。

 ボールをキャッチした俺の手は、ピクリとも動いていない。


「あ、あっぶなーい! たまたま、手が伸びたよー」


俺は慌てて指を離し、ボールをポイと放り投げた。いつものへらへらした顔を作り、絡まれた腕をわざとらしくバタバタさせる。


「天城……くん?」


リカが、目を丸くして俺を見つめていた。

 いつもはチャラチャラしているオタク男子。だが、今のボールを止めた瞬間、彼の横顔から漏れ出たのは、100年の死線を潜り抜けた者にしか宿らない「一瞬のガチの凄み(戦士の目)」だった。


(……なにあれ。今の動き、マジあり得ない……。それに、あの目……)


リカの胸の奥で、今まで感じたことのない鼓動が、トクン、と鳴った。


◆


放課後。

 俺はリカに手を引かれ、ゲームセンターへと向かっていた。昼休みのことは「たまたま」ということで誤魔化したつもりだったが、リカの態度はどこかいつもより静かだった。


「――おいおい、そこのネーチャン。ちょっと俺たちと遊んでいかねぇ?」


ゲーセンに入る手前の路地裏で、ガラの悪い他校の不良三人組に絡まれた。

 リカを囲み、下卑た笑みを浮かべて迫ってくる。


「……あ、あの、ごめんなさい。急いでるので……」


リカが怯えて一歩下がる。いつもは勝気な彼女も、本物の暴力の気配には竦んでしまうらしい。


「カイト様……!黒田組を呼びましょうか!」


イヤホン型通信機から凛さんの殺気立った声が聞こえたが、俺はそれを制した。

 こんな不良相手に、裏社会のトップを出す必要はない。


「……俺の連れを、怖がらせないでくれないか」


俺は、リカの前にスッと立ち塞がった。


「あぁん? なんだテメェ、陰キャが。イキってるとぶっ殺すぞ!」


リーダー格の男が、俺の胸元を掴んでくる。

 暴力を振るうと一般人偽装がバレる。かといって、逃げるのもモブらしくない。

 ならば、答えは一つ。


(平和的解決(物理的な威圧))


俺は掴まれた胸元の男の目をじっと見つめ、0.1秒だけ、魔王すら怯ませた『極大の威圧感』を、彼ら三人だけに向けて解放した。


「――ヒッ!?」


三人組の顔が、一瞬にして土気色に変わった。

 掴んでいた手が震えだし、膝がガクガクと砕けそうになる。彼らの目には、俺の背後に、何万という死体の山を築いた巨大な怪物の幻影が見えているはずだ。


「……何か、用?」

「ひ、ひぃぃっ! ご、ごめんなさい! 失礼しましたぁぁぁっ!!」


三人組は泡を吹いて気絶寸前の状態で、文字通り蜘蛛の子を散らすように脱兎のごとく逃げ出した。


「あれ? 急に貧血かな?」

「…………」


俺がすっとぼけて振り返ると、リカが俺の後ろ姿を、信じられないものを見るような瞳で見つめていた。


(天城くんが、何もしてないのに……。ただ睨んだだけで、あの不良たちが逃げ出した……?)


昼休みの超反応、そして今の圧倒的な頼もしさ。

 リカの中で、「天城カイト=ちょっと痛いオタク男子」という認識が、完全に崩れ去ろうとしていた。


◆


夕暮れ時。

 ゲーセンの帰り道、突然のゲリラ豪雨に見舞われた。


「わっ! すごい雨! 天城くん、こっち!」


俺たちは慌てて、近くにあった寂れたバス停の東屋へと滑り込んだ。

 狭い雨宿りの場所。二人で並んで立っても、肩が触れ合うほどの距離だ。


「雨、すごいね。止むまで時間かかりそうだな……」

「……うん。そうだね」


リカの声が、雨音に消えそうになるほど小さかった。

 いつもなら「えー、雨マジ最悪ー!」と騒ぐはずなのに。

 俺はふと、隣に立つリカを見た。


(あっ……しまった)


ゲリラ豪雨を浴びたリカの、白い制服のブラウスが、雨で濡れて透けてしまっていた。

 その下にある下着のライン、そして健康的な白い肌が、至近距離で露わになっている。


(これは……一般人の男子高生なら、目のやり場に困って動揺しまくるシチュエーションだよな!)


俺は(一般人の演技として)顔を赤くし、慌てて視線を逸らした。

 だが、俺の100年の戦闘経験は、別の問題(リスク)を感知していた。


(この狭い東屋。雨と湿気。濡れた服。そして、リカはいつも過剰なスキンシップで距離を詰めてくる。……このままでは、俺の魔力……じゃなくて体温が、彼女に伝わって、変な勘違いを招くかもしれない!)


100年間の孤独。女性と触れ合った経験など、ただの一度もない。

 この閉鎖空間での至近距離接触。女性の濡れた体の色気。

 俺は、異世界で魔王を討伐する時でさえ感じなかった、未知の恐怖と動揺に襲われていた。


(ダメだ。彼女を温めるなんて、仲間へのケアみたいな癖はない! 俺は一人で生きてきたんだ! ……だが、この状況はマズい。……よし、これだ!)


俺は、異世界の癖で(不器用ながら)、自分の制服の上着を脱ぐと、それを無造作にリカの肩へと被せた。


「えっ……天城、くん?」

「……風邪、引くよ。俺、寒がりじゃないから」


俺は視線を逸らしたまま、不器用にぶっきらぼうに言った。

 だが、その上着をかけた時。俺の指先が、リカの雨に濡れた鎖骨のあたりに、ほんの少しだけ触れてしまった。


「――ッ!?」


リカが、ビクッと肩を揺らした。

 その瞬間、二人の視線がバッチリと交差した。


至近距離での視線。

 カイトの上着から伝わる、女性を温めることに慣れていない、不器用な、けれど確かな男の体温。

 そして、上着をかけた時の動揺で、カイトの普段のへらへらした仮面が剥がれ、女性を意識してしまった男の「不器用な色気と焦り」が、その瞳に漏れ出していた。


(……やば、い……)


リカの鼓動が、鼓膜を突き破るほどの爆音で鳴り響いた。

 昼休みの凄み。不良を追い払った頼もしさ。そして今、自分の濡れた肌に触れた、カイトの手の温度と、不器用な男の色気。


(この人……私が思ってたオタクなんかじゃない……。……本当は、めっちゃカッコいい……男の子じゃん……っ)


リカは、カイトの上着をギュッと強く抱きしめ、真っ赤になった顔を伏せた。

 いつも自分からゼロ距離でグイグイいっていたギャルが、カイトの放つ無自覚な男の色気に当てられ、完全に「オト」されてしまった瞬間だった。


「……雨、早く止むといいね」

「…………うん」


雨音だけが、二人の気まずくて、甘酸っぱくて、少しだけセクシーな沈黙を包み込んでいた。

 カイトは、自分の動揺を隠すことに必死で、リカが自分を異性として完全に意識したことなど、100年の戦闘経験をもってしても、微塵も気づいていないのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。