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勇者の金銭感覚は、現代社会を容易く超越する

都心の喧騒から切り離された、重厚な石造りの洋館。

 表向きは不動産会社の看板を掲げているが、その実態は元極道の伝説――黒田宗一郎の拠点である。

 その最奥にある応接室で、俺、天城カイトは上質なソファに深く腰掛けていた。


「……なるほど。話は分かった。いや、分かったことにしよう」


目の前で、黒田さんが眉間を指先で押さえながら、深いため息を吐いた。

 路地裏で彼を救った後、俺はこの洋館へ招かれ、今しがた「100年間の異世界勇者生活」についての説明を終えたところだ。

 普通なら精神病院を勧められるような話だが、目の前で銃弾を弾き飛ばし、致命傷を数秒で治した少年を前にしては、信じざるを得ないのだろう。


「100年戦い続け、全盛期のまま帰還した、か。……君のその常識外れな力、そして何よりその『真っ直ぐすぎる瞳』を見れば、嘘をついているようには見えん。天城くん、改めて礼を言わせてくれ。君がいなければ、私は今頃あのゴミ溜めで死んでいた」


「いえ、身体が勝手に動いただけですから。……それより、これから俺、どうすればいいですかね?」


俺が切実に尋ねると、黒田さんは一つ頷き、傍らに控えていた一人の女性に視線を向けた。

 彼女は、先ほどから一言も発さず、彫像のように完璧な姿勢で俺を見つめていた。


「紹介しよう。私の孫であり、秘書を務めている凛だ。……凛、今日から彼は我々にとって最優先で守るべき『坊っちゃん』だ。彼の望む『普通の生活』を、総力を挙げてサポートしろ」


黒田凛――。

 身長は170センチを超えているだろうか。モデルのようなスレンダーな肢体を、隙のない黒のパンツスーツに包んでいる。冷徹なまでに整った美貌。眼鏡の奥にある瞳は、まるで全てを見透かすような鋭さを秘めていた。


「黒田凛です。カイト様。……お祖父様からお聞きした通り、貴方様の歩法、呼吸、視線の誘導……その全てが私の知る『人間』の域を超えています。流石です、カイト様。これより、貴方様の前にある障害は、私が全て排除いたします」


「あ、よろしくお願いします、凛さん。でも、排除とか物騒なのはいいので……。まずは、普通の高校生活を送るための準備を相談したくて」


俺が苦笑いしながら言うと、黒田さんが身を乗り出した。


「ああ、まずは生活の基盤だな。……坊っちゃん、私の屋敷に来るか?」


「いえ……それはありがたいんですけど。元極道の組長さんの家から通学するのは、流石に『普通』とは言い難いというか……」


「……確かに。私の周囲は血生臭すぎる。ならば、私が管理している都内の高級マンションの一室を提供しよう。学校にも近く、セキュリティも万全だ。もちろん、凛を世話係として側に置くが……異論はないな?」


「はい! 助かります。……あ、それと。当面の生活資金なんですけど……」


俺はふと思い出し、傍らに置いていたボロボロの学生鞄に手を伸ばした。

 普通の学生が教科書を入れる場所に、俺は「異世界での蓄え」を詰め込んでいた。


「これ、向こうの異世界でギルドの依頼こなしたり、魔物の素材売ったりして貯めた金貨の、ほんの一部なんですけど……日本でも少しはお金になったりしますかね?」


俺は鞄を逆さにし、応接間のガラステーブルの上に「それ」をぶちまけた。


ジャラジャラジャラッ!!


鈍い、だが重厚な金属音が部屋に響き渡る。

 テーブルの上に積み上がったのは、親指ほどの大きさがある無骨な金貨。それが数百枚は下らない。異世界では宿代や装備の修繕費に消えるはずだった端金だ。少しでも足しになればと思ったのだが。


「……これは?」


黒田さんの声が引き攣った。凛さんも、わずかに眼鏡を押し上げ、目を見開いている。

 黒田さんは震える手で金貨の一枚を手に取り、その重さと輝きをまじまじと見つめた。


「……なっ!? ば、馬鹿な。これほど純度の高い金が……これだけの数!? 坊っちゃん、これだけで数億円はくだらないぞ! しかもこれが『ほんの一部』だと……!?」


「え、そうなんですか!? よかった、これなら当面の生活費には困らなさそうですね」


俺がホッと胸をなでおろすと、黒田さんは頭を抱えて唸り声を上げた。


「坊っちゃん……。……凛、すぐに窓のカーテンを閉めろ。戸締まりも確認しろ」


「承知いたしました」


凛さんが音もなく動き、部屋を完全な密閉空間にする。黒田さんは鋭い眼光で俺を見た。


「いいか、坊っちゃん。……絶対に、私の場所以外でこれを出してはいけない。これはただの金ではない。出所不明の膨大な資産だ。こんなものを無造作に持ち歩けば、国家レベルの騒ぎになるぞ」


「そんなに大事になるんですか!? 異世界じゃ普通にパンとか買ってましたけど……」


「ここは日本だ! ……分かった。この資金の洗浄と管理は、全てこちらで引き受ける。凛、坊っちゃんの専用口座を複数作り、この金貨を少しずつ、目立たない形で資産に変えておけ。いいな、絶対に足がつかないようにな」


「心得ております。坊っちゃんの資産は、私が責任を持って、一円の狂いもなく管理・運用いたします。……一月もあれば、中堅企業一つ買収できる程度には増やしておきましょう」


「あ、いや、そこまではしなくていいです……。普通にお小遣い程度で……」


俺の言葉は、既に事務作業を開始した凛さんの耳には届いていないようだった。


「……さて。坊っちゃん、もう一つ大事な話がある」


黒田さんが居住まいを正し、真剣な表情で俺を見た。


「君の力は、先ほど見た通りだ。素手で人を叩けば、それだけで殺害……いや、消滅させかねない。だが、君は『普通の生活』を望んでいる。……ならば、敵対組織に襲われた際、その『素手』を使うのは悪手だ」


「どういうことですか?」


「力が強すぎるんだよ、君は。……凛、例のものを」


凛さんが、部屋の隅にある重厚な金庫から、いくつかの包みを取り出してきた。

 テーブルに広げられたのは、一振りの日本刀。そして、数種類のハンドガンや猟銃、アサルトライフルだった。


「……銃と、刀?」


「そうです、カイト様」

 凛が冷徹に解説を始める。

「貴方様の拳は、既に兵器以上の破壊力を持っています。それを使うことは、すなわち現場を更地にすることを意味します。しかし、これら『現代の兵器』であれば、威力に上限があります。いわば、貴方様の力を抑えるための『リミッター』として、これらを使用してください」


「リミッター……」


「左様。刀を使えば『剣の達人』として、銃を使えば『凄腕の射撃手』として、世間を納得させることができます。素手で弾丸を弾くよりは、よほど『人間らしい』言い訳が立つというわけです。……もちろん、これらは全て、私が裏で法的にクリーンな形に処理しております」


俺は差し出されたアサルトライフルを手に取ってみた。

 ずっしりとした重み。だが、俺にとっては軽い。


「なるほど……。普通に戦うと相手が弾け飛んじゃうから、武器を使って『普通の戦い』に見せるってことですね。凛さん、頭いいな!」


「光栄です、カイト様。……これらを使って解決した事件は、全て私が完璧に隠蔽いたします。貴方様はただ、安心して学生生活を謳歌してください」


俺の「普通」を守るために、裏社会のドンが頭を抱え、最強の秘書が法をねじ曲げていく。

 そんなことには露ほども気づかず、俺は「これで明日から友達ができるかな」なんて、気楽なことを考えていた。


翌日。

 都心の一等地にある、黒田さん管理の最高級マンション。

 一人で住むには広すぎるリビングで、俺は凛さんが用意してくれた「至って普通の(※実はオーダーメイドの防弾仕様)」制服に袖を通す。


「よし、準備万端だ。……行ってきます!」


100年の戦場を経て、俺の「普通の高校生活」がいよいよ始まろうとしていた。

 ――その初日の登校路で、俺がさっそく「車に轢かれそうになった猫」を助けるために、時速200キロで並走することになるとは、この時の俺はまだ知らない。

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