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図書委員の隠蔽工作と、氷の秘書の熱を帯びた忠誠

メガモールでのテロ事件から数日が経ち、俺の学園生活は驚くほど『平穏』を取り戻していた。

 いや、正確には「俺がうっかり起こしてしまう異常行動」が、なぜか全く問題にならなくなったのだ。


たとえば昨日のこと。

 日直の仕事で黒板を消そうとした時、うっかり力が入ってしまい、黒板消しが音速の壁を超えそうになった。

「シュバッ!」と一瞬で黒板が真っ白になり、クラスメイトたちが「えっ? 今の天城の動き、ヤバくね……?」とざわつきかけたその瞬間。


『天城くん、すごいですね! 黒板用のワックスがちょうどよく効いていたみたいで、滑るように消えていきました!』


すかさず、図書委員の小鳥遊詩織ちゃんが、大きな声で(しかし自然に)そう言い放ったのだ。

 彼女の「本をたくさん読んでいる真面目な委員長キャラ」という説得力は凄まじく、クラスメイトたちは「あー、ワックス塗りたてだったのか」「天城、ラッキーだったな」とあっさり納得してしまった。


(詩織ちゃん、めっちゃいい子だな! おかげで俺の身体能力バグがバレずに済んだ。彼女の謎のフォロー力には本当に助かってるよ)


俺は、彼女が『全てを知った上で、必死に俺のモブっぷりを偽装してくれている』ことなど露知らず、ただ「親切な友達ができた」と呑気に感謝していた。


「ねえねえ天城くーん! 昨日アップされた幻影の狐の考察動画、もう見た!?」


そんな俺の背中に、今日もギャル特有の甘い香水と、遠慮のないパーソナルスペースの近さが突撃してくる。

 星野リカだ。彼女は俺の机に身を乗り出し、胸とスマホの画面をグイグイと押し付けてきた。


「見てコレ! 『狐の召喚したライフルは、米軍の最新鋭モデルをベースにしたカスタム品だ』ってミリオタが特定してるの! マジでこのキツネ何者!? 映画のプロモーションとかじゃないよね!?」

「あ、あはは……。すごいよねー、CGじゃないんだもんね」


俺は引きつった愛想笑いを浮かべながら適当に相槌を打つ。

 リカは、狐の正体が俺だとは微塵も疑っていない。俺の完璧なアリバイ(物理的な距離)を信じ切っている彼女にとって、俺はただの「幻影の狐の話題で盛り上がれる、ちょっと変なステップを踊るノリのいいクラスメイト」なのだ。


「マジで一回生で見てみたいわー。天城くんもそう思うっしょ?」

「う、うん。そうだね。平和が一番だけどね……」


リカと他のギャルたちに囲まれながら、俺は(これ以上事件が起きませんように)と心の中で強く祈るのだった。

 少し離れた席から、詩織ちゃんが「私が天城くんの平和を守る……!」と炎のような決意を込めた瞳でこちらを見つめていることには、やっぱり気づかないままで。



一方その頃。

 黒田宗一郎の屋敷の地下、モニター室。


黒田凛は、氷のように冷徹な表情でキーボードを叩き、カイトの『幻影の狐』としての痕跡をネットの海から完璧に消し去る作業を続けていた。

 監視カメラの死角の計算、目撃証言のノイズ化、彼が使用した兵器の出所偽装。どれも完璧だ。一切の綻びはない。


「……ふぅ」


一区切りつき、凛は熱いコーヒーが入ったマグカップに手を伸ばした。

 冷たいモニターの光に照らされる彼女の美貌は、どんな事態にも動じない『完璧な秘書』のそれだ。

 しかし、誰もいないその部屋で、彼女の胸の奥だけは、かつてないほどの熱を帯びていた。


『――五千人もの人が目の前で理不尽に殺される世界なんて、ちっとも「平和」じゃないだろ?』


出撃前、和装に身を包んだカイトが放ったその言葉が、凛の脳裏で何度も、何度もリフレインしている。

 自らの圧倒的な力をひけらかすこともなく、ただ『平和』を愛し、そのためならば五千人の命を背負って無数の銃弾の前に立つことも厭わない、底知れない気高さ。

 そして、自分がプロデュースしたあの漆黒の和服と狐面の、あまりにも完成された『ヒーロー』としての圧倒的なビジュアル。


(……ああ。なんて、なんて美しいのでしょうか)


凛はそっと目を閉じ、左手で自身の胸元を押さえた。

 そこにある心臓が、自分のものではないように激しく高鳴っている。


(この感情の名前を、私は知っています。……私は、カイト様に、恋をしているのだと)


裏社会に生きる自分が、誰かに恋焦がれる日が来るなど、想像もしていなかった。

 しかし、あの圧倒的な救済を目の当たりにして、心が惹かれない人間などいるはずがない。カイトは文字通り、凛にとっての『理想の神』であり、『ただ一人の英雄』になってしまったのだ。


「……ですが、この想いを表に出すことは、決して許されません」


凛はカッと目を開き、眼鏡のブリッジを中指で冷徹に押し上げた。

 カイトが望んでいるのは、普通の高校生としての平和な日常だ。自分が女としての感情をぶつければ、それは彼の日常を脅かすノイズになってしまう。

 それに、自分は彼に仕える影の黒衣。彼の剣となり盾となる存在なのだ。


「カイト様。貴方様の平和は、この私が、命に代えても守り抜いてみせます。……この熱情は、私だけの甘い秘密として、一生涯、完璧に隠し通してみせましょう」


誰にも見せることのない、熱く濡れた瞳。

 クールビューティーな氷の秘書は、モニターの向こう側にいる愛しい主君へと、決して届くことのない、しかし誰よりも深い忠誠と恋心を静かに誓うのだった。

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