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幻影の狐と、空間を埋め尽くす現代兵器

放課後の帰り道。

 今日も完璧に「平均的な男子高校生」を演じきったと満足しながら歩いていた俺の耳元で、不意に電子音が鳴った。

 凛さんから持たされている、極小のイヤホン型通信機からの緊急コールだ。


『……カイト様。応答できますでしょうか』

「凛さん? どうしたの、そんな切羽詰まった声を出して」


いつもは氷のように冷徹で落ち着いている彼女の声が、微かに震えている。


『貴方様の『平和な日常』を、このような形で遮ってしまう無能な私を……どうかお許しください。ですが、もはやカイト様におすがりするしか道はないのです』

「謝らなくていいよ。何があったの?」


『東京メガモールが、約40名の完全武装したテロ集団に占拠されました。人質の数は五千人以上。警察の特殊部隊も手出しができず、すでに現場は膠着状態……いえ、見せしめとして人質に危害が加えられるのは時間の問題です』

「……40人の武装集団に、五千人の人質か」


俺は歩みを止め、人気の少ない路地裏へと足を踏み入れた。


『本来であれば、裏社会のしがらみなどカイト様に背負わせるべきではないのですが……。五千人の命を、無慈悲な銃弾から無傷で救い出せるのは、貴方様しかおられません。……どうか、お力を貸していただけないでしょうか』


凛さんの痛切な願いに、俺は短くため息を吐いた。

 そして、異空間アイテムボックスから漆黒の和服と『狐の半面』を取り出し、一瞬で身にまとう。


「行くよ。……五千人もの人が目の前で理不尽に殺される世界なんて、ちっとも『平和』じゃないだろ?」


視界がクリアになり、100年間の戦場を生き抜いた『勇者』としての冷徹な演算機能が脳内で起動する。

 俺は誰にも見られないよう、空間魔法を発動させ、メガモールの中心部へと直接跳躍した。



東京メガモール、巨大な吹き抜けの中央広場。

 そこはまさに地獄の様相を呈していた。床に座らされ、頭を抱えて震える数千人の一般市民。彼らをぐるりと囲むように、真っ黒なタクティカルギアに身を包んだ約40人のテロリストたちが、冷たい銃口を向けている。


「おい、そこのガキ! 泣き声を止めさせろ! 次鳴いたら脳天をブチ抜くぞ!!」


リーダー格の男が、泣き叫ぶ幼い子供とその母親に向けて、容赦なくアサルトライフルの引き金に指をかけた。

 母親が子供に覆い被さり、絶望の悲鳴を上げる。

 男の指が引き金を引いた――その瞬間。


上空から、漆黒の和装に狐面を被った男が、羽毛のように音もなく二人の前に舞い降りた。


「なっ……!? 誰だてめぇ!! 撃て!!」


突然の侵入者にパニックを起こしたテロリストたちが、一斉にアサルトライフルを乱射する。

 ダダダダダダダッ!!と、鼓膜を破るような発砲音が広場に轟いた。

 全方位からの十字砲火。数十発もの鉛玉が、俺の全身へと殺到する。


(しまった。刀の峰で弾こうと思ったけど、これだけの数の銃弾を弾いたら、跳弾(流れ弾)が親子や周りの人質に当たってしまうかもしれない!)


俺の思考は0.01秒で最善の選択を弾き出した。

 魔法の障壁を展開すれば、その反発力で周囲のガラスが割れて二次被害が出る。

 ならば、一番安全で、一番『周囲に迷惑がかからない』防ぎ方は一つしかない。


(俺の体で、全部受け止める!!)


俺はあえて一切の防御行動を取らず、無防備に両腕を広げて親子を庇うように立ち塞がった。


ガガガガガガガッ!!!


俺の漆黒の和服に無数の弾丸が直撃し、火花と硝煙が舞い上がる。


「ああっ……! 逃げて、逃げてくださぁぁぁいっ!!」

「俺たちの盾になって……なんて無茶を!!」


人質たちが絶望の涙を流し、悲痛な叫び声を上げる。

 彼らの目には、見ず知らずの自分たちを守るために、謎の剣士が自らの命を犠牲にして銃弾の雨を浴びているように見えたのだろう。

 通信機越しの凛さんすらも、「カイト様ッ!?」と悲鳴を上げていた。


――しかし。

 硝煙が晴れた後、そこには平然と立ち尽くす俺の姿があった。


「あーあ、和服の表面がちょっと焦げちゃったな。凛さん、直してくれるかな……」


服の下の俺の皮膚には、赤く跡がつくどころか、傷一つついていない。足元には、俺の体に当たってひしゃげた鉛玉が、パラパラと無害な音を立てて転がり落ちた。


「……は? 嘘だろ……。全弾命中したはずだぞ……!?」

「バケモノだ!! なんなんだコイツは!!」


テロリストたちが恐怖で後退る。

 さて、ここからが反撃だ。俺は周囲の状況を冷静に分析した。


(俺が素手で殴りに行ったら、衝撃波でこのモールごと吹き飛んでしまう。かといって刀の風圧で40人全員を気絶させるのも、これだけ人が密集している場所じゃ巻き添えが出る危険があるな)


俺の異常な筋力を抑えるための『リミッター』。

 そのために、凛さんが「護身用」にと裏ルートで買い集めてくれた、数十丁の「現代兵器」が俺の異空間には眠っている。


(あっちが現代兵器で来るなら、こっちも現代兵器リミッターで対応するのが一番『普通』で平和的だよな。)


「……出し惜しみはなしだ」


俺が低く呟き、右手を虚空に掲げた瞬間。

 メガモールの広場の上空、何もない空間に、黄金色に輝く『魔法陣(波紋)』が数十個、一斉に出現した。


「な、なんだあれは……空間が、歪んで……!?」


波紋の中からゆっくりと姿を現したのは、凛さんが用意してくれたアサルトライフルやサブマシンガンだった。

 異世界の伝説級の宝具を展開する、かつての俺の絶技。それを、現代の銃火器で代用した『空間兵器展開』。


空に浮かぶ数十丁の銃口が、完全に自動化された魔法の照準ロックオンによって、約40人のテロリストたちにピタリと狙いを定めた。


「ひ、ひぃぃっ……!!」

「終わらせよう。一人の犠牲も出さずに」


俺が指をパチンと鳴らした瞬間。

 空中に浮かぶ数十丁の銃器が、一斉に火を噴いた。


ズドドドドドドドドォォォォンッ!!!!!


放たれた銃弾の雨は、テロリストたちの『武器だけ』を正確に破壊し、さらに彼らの急所をミリ単位で避けて手足の筋肉を掠め、確実に行動不能へと追い込んでいく。

 誰一人殺さず、人質にはかすり傷一つ負わせない。100年の戦闘経験が成せる、神業の如き精密一斉射撃。


ものの数秒で、40名の武装テロリストは全員が武器を破壊され、その場に昏倒した。

 硝煙が立ち込める中、空中に浮かんでいた数十の兵器は、蜃気楼のように空間の波紋へと吸い込まれ、跡形もなく消え去っていく。


圧倒的な静寂。

 五千人の人質たちは、目の前で起きた神話のような光景に、息をすることすら忘れていた。

 やがて、誰かがポツリと呟いた。


「助かった……のか?」


その声を皮切りに、広場は割れんばかりの歓声と、安堵の号泣に包まれた。

 俺は人質たちが無事であることを確認すると、「よし、完璧な平和的制圧だったな」と頷き、そのまま再び空間魔法で屋敷へと帰還した。



しかし、俺のこの「自重した」はずの行動が、世界を根底から揺るがす大事件を引き起こすことになるとは、この時の俺は知る由もなかった。


メガモール内にいた数千人の人質たちが撮影していたスマートフォン。

 自らの身を挺して銃弾の雨から母子を守り抜き、虚空から数十丁の現代兵器を召喚してテロリストを瞬時に無力化する『漆黒の和装と狐面』の姿は、瞬く間にSNSを通じて世界中へと拡散された。


『東京メガモールテロ事件、謎の狐面が五千人を救出!』

『身を挺した自己犠牲! 彼こそが現代に舞い降りた真のヒーローだ!』

『空間からライフルを展開!? あの魔法みたいな技術はなんだ!?』


ニュースキャスターが興奮気味に叫び、各国の首脳陣が映像を食い入るように見つめ、ネット上の民衆は『幻影の狐』という新たな神の誕生に熱狂した。


俺の望む「目立たない、普通の平和な日常」。

 それはこの日を境に、音を立てて崩れ去り、世界中を巻き込む巨大な狂騒の渦へと呑み込まれていくのだった――。

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