【104】
首を亡くしたハルツァンの身体から、薄紫色をした湯気のようなものが立ち登る。
(こいつからメルの魔力を感じる。これが、ハルツァンの言っていたメルの魂か)
どうやらそれは魔力に近い性質らしく、魔力の扱いに長けたヴィルムであれば取り扱うのは然程難しくはなさそうだった。
「融合解除。フー、疲れているだろうけど、もう少し付き合ってくれ」
『ん、フーなら大丈夫。早く、メルを助けてあげて』
フーの言葉に力強く頷いたヴィルムは、今にも霧散してしまいそうな魂の揺らめきを逃がすまいと片手へと集め始める。
「お師様! メルちゃんは無事ですか!?」
「ヴィルムさん! メル姉は無事か!?」
『メルー! 助けに来たヨー!』
そこに、勢いよく入ってきたのはクーナリアとオーマ、そしてハイシェラ。
どうやら遺跡の罠に引っ掛かったらしく、衣服は所々が破れ、怪我をしている箇所も目立っている。
祭壇に横たわるメルディナを見つけた二人が駆け寄ろうとするが、その前にフーミルが立ちはだかり、首を振った。
『今は、駄目。ヴィー兄様に、任せて』
ここで何があったのかをフーミルから聞いた彼女達は、メルディナが死の瀬戸際にある事を知り、真っ青になる。
「そんな・・・メルちゃんが・・・? お、お師様! メルちゃんは助かりますよね!? 死んだりしませんよね!?」
「落ち着けクー姉! ヴィルムさんの邪魔をしちゃ駄目だ!」
ヴィルムにすがり付こうとしたクーナリアを、ギリギリの所で止めるオーマ。
「放してオーマくん! メルちゃんが! メルちゃんがッ!!」
「うっぐっ!? ヴィルムさんの邪魔をしたら、それこそメル姉が死んじまうかもしれないんだぞ! それでもいいのかよ!?」
クーナリアは身体強化を発動しているらしくオーマを振り切ろうとするが、彼の一言が聞こえたのか、ぴたりと動きを止める。
そのまま、力なくへたりこんでしまったクーナリアの目尻には大粒の涙が溜まっていた。
『ん~? うるさいなぁ。人が気持ちよく寝てたのに~・・・って、皆どうしたの? やけに暗い顔しちゃって』
陰鬱な雰囲気の中、ようやく香の効果が切れたのか、ミゼリオが場違いな声と共に目を覚ます。
起き抜けで事態が把握出来ていないらしく、異様な雰囲気に目をぱちくりさせていたが、フーミルから事情を聞くと共にケタケタと笑い始めた。
『そ~んな訳ないじゃん! いくらワタシでもそんな冗談に引っ掛からないって~!』
そのままメルディナの顔近くまで移動したミゼリオは、笑いながら彼女のオデコをペシペシと叩く。
『でも酷くない~? メルまで一緒になってワタシをからかうなんてさ~』
しかし、メルディナが何の反応も返さない事に首を傾げた彼女の顔は、事態を飲み込むにつれて徐々に青ざめていった。
『ウソ・・・冗談、なんだよね? ねぇメル! 何とか言いなさいよ! 何とか言ってってば!』
半狂乱に陥ったミゼリオをフーミルが抑えるが、がむしゃらに抜け出そうと暴れまわる。
『ミオ、落ち着いて。今、ヴィー兄様の邪魔をしたら、本当にメルが死んじゃう』
『でも! でもぉ・・・!』
すでにミゼリオの顔は涙でぐしゃぐしゃになっている。
クーナリアは元より、オーマも必死で涙を堪えようとしているのか、ぷるぷると震えながら天井を仰いでいた。
「・・・よし、集まった」
まるで通夜のような雰囲気の中、全員がヴィルムの言葉に反応して顔を上げる。
メルディナの側で片膝をついたヴィルムは、集めた魂の揺らめきを、少しずつ、少しずつ、僅かでも零れ落ちる事がないように、細心の注意を払って注ぎ込んでいく。
「メルちゃん! お願い! 目を覚まして!」
『メル! ワタシを置いて死んだりしたら、絶対に許さないんだからね!』
「メル姉! 頼むから、目を開けてくれよぉ!」
『メルー、死んだらダメだヨー? メルが死んだら、ハイシェラ悲しいヨー?』
『メル、逝っちゃダメ。早く、戻って来て』
各々がメルディナに呼び掛けるが、反応がない。
時間が経つにつれ焦燥感が募っていき、最悪の展開が頭を過る。
そして、自身の手から最後の一雫が注ぎ込まれると同時に、彼は叫ぶように呼び掛けた。
「メル、帰って来い! 俺には、お前が必要なんだ!」
想いを乗せたヴィルムの叫びに、メルディナの目尻がピクリと動く。
彼女に反応があった事でヴィルム達の表情は一転し、この機を逃すまいと一斉に声を駆け出した。
最早、誰が何を言っているのかわからなくなった時、メルディナの目がゆっくりと開く。
歓喜の声を上げるヴィルム達に目を向けたメルディナは━━━、
『あー・・・起き抜けにこんな展開は予想外だわ。え、何? いつからアタシの部屋は集会場になったワケ?』
頭や腹をぼりぼり掻きながら起き上がり、胡座をかいておおよそ彼女とは思えないけだるそうな欠伸をした。
「・・・お前は、誰だ?」
『あぁ、そりゃ気付くわよね。アタシとこの子じゃ性格全く違うしさぁ』
ヴィルムが発した殺気に微塵も反応を見せず、むしろからかうようにケタケタと笑い出すメルディナ(?)。
『ちょっと! アンタ誰よ!? メルはどこにいったの!?』
「そ、そうです! その身体はメルちゃんのものなんですから、メルちゃんに返して下さい!」
メルディナの親友である二人の反応は特に顕著で、クーナリアに至っては言葉は丁寧だが大斧に手をかけている始末である。
『クーナリアちゃんもミゼリオちゃんも、そんなに興奮しないの。可愛い顔が台無しよ~? それにメルディナちゃんはまだ起こす訳にはいかないわ。今回の一件で、魂にちょっとばかり負担が掛かっちゃったからね』
まるで小さな子供をあやすかのようにクーナリアとミゼリオの頭を撫でたメルディナ(?)は、パチリとウィンクをしてみせた。
『もしかして、貴女は、エルダーエルフ?』
『せいか~い! さっすがフーミルちゃん。やっぱり可愛い子って見る目があるのね~! アタシの名前はアーシェ。この遺跡で眠っていたエルダーエルフよ』
嬉そうにフーミルの頭を撫でた自称エルダーエルフらしいアーシェは、満面の笑みと共に自己紹介をする。
「今すぐ、メルディナの身体から出ていけ」
それは、殺気こそ消えたものの、不快感を隠そうともせず表情に浮かべているヴィルムの声。
メルディナとは似ても似つかないアーシェが、彼女の身体に乗り移っているのが我慢ならないのだろう。
『あら、いいの? 今私が出ていったら、この子死んじゃうけど? さっきも言ったけど、メルディナちゃんの魂は傷付いている状態よ。今、アタシが繋ぎ止めてないと、遠くない将来、メルディナちゃんの魂は消えてしまうでしょうね』
彼女の話は可能性としてゼロではないと考えてしまったヴィルムは、それ以上口を挟めなくなってしまった。
『ていうか、ぶっちゃけアタシとメルディナちゃんの魂って完全に混ざり合っちゃってるから、今更引き剥がすなんて無理なんだけどね~』
真面目な表情から一転、再びケタケタと笑い出したアーシェに苛立ちを覚えたのはヴィルムだけではないはずだ。
そんな視線の最中、平然と笑い続ける彼女の胆力は相当なものなのかもしれない。
『まっ、メルディナちゃんが回復したらちゃんと変わって上げるわよ。それよりも、少しこれからの事を話さない? ね?』
笑い終えたアーシェは、十分に楽しんだとばかりに人差し指を口元に当て、再びウィンクした。




