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【103】


その咆哮は、嘆きの慟哭(どうこく)にも聞こえた。


彼の瞳からは怒りと共に涙が溢れ、現実を受け入れられないとばかりに虚空を煽る。


今のヴィルムからは普段の冷静さが全く感じられず、まるで別人を見ているかのようであった。


『ヴィー兄様、ダメ・・・!』


ヴィルムから溢れ出し始めた、どす黒い魔力の奔流。


それは彼が幼い頃に何度もあった、“消滅”の前兆。


理性を失い、異常とも言える膨大な魔力が制御出来ず、身体の外へと垂れ流しになっている。


「壊れたか? 愛する者とはいえ、女を一人を失った程度でその様か。やはり、人間に精霊獣様の信は重すぎるようだな」


『勝手な事、言わないで! ヴィー兄様は、誰よりも家族を大切にしてる。メルだって、フー達の家族。大切な家族を奪われて、冷静でいられる訳、ない!』


先程までとは一転して、ヴィルムを蔑むような視線で見下すハルツァンにフーミルが食って掛かる。


「メルディナは果報者ですな。精霊獣様に大切な家族と言ってもらえるのですから」


しかし、当の本人は全く意に介した様子はなく、むしろ微笑ましいものを見るような目でフーミルを見ていた。


その目を見たフーミルは、反射的に身体を強張らせる。


ハルツァンの口振りから察するに、彼がメルディナを憎からず思っていたのは間違いないだろう。


親愛の情を抱いた者を、力を得る為に葬る行為が、その心情が、フーミルには理解出来なかったのだ。


『━━━ッ!? ヴィー兄様!!』


そうこうしている内に、ヴィルムの身体から溢れ出すどす黒い魔力は勢いを増していく。


それを何とか鎮めようと彼にしがみつくフーミルだったが、魔力の暴走が止まる気配はない。


(どうすれば、いい? どうすれば、ヴィー兄様を助けられる?)


必死に考えを張り巡らせるものの、焦りが邪魔をして解決案が思い浮かばなかった。


「精霊獣様、最早そやつは助かりません。そやつの魔力が暴走する前にこちらへ。我が精霊獣様を御守り致します」


『そんな事、ない。絶対に、フーが助けてみせる!』


危機的な状況であるにもかかわらず、諦める様子のないフーミルを見て眉を顰めるハルツァン。


このような状況にあっても彼女が諦めないのには、ヴィルムが大切な家族であるという事の他にも理由があった。


それは、フーミルがまだ精霊だった頃の話。


深手を負い、最早助からないと諦めそうになった時、命懸けで助けてくれたヴィルムの姿を見て、自分もこうありたいと強く想ったのだ。


(失敗すれば、皆死ぬ。フーも、メルも・・・ヴィー兄様も。でも、絶対に、助けてみせる!)


今度は自分が助ける番だと覚悟を決めたフーミルは、ゆっくりと目を閉じて精神を集中し始めた。




━━━ 優しき魂を持つ者よ ━━━




敬愛する兄を想い、兄を助けたいと強く願う。




━━━ 我は汝の慶福を願う者なり ━━━




ヴィルムとの共鳴(リンク)を深く意識し、その繋がる道をゆっくりと、大きく広げていく。


当然、そんな事をすれば自身に流れ込んでくる魔力量が増え、心地好いはずの感覚が苦痛へと変わるが大した問題ではない。




━━━ 汝の身に危機迫りし刻、今こそ我らが命約を果たさん ━━━




「精霊獣様!? 一体何をされるつもりですか!? お止め下さい!」


常に無表情だったハルツァンが、珍しく驚いた顔で何やら喚いているようだが、フーミルの耳には届かない。




━━━ 汝が魂に交わりて、我が全てを汝に捧げん ━━━




自分の身体が融けていくような感覚を覚えながら、彼女は自身の名を口にする。


愛する兄とひとつとなる、自分の真名を。




『〈降臨(アドヴェント)融合(フュージョン) 白狼姫(はくろうき)、アトモシアス〉』




その瞬間、ヴィルムとフーミルの足下から激しい竜巻が生まれ、溢れ出したどす黒い魔力ごと、それぞれを包み込んだ。


二つの竜巻は縦横無尽に空間を馳せ、時にはぶつかり合いながらも徐々に同じ軌道を描き始める。


やがて、それは大きなうねりをあげるひとつの竜巻となり、周囲の塵芥を撒き散らしながら、地面に降り立った。


風船が割れるような音と共に弾け飛んだ竜巻の中には、白の装束に身を包んだヴィルムが立っていた。


普段とは対称的な真っ白に染まった髪、黒真珠のようだった瞳はエメラルドを彷彿とさせる色合いへと変化し、頭にはピンッと立つ耳が、そして両手足には刀剣のような輝きを放つ鋭く伸びた爪が生えている。


先程までの理性を失ったような様子はなく、その冷静な瞳はハルツァンを捉えていた。


「・・・これが奴らの言っていた精霊獣様との融合、か。実際にこの目で見ても、まだ信じられん」


あまりの光景に、冷や汗を流しているハルツァン。


その表情には先程までの余裕はなく、僅かながら指先も震えているようだった。


(「フー、すまなかった。おかげで助かったよ」)


(『ん、元に戻ったなら、問題ない。後は、メルを助けるだけ。皆で、帰ろ?』)


(「・・・あぁ、必ず、メルを連れて、皆で帰ろう」)


(『ん』)


メルディナは完全に死んだ訳ではないのだ。


ならば、助ける方法は必ずある。


融合した際、フーミルの呼び掛けによって理性を取り戻したヴィルムは、思考をまとめ、最善を目指して行動を開始する。


「ハルツァン、お前が精霊達を守りたい気持ちはよくわかる。だから、最後にもう一度だけ聞く。メルを返すつもりは、あるか?」


「・・・出来ぬ」


短く答えたハルツァンが、構えをとる。


「そうか」


答えを聞いたヴィルムは、それに合わせるように前傾の姿勢をとった。


「〈アクアランス〉!」


先手をとったのは、ハルツァン。


後手に回っては不利と見たのか、先のやりとりでは見せなかった魔法を持って攻撃する。


同時に現れた三本の水槍。


広範囲に及ぶ大魔法を使わないのは、フーミルに対しての遠慮からか、はたまたメルディナを巻き込まない為の気遣いか。


放たれた水槍は、それぞれが弧を描いてヴィルムに襲い掛かる。


その射速は凄まじく、常人では避ける事はおろか、目で追う事すら叶わないだろう。


「芸がないな。メルの〈アクアランス〉の方が余程避け難かったぜ。〈エンチャントエアロ〉」


だが、ヴィルムは軽いステップを踏んだだけでそれらを避け、ハルツァンとの距離を一気に詰めると同時に、その手足に小さな竜巻が現れる。


自身の身体に風を纏わせる魔法。


それだけの事だが、物理的な攻撃を無効化する術式を掛けていたハルツァンにとっては脅威となる。


「くっ!? 〈フレイ━━━〉」


「遅ぇよ」


ヴィルムの拳が、彼の腹部を捉えた。


否、間に合わないと悟ったハルツァンは、片腕を割り込ませて直撃を免れている。


「ぐあっ!?」


しかし、例え直撃を免れようとも、小さな竜巻からは逃れられない。


盾にした腕にはいくつもの裂傷が出来、その傷口からは血が噴き溢れ出す。


最早、ハルツァンにとって相手ではなかったヴィルムの攻撃は、一転して凶器の塊となったのだ。


驚異的な速度で繰り出されるラッシュを、両腕を犠牲にしながら辛うじて直撃だけは避けていたハルツァンの表情が、痛みと焦りで大きく崩れる。


「馬鹿な・・・エルダーエルフ様の御力を得た我が手も足もでぬなど、あってはならない!」


「・・・もし、俺が一人だったなら、負けていたのは間違いなく俺だっただろうな」


事実、もしヴィルムが一人で来ていたら、彼はおろかあのゴーレム達も倒す事が出来なかっただろう。


「ありえない! だとすれば、我は何の為にメルディナを犠牲にして力を得たのだ!? 何の為に自分を偽り、同胞を見殺しにしたのだ!? 今まで精霊様を御守りする力を得る為にやってきた事は、全てが無意味だったとでも言うのか!?」


半狂乱で喚くその姿からは、先程までの余裕を持った人物と同じだとは想像がつかない。


最早使い物になりそうにもない両腕を見下ろし、その顔は徐々に青ざめていく。


「お前の選んだ選択肢が間違っているとは言わない。だが、その選択肢を選んだ時点で、俺とお前は敵対するしかなかった。“精霊達を守りたい”って想いは一緒のはずなのに、な」


もしハルツァンが違った選択肢を選んでいれば、共に戦う未来もあった事だろう。


たったひとつの選択肢が、彼らの道を決して交わらない方向へと導いたのだ。


「クッ、クククッ! はっはっはっはっ! まさか、二十にも満たぬ人間に共感するとは思わなかったぞ。お前の言う通り、精霊様を御守りしたいと思う者同士が争うとはな。何とも滑稽な話よ」


突然、笑い出したハルツァンは、一頻り笑った後、全身の力が抜けたかのようにその場に座り込む。


しかし、ボロボロであるにもかかわらず、彼から漂う雰囲気はハイエルフ族の長たる者のそれであった。


「人間よ、我を殺せ。確実とは言えんが、まだメルディナの魂は元に戻るやもしれん」


「何だと?」


「我の魂とメルディナの魂はまだ混ざりあってはおらん。我を殺し、メルディナの魂を身体に戻せば、目を覚ますやもしれんと言っておるのだ。覚悟は出来ておる。一思いにやるがよい」


そのまま、ヴィルムに背を向けたハルツァンは、その想いを示すかのようにゆっくりと目を閉じる。


メルディナを蘇生させる手段がそれしかないのであれば、ヴィルムがそれを選ばない理由はない。


背後に立つヴィルムの気配を感じたハルツァンが、口を開く。


「人間の名など聞く気はなかったが、最期にお前の名を教えてくれぬか?」


「・・・ヴィルム。俺の名は、ヴィルム=サーヴァンティルだ」


「ヴィルム、か。お前とはもっと早くに会いたかったぞ」


「・・・俺もだ。ハルツァン」


「くっくっくっ。人間に名前を呼ばれて嬉しく思えるとは、我も焼きが回ったものだ。もし、メルディナが目覚めたら、すまなかったとだけ、伝えてくれ」


「必ず、伝えておく」


「では、さらばだ」


一拍置いて、ハルツァンの首がゴトリと落ちる。


噴き出す返り血を浴びたヴィルムの表情は、何とも表現しづらいものであった。


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