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【102】


「お前も知っているだろう? 精霊様方の御力を狙う者達がいる事を」


「とぼけているつもりか? お前はそいつらの一員だろうが」


「正確には、協力者のフリをしていたに過ぎないがな」


ハイエルフの里を探索した際に見つけた魔鉱石という証拠がある以上、ハルツァンを敵方の一人と見るのは当然だろう。


それは彼も予測していたのか、至極平然とした表情で話を続ける。


「そもそも、我々ハイエルフが精霊様を本気で害する事などあり得ん。奴らに協力していたのは、どうしてもメルディナをこの場に呼び寄せる必要があったからだ」


「メルを、だと・・・?」


「そうだ。我々ハイエルフ族では、奴らの造り出した魔導具に対抗する術がない。精霊様を害する奴らを打倒する為にも、メルディナの持つ力が必要だったのだ」


少なくとも、ヴィルムにはハルツァンのいう“メルディナの力”に心当たりはない。


口から出任せを言っているのかと怪しんでいる雰囲気を感じ取ったのだろうハルツァンは、短い溜め息を吐いて話を続ける。


「人間よ、お前は気が付かないのも無理はない。メルディナの力は、魂の奥底に眠っていたのだからな。メルディナがこの遺跡を探索した事は知っているか?」


「・・・あぁ。今朝、聞いたよ」


「そうか。メルディナはな、“選ばれた”のだよ」


「選ばれた?」


ハルツァンから語られた関連性が見つからない言葉に、思わず聞き返すヴィルム。


「この遺跡はな。我々ハイエルフ族やエルフ族の始祖、エルダーエルフ様の陵墓(りょうぼ)なのだ」


「エルダーエルフ? そんな種族は聞いた事がないぞ」


『フーも、知らない』


「見た所、精霊獣様もそれ程御年を召されてはおられない御様子。エルダーとは古代種の意。御方は古代魔導文明の時代を生きたと言われております。恐らくは、現在生きておられる精霊様の中でも、知っているのは極一部でありましょう」


首を傾げるフーミルにわかりやすいよう説明するハルツァンは、どこか誇らしげに見えた。


「エルダーエルフ様の中には、精霊獣様をも超える魔力を持つ者もいたとされている。しかし、御方はその魔力に増長せず、精霊様方との共存を選ばれたのだ。故に、我々にとって精霊様は絶対的な存在なのだ」


「メルディナは、エルダーエルフだったと?」


「少し違うな。メルディナは、この遺跡の最新部・・・つまりこの部屋に到達した際、エルダーエルフ様が宿る器として選ばれたのだ」


つまり、メルディナ自身は無自覚でありながらも、彼女の中にはもうひとつの人格(たましい)が宿っていたという事だ。


「我は、エルダーエルフ様の御力があれば、奴らに対抗出来ると考えた。魔鉱石を提供したのも、世界各地に点在する奴らにメルディナの情報を集めさせる為の情報料みたいなものよ」


「お前が提供したその石ころのせいで、こっちは侵略されかけたんだがな」


「それについては申し訳ないと思っている。だが、メルディナの力がなければ対抗する手段がなかった事も事実だ。無策のまま勝ち目のない戦いに挑む程、愚かな事はないだろう」


ハルツァンが素直に謝罪した事を意外に感じながらも、ヴィルムには彼の言葉の中に幾分か共感出来る部分があった。


「なるほど、お前がメルを欲しがる理由は理解した。だがメルはお前を拒否していたのに、どうやって協力させる気だったんだ?」


いくらメルディナの身体を手に入れたとしても、その心を説得出来なければ無意味。


「それについては・・・もう解決している」


「どういう事だ?」


脅し、騙し、もしくは洗脳して従わせようとするなら、この話し合いを続けるに値しないという意図も含めて投げ掛けた問いに返ってきた答えは、ヴィルムの予測を裏切るものだった。


「メルディナに宿ったエルダーエルフ様の御力は、お前達が来る前に我の中に取り込んだ。我が妻となって共に戦う事が出来ぬのならば、致し方あるまい」


「俺やフーの攻撃を防げたのも、そのエルダーエルフの力って訳か」


「そうだ。エルダーエルフ様の御力をこの身に宿した今、精霊様の信を得るお前と争う理由はない。故に、お前や精霊獣様との話し合いを望んだのだ。奴ら・・・〈古代の園(エンシェントガーデン)〉を倒す為に、な」


「・・・その古代の園(エンシェントガーデン)とやらを倒すのに異存はない。ただし、メルは返してもらう。メルに宿るエルダーエルフの力が目的だったのなら、今の彼女は必要ないんだろう?」


腹立たしくはあるが、家族や仲間を守る為であれば同じ決断をするかもしれない。


そう考えたヴィルムは、最低ラインの妥協案としてメルディナの変換を要求する。


「それは、出来ない」


しかし、ハルツァンから返ってきたのは拒否の意であった。


「我にはメルディナから力を奪った責任がある。生涯、メルディナの側に付き添う事こそが我の償いだ」


「・・・待て」


ハルツァンの口から出た“償い”という言葉に違和感を覚えたヴィルムは、思わず口を挟んだ。


「お前、さっき“メルディナの力は、魂の奥底に眠っていた”と言っていたな?」


「あぁ、確かに言った」


「その力を奪った事で、メルに何らかの悪影響が出たんじゃないだろうな?」


辿り着いた最悪の展開に、一度は落ち着かせた怒りの感情が再び燃え上がる。


「魂に宿るエルダーエルフ様の御力を、術式によって無理矢理引き剥がしたのだ。メルディナの魂に掛かる負担は相当なものだったはずだ」


力を入れすぎた拳は震え、噛み締めた奥歯からは鈍い音が響き、見開かれた瞳には明確な殺意が宿り━━━


「メルディナは、もう二度と目覚める事はないだろう」


ヴィルムの怒りは、臨界点を突き抜けた。


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