【97】
ハルツァンの家を出たヴィルム達を待っていたのは、監視役として選ばれたアルテーとナズリーという二人のハイエルフだった。
族長の息子であるハルツァンの命令がある為か、ヴィルム達を見下したような目で見ているものの、こちらの要望には応じる様子だったので、襲撃してきた者達の家に案内してもらっている。
移動の最中でも、情報収集に余念がないヴィルムが口を開く。
「そう言えば、あんた達の族長はどこにいるんだ? ここに来てからまだ見かけていないが」
「族長様は病を患わっている為、御療養されておられる。故に、現在はハルツァン様が我々の指揮をとっておられるのだ」
信仰対象である精霊達との対談にも姿を見せず、聖域という重要な場所を他種族に調べさせるという決断までハルツァンが行っていた事に対する疑問。
無表情のまま答えるアルテーとナズリーの様子からは、彼らが嘘を吐いているかどうかは判断出来ない。
その他にも話を振って情報を引き出そうとするヴィルムだったが、返って来る答えはどれも件に関係なさそうなものばかりであった。
「ここが外部の者と接触した同胞の家だ」
そうこうしている内に目的地に着いたらしい。
家の状態から見て、最近まで使用されていたのは間違いないだろう。
更に、玄関の前が手入れされていない事からは、数日間、人の通りがなかった事を示している。
「好きに見て回らせて構わないと仰せつかってはいるが、出来るだけ散らかすなよ。片付けなんぞしたくはないからな」
アルテーの嫌味を背に、その家へと入ったヴィルム達は早速周囲を調べ始めた。
「クーナとオーマは二階を調べてくれ。何か見つけたら、俺かフーを呼んでその場で待機だ」
「はいです!」
「おう!」
「フーはハイシェラと向こう側の部屋を頼む」
『ん、わかった』
『了解だヨー』
出された指示に従い、散らばる面々。
それを確認したヴィルムは、フーミル達とは逆方向に向かって歩みを進める。
(さて、奴らが黒ならこの家では何も見つからないだろうな。証拠を残したまま俺達を連れてくる訳がないし・・・証拠は隠蔽されたものと仮定して、その痕跡でも見つかれば上々といった所か)
ハルツァンの家と同じく、然程家具が揃っていないので調べる場所は少ない。
それでもヴィルムは、家具を動かした跡や、この家に住んでいた者がいなくなってから誰かが侵入した形跡がないかに重点を置いて調べていた。
その場の調査を終え、次の部屋に移動しようとしたヴィルムは階段を降りてきたクーナリアとオーマに鉢合わせる。
「ヴィルムさん、二階には寝室だけだったよ。その寝室にもベッドがあるだけで調べる場所すらねーや」
「お師様、二階には特に何もなさそうです」
「そうか。一応、俺も後から覗いてみる。二人はこのまま俺に付いてきてくれ」
二人が頷いた丁度その時、ヴィルムの前にふよふよと空中を漂うように飛んで来たのはハイシェラだった。
『主様ー? フー様が呼んでるヨー?』
「わかった。こっちは後回しだな。まずはフーの所に行こう」
ハイシェラに付いていったヴィルム達は、部屋の隅で床に座り込んでいたフーミルと目が合う。
『ヴィー兄様、ここ』
彼女が示す場所を軽く叩いて見ると、他の場所とは違った、僅かに響くような音が返ってきた。
「何かあるな・・・フー、監視役の二人は?」
『大丈夫。今は外にいる。《サイレンスムーブ》』
ヴィルムの意図を察したフーミルは、消音の魔法で外に音が漏れるのを防ぐ。
同時に、ヴィルムは素早く拳を打ち付けて床板を破壊した。
「地下室、か?」
案の定、床板を壊した先には地下へと続く空洞。
縄梯子を使って降りた所で、ヴィルム達の目が見開かれる。
「こ、これって・・・!」
「まさ、か・・・」
「あぁ、間違いなさそうだな」
そこにあったのは、黒く濁り掛けた紫の光を放つ大量の鉱石。
そう、ラスタベル女帝国の兵士達や、オーマも含めたディゼネール魔皇国の奴隷兵達が身に付けていたものと同じである。
まだ精製されていないらしく形は悪いものの、その禍々しい感じは間違いようがない。
「ハルツァン達はどうだかわからないが、少なくとも侵略者達との繋がりははっきりしたな。一度戻るぞ。まずはメルの安全を確保する。他を調べるのはそれからだ」
その言葉に頷いた面々は、すぐに縄梯子を登って先程の部屋まで戻った。
そのまま、先頭を歩くヴィルムが外に出ようと玄関口から一歩を踏み出したその時、甲高い金属がかち合うような音と共に、家の周辺を取り囲む光の壁が現れる。
「ちっ!」
舌打ちと共に拳を繰り出すヴィルムだが、僅かに亀裂が入っただけで破壊するまでには至らない。
それどころか、小さな亀裂はみるみる内に修復され、一瞬で元通りになってしまった。
『多分、聖樹の力を使った、封印結界。これを壊すのは、ちょっと時間がかかりそう』
ヴィルムと同じく光の壁に向けて攻撃魔法を放ったフーミルも、復元されていくそれを見て苛立たしい表情を浮かべた。
そこに、相変わらず無表情のままのアルテーとナズリーが歩み寄る。
「精霊獣様。申し訳ありませんが、もうしばしの間、御辛抱を」
「これも精霊獣様、引いては世界中に存在する精霊様の為なのです。どうか、御理解下さい」
「ふざけんなテメェら! さっさとここから出しやがれ!」
「そうです! メルちゃんに酷い事したら、許さないですよ!」
精霊獣であるフーミルには気を使っているようだが、他のメンバーはまるで視界に入っていないとでもいうような態度だ。
出せと叫んだ所で出してくれる訳がないと理解しているヴィルムが次々に渾身の打撃を叩き込むが、光の壁を破壊出来る気配はない。
「無駄な足掻きだ。聖樹様の御力で作られた結界だ。精霊獣様であっても破壊するのは困難であろう結界を、貴様ごとき人間が壊せるものではない」
呆れ混じりに溜め息を吐くナズリーの言葉を無視しながら打撃をを打ち込み続けるヴィルムだったが、ふと、その動きがピタリと止まる。
クーナリア達がどうしたのかと彼の顔を見上げるが、その視線はハルツァンの家があった方に向いており、表情を伺う事は出来なかったが━━━、
「メルの魔力が・・・消え、た?」
その一言で、彼の感情を察するには十分であった。
* * * * * * * * * * * * * * *
時は少し遡り、ヴィルム達が調査を開始した頃。
メルディナとミゼリオはハルツァンのもてなしを受けていた。
テーブルに並ぶ瑞々しい果物に加え、ハルツァン自らが淹れたお茶が注がれたティーカップ。
それらを美味しそうに頬張るミゼリオとは対極に、メルディナは口を付けようとはしない。
「どうした? 我が妻よ。これらはミゼリオ様にはもちろん、お前の為にも用意したのだ。遠慮なく食してよいのだぞ」
「妻にはなりませんってば。本当にハルツァン様は物好きですね。貴方から見れば、私なんてただの小娘じゃないですか。どうしてここまでして下さるんですか?」
精霊であるミゼリオが止めない為、毒入りの可能性は少ないが、出来る事なら口に入れたくないメルディナは以前から持っていた疑問を含めて話題を逸らそうとする。
「何だ、そんな事か」
その質問に口元をフッと緩ませたハルツァンは、ゆっくりと茶を煽って一呼吸置くと、メルディナの顔を見つめた。
「我が、お前の全てが欲しいからだ。他のエルフ族とは違う好奇心旺盛な性格、我が求婚を堂々と拒否する胆力、そして何より・・・あの遺跡を攻略出来る程の実力」
「っ!?」
メルディナの顔が驚愕に染まる。
彼女が遺跡した時、他者が立ち入った形跡は全くなかったからだ。
「知らないとでも思っていたか?」
ハルツァンの表情は今までと違い、獲物を見るような目付きになっていた。
反射的に立ち上がろうとしたメルディナだったが、何故か足に力が入らず、フラついてしまう。
テーブルを支えに辛うじて堪えた際に彼女が見たのは、いつの間にかカップにもたれかかって眠っているミゼリオだった。
それと同時に、メルディナの視界も揺らぎ始める。
「何、で・・・?」
ハルツァンが用意したものをパクパク食べていたミゼリオはともかく、口をつけてすらいない自分にまで襲い掛かる強烈な眠気に戸惑うメルディナ。
「我が精霊様に毒物を出す訳がなかろう。少々、特殊な香を焚いただけだ。身体に害はない。ミゼリオ様を巻き込むのは心苦しいが、これも世界中の精霊様方を御守する為。致し方あるまい。さて━━━」
深い眠りに落ちているのであろうミゼリオに申し訳なさそうにしていたハルツァンの目が、メルディナを捉える。
「我が妻よ。精霊様方を御守りする為に、我とひとつになろうではないか」
(ヴィル・・・ごめん・・・)
必死の抵抗もむなしく、彼女の意識は深い闇へと堕ちていった。




