【98】
「お師様!? 今、メルちゃんの魔力が消えたって・・・!」
「マジかよ!? やっぱりあの野郎敵なんじゃねーか!」
ヴィルムの呟きを聞いていたクーナリアとオーマは目に見えて狼狽していた。
特に親友であるクーナリアの反応は凄まじく、目を白黒させながらヴィルムにすがり付くような体勢だ。
「・・・あぁ、文字通り消えた。とにかく、まずはこの結界から出ない事には話にならない」
気付いた瞬間は動揺していたヴィルムだったが、自分よりも激しく動揺しているクーナリアを見て幾分か落ち着きを取り戻したらしい。
「話を聞いてなかったのか? この結界は聖樹様の御力を御借りして張っているのだ。精霊獣様ですらこれを破壊するには相当の時間を要するはずだ。無駄な足掻きは見苦しいぞ」
「大人しくしていろ。万が一、この結界を抜け出した所で、あのメルディナというエルフを助ける事など出来はせん」
その様子を無表情で眺めていたアルテーとナズリーが警告を発するが、それに従うヴィルム達ではない。
「さて、それはどうだろうな?」
「・・・何?」
諦める所か、不敵に笑うヴィルムの姿に、無表情だったアルテーの眉がピクリと動く。
ナズリーも表情に変化こそないが、その視線はヴィルムを捉えて放さない。
「たった今、解決案はお前が提示してくれたよ。フー」
『ん、わかった』
名前を呼ばれたフーミルは、ヴィルムの意図を悟り、両手を結界に向けて差し出した。
「・・・本当に聞いてなかったらしいな。いいか? この結界は、いくら精霊獣様であろうともそう簡単には━━━」
「それは、フーが一人でやる前提での話、だろ?」
両手を結界に向けたフーミルの背中に、ヴィルムが触れる。
『ん。ヴィー兄様の魔力が、流れ込んでくる。これなら、いける』
次第に彼女の顔に赤みが差し、心地好さそうな表情へと変化していった。
「自身の魔力を精霊獣様に送っているのか・・・?」
「だからどうだと言うのだ? たかが人間族の魔力が一人分増えた所で、聖樹様の結界が破られる事など━━━」
アルテーの言葉は、それ以上続かなかった。
『《ウィンドフォース》』
荒れ狂う風がフーミルの前に出現し、球状に凝縮されて小さな玉となる。
さしずめ、小さな大型の台風といった所だろうか。
『二人とも、伏せてね』
当然、その二人というのはクーナリアとオーマを指しているのであって、アルテーとナズリーに向けられたものではない。
フーミルの言葉に従って二人が素早く地に伏せた瞬間、彼女の手から解き放たれた風玉が、爆ぜた。
魔力の暴走かと錯覚させる程の爆風が結界とせめぎ合い、その余波でクーナリアとオーマが飛ばされそうになる。
しかし、フーミルに魔力を送り続けているヴィルムが、器用にもクーナリアを片手で抱き上げ、オーマに片足を掴ませてそれを防いでいた。
「・・・バカな」
茫然とした様子で呟いたのは、アルテーだった。
その視線の先では、聖樹の力によって作られた結界に入った小さなヒビが、少しずつその大きさを増していく。
精霊獣であっても破壊が困難な結界。
これは、先程のやりとりでも事実だと確認している。
先程までと違うのは、ヴィルムという人間族の魔力が上乗せされているという事だが、彼らには理解し難い事実だったに違いない。
「フー、そろそろだ」
すでに破壊されつつあるこの状況で、何をしようというのか。
二人の顔に張り付いていた能面は剥がれ落ち、今や驚愕と恐れの感情がありありと浮き出ている。
『ん、わかった。《バースト》』
フーミルが言霊を口にした瞬間、風玉は大きく弾け飛び、聖樹の力で作られたという結界は砕け散る音すらもその風に呑み込まれ、跡形もなく吹き飛んでしまった。
茫然としていたハイエルフの二人は受け身をとる事すら出来ず、吹き飛ばされるがままに木々に叩きつけられて気を失ったようだ。
『スンスン・・・メル、動いてる』
結界から脱出した時点で、彼女の嗅覚から逃げられる者はそうそういないだろう。
すぐにメルディナの匂いを捉えた彼女は、ヴィルム達についてくるよう促すと、その匂いの元に向けて走り出した。
『この方向・・・エルフの、里?』
* * * * * * * * * * * * * * *
エルフの里では、エルフ達がハイエルフ達の襲撃を受けていた。
否、エルフ達に戦闘の意思はなく、ハイエルフ達の方も拘束しているだけなので襲撃という表現は合わないかもしれない。
「ハイエルフ様! これは一体・・・?」
「悪いが、少しの間大人しくしていてもらおう。こちらの指示に従うのならば、危害は加えん」
「そんな! 我々がハイエルフ様に逆らうようなことなどありません!」
「だが、貴様達はあの人間達と仲良くしていただろう? ならば、我々に対して不信感があるやもしれんからな。ハルツァン様の儀が終わるまでは、僅かな芽でも摘んでおきたいのだよ」
突然の事に混乱して戸惑っているエルフ達に対して、ハイエルフ達の方は特に説明するつもりもないらしい。
ハイエルフ達の言葉の端々を拾った所で、エルフ達がその意図を理解する事は難しいだろう。
ほぼ全てのエルフ達が頭に疑問符を浮かべながらも状況を知ろうとしていると、彼らの後方から地鳴りが響いてきた。
「・・・予定より随分と早いな。同胞達よ!」
今しがたまでエルフ達と話していた一人が立ち上がり、他のハイエルフ達に号令を出す。
その号令に素早く反応したハイエルフ達は、エルフ達を縛る手を止め、瞬時に戦闘体勢をとった。
「メル姉の親父さんを、離しやがれぇぇえッ!!」
「メルちゃんのお母さんを、離すですぅぅうッ!!」
そこに現れたのは、隠れるつもりなど毛頭ない二人の猪武者であった。
薙刀を地面スレスレに構えつつ走るオーマと、自分の身長よりも大きな大斧を軽々と振り回しながら突っ込んでくるクーナリア。
「《フレイムランス》!」
「ヘンッ!こんなもん当たるかよ!」
「《ロックバレット》!」
「一昨日来やがれですぅッ!」
すでに戦闘体勢にあったハイエルフ達が一斉に攻撃魔法を放つが、先日の身動きがとれなかった空での襲撃とは違い、地に足をつけた今の状態では二人の方に分がある。
「おらぁッ!」
「ぐぶっ!?」
「せやぁッ!」
「ガッ!?」
オーマの薙刀が喉を引き裂き、クーナリアの大斧が頭を割った。
『メルを返セ~!』
「うわぁぁぁああっ!?」
「と、飛ばッ!?」
更に、ハイシェラのブレスにより数人のハイエルフ達が空を舞い、地面に叩きつけられるが、彼らにとっての地獄はここからと言った方がいいだろう。
「せ、精霊獣様! どうかお怒りを御静め下さい! これは貴女様だけでなく、全世界の━━━」
すぱん、と小気味の良い音と共に、彼の首が宙を舞う。
『うるさい』
噴き上げた血飛沫で頬を濡らしたのは、フーミル。
「たかが人間族が我々にこのような真似、ヲッ!?」
「黙れ」
そして、彼女の心臓を手刀で貫いたのは、ヴィルムだった。
証拠の隠し、事実を偽り、更には自分達を騙してメルディナを連れ去ったハイエルフ達は、最早ヴィルム達にとって敵以外の何者でもない。
先日たはまるで違う鬼気迫る様子に、エルフ達は声を出す事すら忘れてしまっていた。




