第2話 カガヤ第七開拓星
連行されたのは、崖を四十分ほど歩いた先にある入植基地だった。
正確には「基地」と呼ぶにはあまりに粗末な代物だった。輸送用の資材コンテナを積み上げ、溶接で無理やり繋ぎ合わせただけの構造物が、赤茶けた岩盤の窪地に押し込まれるように建っている。屋根の一部は明らかに間に合わせの補修痕だらけで、風が吹くたびに、どこかで金属板がガタガタと不安げな音を立てていた。
銃を突きつけられたまま歩かされる間、レンは何度も口を開きかけては、言葉を飲み込んだ。聞きたいことは山ほどあった。ここはどこなのか。地球からどれくらい離れているのか。そもそも、なぜ自分がここにいるのか。だが、無言で銃口を向け続ける男たちの空気が、迂闊な質問を許さなかった。
基地の入口――と呼ぶにはあまりに簡素な、手動式の外気密ハッチをくぐると、中は思いのほか広かった。中央の広間には、寄せ集めの家具と、壁一面に埋め込まれた古びたモニター群があった。モニターには、レンには読めない文字と記号で埋め尽くされた星図のようなものが表示されている。赤や青の光点が、いくつもの領域に分かれて明滅していた。
(これが……勢力図、か何かなのか)
考える間もなく、広間の奥から一人の男が歩み出てきた。
細身で、目つきの鋭い男だった。年齢は三十代半ばといったところか。着崩した装甲服の下に、傷だらけの黒いインナースーツを纏っている。歩き方には妙な迫力があった。争いに慣れた者特有の、無駄のない動きだ。
「転移者、しかも固有スキル持ちか。珍しいこともあるもんだ」
男はレンの全身を、上から下までゆっくりと値踏みするように眺め回した。その視線には、レンを一人の人間としてではなく、何か査定対象のように扱う色があった。
「あ、あの……」
「鬼灯だ。この開拓基地の分隊長をやってる」
名乗った男――鬼灯は、レンの返事を待たずに、腰の端末を操作した。淡い光を発する小さな機器が、レンに向けて掲げられる。
「鑑定機だ。動くなよ」
薄い光の膜のようなものが、レンの全身をスキャンするように走った。数秒後、端末が短い電子音を鳴らす。鬼灯はそこに表示された数値を見て、片眉をわずかに上げた。
「《機装超強化》……装備を強化するスキルらしいが」
端末の画面をレンにも見えるように傾ける。そこには、いくつかの項目と共に、「強化倍率:測定不能」という文字が並んでいた。
「測定不能ってのは、要するに数値が出ないってことだ。この鑑定機はな、下は等倍から上は一万倍まで測れるようになってる。それが振り切れて測定不能ってのは、普通は――」
鬼灯はそこで言葉を切り、口の端を歪めた。
「壊れてるか、そもそも反応する対象を何も強化していない、ゼロ倍かのどちらかだ。お前の場合は、後者だろうな」
「え……」
「要するに――ハズレだな」
周囲で聞き耳を立てていた入植者たちの間から、どっと笑いが起こった。誰かが「またハズレか」と呟き、別の誰かが「そのナイフ、質屋に売った方がまだ金になるんじゃねえの」と茶化す。レンは俯いた。
こういう空気には、慣れているつもりだった。学校でも、部活でも、レンはいつも「便利な誰か」の一歩後ろにいる人間だった。目立った才能もなく、何かの中心になったこともない。だから今さら、笑われることに驚きはしない。
――はずなのに、腹の奥がひどく重く沈んでいくのを感じた。
(ここでも、か)
「まあいい」
鬼灯は端末をしまいながら、興味を失ったように背を向けた。
「転移者を無下に放り出すほど、うちも人でなしじゃない。飯くらいは食わせてやる。その代わり、働け。倉庫の資材整理でもやってもらう」
「あ……はい、ありがとうございます」
反射的に頭を下げるレンを一瞥もせず、鬼灯は広間の奥へと消えていった。残された入植者たちの視線が、しばらくレンの背中に張り付いていたが、やがて興味を失ったように、それぞれの作業へと戻っていく。
一人になったレンは、握ったままだったサバイバルナイフを、あらためて見下ろした。
視界の隅には、まだあの文字列が薄く残っていた。
〈固有スキル《機装超強化》 現在の強化倍率:算出不可〉
(ゼロ、なのか。本当に……)
わからなかった。だが、鬼灯の鑑定機が「振り切れて測定不能」と言ったことだけが、妙に頭の隅に引っかかっていた。ゼロなら、そもそも反応するはずがないのではないか――そんな根拠のない予感が、胸の奥にかすかに灯っていた。
割り当てられたのは、基地の外れにある資材倉庫だった。案内してくれた若い入植者は、最低限のことだけを告げると、そそくさと立ち去ってしまった。
「食事は一日二回、支給時間に広間まで来てください。それだけ守ってもらえれば、あとは好きにしてもらって構いません……たぶん」
「たぶん、って……」
「正直、転移者の扱いなんて誰も決めてないんですよ。ここ、そういう場所なんで」
そう言い残して、彼もまた足早に去っていった。
倉庫の中は、薄暗く、埃っぽかった。壁際には用途のわからない資材や、廃棄予定らしい古い部品が乱雑に積み上げられている。隅にある簡素な寝具だけが、かろうじてここが人の暮らす場所であることを示していた。
レンはその寝具に座り込み、握ったままのナイフを、両手で包み込むように見つめた。
外はすでに夕暮れに近く、二つの太陽が赤茶けた空の低い位置で重なりかけていた。倉庫の小さな窓から差し込む光が、埃っぽい空気の中に、細い筋を描いていた。
(強化……できるのか、これ)
半信半疑のまま、心の中で念じてみる。
――強くなれ。
何も起きなかった。刃は相変わらず、鈍く錆びついたままだった。
(そうだよな。都合よく念じただけで何か変わるなら、誰も苦労しない)
レンは小さくため息をついて、視界の隅に残る文字列を、もう一度見つめた。
〈対象への理解度:極めて低い〉
その一文だけが、やけにはっきりと目に焼き付いた。
(理解度……。このナイフのこと、俺は何も知らない、ってことか)
思えば、鬼灯の鑑定機が示した「測定不能」という言葉にも、腑に落ちる部分があった。ゼロ倍という評価は、対象を理解していない今のレンにとって、ある意味では正しい。だが、それは「不可能」という意味ではなく――
(まだ、理解していないだけ、なのかもしれない)
そう思い至った瞬間、レンは倉庫の隅に転がっていた古い工具箱に目を留めた。埃をかぶった箱の中には、用途不明の工具がいくつも詰め込まれている。
レンは寝具から立ち上がり、工具箱を引き寄せた。
窓の外で、二つの太陽が完全に沈み、代わりに見たこともない星々が、密度の濃い光の帯となって夜空を埋め尽くし始めていた。
その光を横目に、レンはナイフを工具の上に置き、震える手で、初めての分解作業に取り掛かった。
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*(第3話「最弱のはじまり」へ続く)*




