第1話「戦闘適性F、装備適性――測定不能」
辺境コロニー《ガーデル7》の朝は、いつも人工太陽の起動音から始まる。
天蓋ドームの中心に埋め込まれた恒星模擬光源が、低い唸り声を上げながら白い光を灯すと、コロニー中に張り巡らされた集合住宅のパネルが一斉に開き、居住区の一日が始まる。人口三万に満たないこの星――正確には星ですらなく、かつて資源採掘用に整備された小惑星帯のコロニー群の一つに過ぎない――にとって、それはもう二十年以上変わらない朝の光景だった。
零崎レンは、その日もいつも通り、狭い自室のベッドから起き上がった。
壁には、両親の写真が一枚だけ貼ってある。父はコロニーの整備技師、母は資材管理官だった。二人とも、レンが十二歳のときに起きた採掘プラント事故で亡くなっている。プラントの核融合炉が暴走し、対応に当たった技師たちが犠牲になった事故だ。レンは事故当時、避難シェルターの中から、遠くで上がる爆炎を眺めていたことを今でも覚えている。
あの日から、レンはずっと考えていた。
――どうして、あの爆発を止められなかったんだろう。
――どうして、僕はあの場にいて、何もできなかったんだろう。
十七歳になった今も、その問いへの答えは出ていない。ただ一つ分かっているのは、自分には何の力もないということだけだった。
「今日は、適性検査か……」
呟いて、レンは支給品の整備服に袖を通した。何度も継ぎ接ぎされた古い作業着だが、自分で丁寧に手入れしているおかげで、まだ十分に着られる。
コロニーの若者は十七歳になると、等しく《軍務適性検査》を受けさせられる。銀河帝国との国境紛争が絶えない辺境において、それは避けられない通過儀礼であり、同時に、その後の人生を大きく左右する分岐点でもあった。
**二**
検査施設の待合ロビーには、既に同期の少年少女たちが集まっていた。
「よう、レン」
声をかけてきたのは、ガイウス・フォルセインだった。同じ居住区で育った幼馴染で、身体能力だけならコロニー随一と言われる少年だ。がっしりとした体格に、快活な笑み。誰もが彼こそエリート部隊入りは確実だと噂していた。
「おはよう、ガイウス」
「緊張してんのか? らしくねえな」
「そりゃ緊張するよ……戦闘適性なんて、僕には期待できないし」
レンが苦笑いすると、ガイウスは肩を組んできた。
「なに言ってんだよ。お前は昔から機械いじりが上手かっただろ。整備班にでも配属されりゃ、それはそれで立派な兵役だ」
「……そうだといいけど」
そのとき、ロビーの奥から涼やかな声が響いた。
「二人とも、遅刻するわよ」
振り返ると、レティシア・ヴァンダールが腕を組んでこちらを睨んでいた。艶やかな銀髪を一つに結い上げ、背筋をぴんと伸ばした立ち姿は、既に一端の戦士のような佇まいだ。彼女もまた、レンやガイウスと同じ居住区で育った幼馴染だった。コロニー内の道場で幼い頃から近接格闘術を仕込まれており、今回の検査でもエリート適性は確実だと言われている。
「べ、別に遅刻なんてしてないだろ」
ガイウスが口を尖らせると、レティシアは呆れたようにため息をついた。
「もうすぐ呼ばれるのよ。……レン、大丈夫? 顔色悪いわよ」
「あ、うん。大丈夫」
レンが小さく頷くと、レティシアは何か言いたげな顔をしたが、結局何も言わずに前を向いた。彼女もまた、レンの両親の事故を知っている数少ない一人だった。
**三**
「零崎レン、検査室へどうぞ」
呼び出しの声に、レンは深呼吸をして立ち上がった。
検査室は、壁一面がホログラムパネルで覆われた円形の部屋だった。中央の測定台に乗ると、無数のセンサーが一斉にレンの身体を走査し始める。
「反射速度、測定中……」
検査官の淡々とした声とともに、パネルに数値が刻まれていく。
「反射速度、下位1%。筋力指数、下位1%。持久力指数、下位3%。近接戦闘適性――」
検査官の声が、そこで一瞬止まった。
「――F。過去五年の記録でも最低値だ」
検査室の外で待機していた同期たちの間に、ざわめきが広がった。ガラス越しに見える彼らの視線は、憐れむような、あるいはどこか面白がるようなものだった。レンは俯いて、拳を握りしめた。
(やっぱり、そうか……)
分かっていたことだった。それでも、面と向かって「最低値」と告げられると、胸の奥が締め付けられるように痛む。
「あの……すみません、何か、機材の調子が悪いんじゃ」
思わずそう口にしたレンに、検査官は静かに首を振った。
「機材は正常だ。零崎レン、お前は――」
そこで検査官の端末が、聞いたことのない電子音を鳴らした。ホログラムパネルに、それまで一度も表示されたことのない項目が浮かび上がる。
**【装備適性:測定不能(規格外)】**
「な……これは……」
検査官が眉をひそめる。測定不能というのは、通常「エラー」を意味する。だが、この検査施設に導入されている機材は最新鋭の量子神経スキャナーだ。帝国製の兵器規格にも対応できるよう調整された精密機器であり、エラーで片付けるには数値の挙動があまりに異常だった。
「もう一度計測する。動くな」
二度目の計測でも結果は同じだった。検査官は上官を呼び、上官はさらに上の技術士官を呼んだ。狭い検査室に、いつの間にか五人もの軍関係者が集まっていた。
「これは……〈覚醒〉だ」
技術士官の一人が、押し殺した声で呟いた。レンには聞き覚えのない言葉だった。
「かくせい……? あの、それは一体……」
「稀にいるんだよ。量子神経系が特殊な発現をする人間が。銀河全体でも、記録に残っているのは数百人に一人と言われている。だが装備適性でこの数値は……俺も見たことがない」
技術士官はレンの肩を掴み、真剣な目で見据えた。
「お前、今すぐ工廠に来い。実機テストだ」
**四**
検査室の外では、ガラス越しにやり取りを見ていたレティシアとガイウスが、顔を見合わせていた。
「今の、なに?」
「さあ……でも、なんか、様子がおかしかったな」
二人はそれ以上詳しいことを知らされないまま、次の検査の順番に呼ばれていった。この時点では、レンの身に何が起きているのか、二人はまだ知る由もなかった。
**五**
工廠の一角、廃棄予定の装備が山積みにされた区画に連れて行かれたレンは、錆びついた制式格闘ナイフを一本手渡された。
「これに触れて、能力を発動させてみろ」
「え、あの、発動のさせ方なんて、僕――」
「感覚で分かるはずだ。〈覚醒者〉なら」
半信半疑でナイフを握った瞬間、レンの脳裏に奇妙な感覚が流れ込んできた。金属の結晶構造、刃先の摩耗具合、柄の内部にある古い駆動部品の配線――まるでナイフそのものの「中身」が、そのまま頭の中に展開されていくような感覚だった。
(これは……このナイフの、構造……?)
刃を構成する合金の配合比率。研磨の角度。柄に仕込まれた微小な振動発生器の劣化具合。理解しようと意識を向けるほどに、情報は際限なく流れ込んでくる。まるでナイフという道具が、これまで誰にも聞かれたことのなかった自分自身の物語を、初めて語り始めたかのようだった。
理解した瞬間、ナイフがぼんやりと淡い光を帯びた。
「な――」
技術士官が息を呑む。レンの目の前で、錆びついていたはずの刃が、みるみるうちに輝きを取り戻していく。表面の錆が剥がれ落ち、刃紋が浮かび上がり、まるで新造品のように鋭い光沢を放ち始めた。
「切って、みろ」
差し出されたのは、工廠に転がっていた廃棄装甲板の切れ端だった。分厚い複合装甲で、通常のナイフなど刃こぼれするだけの代物だ。
レンは恐る恐るナイフを振るった。
――スッ、と。
まるで紙を切るように、装甲板が両断された。
工廠の中が、水を打ったように静まり返った。誰も、しばらくの間、口を開くことができなかった。
「切断力にして……推定、通常の1000倍以上か」
技術士官が震える声で言った。測定器を何度も確認し、それでも信じられないというように首を振っている。
「お前……お前は一体……」
レンはナイフを見つめたまま、小さく呟いた。
「あの、すみません……僕は何も。ただ、このナイフの中身が、なんとなく分かっただけで……」
その言葉に、技術士官は首を振った。
「それが〈覚醒〉だ。装備を理解し、その理解の分だけ強化する能力。前代未聞の――〈装備超強化〉だ」
技術士官は興奮した様子で、周囲の部下たちに矢継ぎ早に指示を出し始めた。
「このデータをすぐ本部に転送しろ。それと、他の装備でも試してみる必要がある。おい零崎、これも触ってみろ」
差し出されたのは、動作不良で廃棄されていた旧式の耐爆シールド板だった。レンが手を触れると、また同じように情報が流れ込んでくる。装甲材の分子配列、内部の衝撃吸収構造、経年劣化で失われたエネルギー拡散機能――理解が深まるほどに、シールド板は淡い光を帯びていった。
「これ以上は……」
流石に工廠内で実弾テストをするわけにもいかず、その日のテストはそこで打ち切られた。だが、技術士官の顔には、隠しきれない興奮の色が浮かんでいた。
**六**
しかし、その夜のうちに、レンの運命はさらに転がり落ちることになる。
コロニー防衛隊の会議室。指揮官のバルガス大尉は、レンの適性データを見て舌打ちした。
「戦闘適性Fの兵士に、装備がどれだけ強くなろうと意味がない。奴自身が戦えないなら、前線の足手まといだ」
「しかし大尉、この強化倍率は――装甲板一枚で核級爆発に耐えた実績もあります。前例のない戦力になり得るかと」
技術士官が食い下がったが、バルガス大尉は聞く耳を持たなかった。
「理論値がどうであれ、実戦データがない。それに」
大尉は書類を机に叩きつけた。
「装備適性者は帝国のスパイ疑惑がついて回る。帝国製の未知技術を隠し持っているだけという可能性もある。厄介事を抱え込む余裕は、うちの部隊にはない。それに――」
大尉はわずかに声を落とした。
「奴自身が戦えないというのが、一番の問題だ。装備が強くなっても、扱う本人が撃たれれば終わりだ。前線に出す価値はない」
その判断は、翌朝、正式な辞令として下された。
「零崎レン。貴様は本日付で、第三小隊より除隊とする。今後は後方の資材整備班へ配置換えだ」
除隊を告げたのは、レンと同じ班にいた先任下士官、鬼灯だった。細い目に粘着質な笑みを浮かべながら、鬼灯はレンの肩を小突く。
「よォ零崎、残念だったなァ。せっかくの規格外能力も、宝の持ち腐れってやつだ。まあ、資材整備班でせいぜい油まみれになって頑張れよ」
「……分かりました」
レンは俯いたまま、静かに頷いた。悔しさよりも、どこか諦めに近い感情が胸を占めていた。
(やっぱり、僕は……何をやってもダメなんだ)
廊下ですれ違ったレティシアが、何かを言いかけて、結局言葉を飲み込んだのを、レンは気づかないふりをした。彼女に憐れまれるのが、何よりも辛かったからだ。
自室に戻ったレンは、ベッドに腰掛け、支給されたばかりの整備班用の作業道具一式を眺めた。安物のドライバーセット、汎用スパナ、そして、なぜか工廠から「もう使い道がないから」と押し付けられた、あの錆の落ちた制式ナイフ。
「……こんなものが、僕の武器か」
自嘲するように呟いたその言葉が、後にどれほど的外れなものだったか――このときのレンは、まだ知らなかった。
**七**
だが、その日の午後。コロニー全域に、緊急警報が鳴り響くことになる。
――帝国軍先遣偵察艦隊、《ガーデル7》星系に接近中。
天蓋ドームの中に、けたたましいサイレンが響き渡った。人々が居住区から飛び出し、避難シェルターへと殺到する。防衛隊の兵士たちが慌ただしく武装を整え、配置につく声が飛び交う。
レンは資材整備班の詰所で、その報せを聞いた。
「帝国軍が……こんな辺境まで?」
「先遣偵察艦隊っていうことは、本隊の下見だろうな。厄介なことになった」
同僚の整備兵がそう呟くのを聞きながら、レンは窓の外――正確には天蓋ドームの外壁に投影された星空のモニターに目をやった。遠くに、小さな光点がいくつも瞬いている。それが、この静かなコロニーの日常を、根底から覆すことになる存在だとは、まだ誰も想像していなかった。
誰も知らなかった。この一件が、銀河の歴史を塗り替える最弱の男の、最初の一歩になることを。
(第2話へ続く)




