9
日曜日、午後八時。
その瞬間は、ひっそりと、しかし確実に訪れた。
リビングを涼やかに満たしていたエアコンのハミング音が、ふっと途絶えた。
台所の奥で低く唸っていた冷蔵庫の振動も、まるで息の根を止められたように静まり返る。
すべての家電が沈黙し、家全体が深い闇と静寂に包まれた。
電気が止まったのだ。
暗闇の中、じわじわと室温が上がり始める。ついさっきまで外界の熱を遮断していた「無菌室」の壁が、今度は容赦なく熱を内側に閉じ込める檻へと変わっていく。
カチッ、とライターの乾いた音が響いた。
小さなオレンジ色の炎が、お袋の無表情な顔を不気味に浮かび上がらせる。
お袋が火を灯したのは、おしゃれなアロマキャンドルなどではない。仏壇用の、短くて不格好な白いろうそくだった。それをダイニングテーブルの中央に一本、また一本と立てていく。
揺らめく光が、壁に巨大な影を落とした。
テーブルの向こう側には、今日も「社運を懸けた大仕事」を終えて帰宅したばかりの親父が座っている。
ネクタイは少し緩められているが、ジャケットは着たまだ。額にはじっとりと脂汗が浮き、ろうそくの光を反射して怪しく光っている。エアコンの切れた室内で、そのスーツ姿は拷問に近い。
お袋は三本目のろうそくに火を移すと、親指を離してライターの火を消した。
「本当に電気が消えちゃった。おかげで今日は、お父さんの稼ぎのありがたみが、骨の髄まで染みる夜になりそうね」
お袋の声は、暗闇の中で驚くほど澄んで響いた。
「稼ぎのありがたみ」という言葉が、一円の稼ぎもない親父への冷酷な当てこすりとして、優しく、しかし致命的にリビングに満ちていく。
親父は、喉元を締め付けるシャツの襟を指先で微かに緩めながら、完璧な「一家の大黒柱」としての微笑を暗闇に浮かべようとした。
だが、その口元は微かに引きつっている。
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