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「ああ……エコだよ。今の時代、あえてこういう不便を楽しむのがステータスだからな。欧米のセレブの間でも、あえてデジタルから離れるキャンドルナイトが流行しているんだ」
よく通る、堂々とした美声。
だが、その声は熱気を含んだ室内のせいで、どこか湿り気を帯びて重い。
額から一筋の汗が、頬を伝ってプレスの利いた襟元へと吸い込まれていく。
零二は、暗闇に紛れるようにリビングの隅のソファに深く腰掛け、そのやり取りをじっと見つめていた。
(ステータス、か)
親父がすでに一年前にリストラされ、我が家に一円の収入ももたらしていないという、無残な現実。
それを百も承知で「稼ぎのありがたみ」と微笑むお袋と、自分の失業がまだ家族にバレていないと信じ込んで「セレブの流行」と言い張る親父。
その、お互いの急所を絶妙に外し合いながらダンスを踊るような虚飾の厚さに、零二は胸の奥がゾクゾクとするような快感を覚えずにはいられない。
お袋は、親父のその見え透いた言い訳を、否定も追及もしなかった。ただ、優しく微笑みながら、ゆっくりと頷いた。
「まあ、素敵。お父さんと一緒にいると、ただの未納……いえ、不便な停電すら、最先端のトレンドに思えてくるわ。本当に頼もしい大黒柱ね」
言い淀んだ「未納」という二文字が、暗闇の中で鋭いナイフのように親父の耳元をかすめた。
親父の呼吸が、ほんの一瞬、浅くなった。
だが、彼はすぐに喉を鳴らして笑ってみせた。
「はは、当然さ。君たちには常に、最高に洗練された暮らしを提供したいからね。明日になれば、俺のプロジェクトの成果も目に見える形で現れるはずだ」
誰も本当のことは言わない。
電気が消えた真っ暗闇のリビングで、家族はろうそくの灯りを囲み、お互いの喉元に笑顔という名の刃を突きつけ合っている。
じわじわと、しかし確実に、室温が上がっていく。
ねっとりとした熱気が、三人を取り囲む闇を徐々に濃密にしていった。
今夜は、まだ始まったばかりだ。
零二はポケットの中で、スマホの冷たい感触を指先で確かめながら、暗闇の劇を心ゆくまで味わうために、さらに深くソファへと体を沈めた。
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