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エアコンが沈黙したリビングは、じわじわと生温い空気に満たされ始めていた。
三本の短く不格好なろうそくが放つオレンジ色の光は、広さ十畳ほどのリビングを不気味に、そして狭苦しく切り取っている。
その時だった。
ゴン、という、鈍く重い金属音が暗闇に響いた。
同時に、親父の短い悲鳴が上がる。
「うわっ……! つう……! 」
親父は膝を抱えるようにして、その場に崩れ落ちそうになった。ろうそくの炎が激しく揺れ、壁に投影された親父の影が、巨大な蜘蛛のように不格好に歪む。
お袋は顔色一つ変えず、静かにその様子を見つめていた。
光の届かないダイニングテーブルのすぐ脇に、それはあった。
リビングの中央に鎮座する、高さ二メートルを超える無骨な鉄塊。お袋が先週、「姿勢矯正とインナーマッスルの強化のため」という名目で購入した、超本格的な懸垂マシンだった。
狭いリビングの生活動線を完璧に引き裂くように配置されたそれは、暗闇の中でまるで拷問器具のように冷たい光を放っている。
「痛っ……! なんだこれ。リビングの貴重なスペースを、ここまで完璧に潰してくれるとはね。掃除のたびに移動させる重さを想像するだけで、腰が鍛えられそうで助かるよ」
親父は、片脚立ちでよろめきながらも、喉を鳴らしてスマートに笑おうとした。
しかし、その声は痛みのあまりに激しく上ずっている。額からは、熱気のせいとは別の、じっとりとした冷たい汗が吹き出していた。
「さすが母さん。僕たちの骨格を矯正する前に、まず部屋の移動ルートを全消去して、家の中での移動を制限する作戦か。恐れ入るよ」
ソファの暗闇から、零二は静かに言葉を投げかけた。
お袋は、親指でライターの冷たい金属部分を無機質に弄びながら、二人を交互に見つめた。
「移動なんて必要ないでしょ。あなたたち、一日中座りっぱなしなんだから。これにぶつかって、少しは現実の痛みを覚えたらいいんじゃない?」
お袋の声は、やはりどこまでも涼やかだった。
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