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ツツジの葉をむしっていた指先で、よくもそこまで綺麗に言葉を編み出せるものだと、零二は感心すら覚える。
そこへ、お袋が流れるような手つきで冷たい麦茶のグラスを差し出した。
「本当、頭が下がるわ。そこまで現場に這いつくばって仕事してくれるなんて、頼もしすぎて涙が出るわ。あなたみたいな立派な大黒柱がいてくれて、私たちは本当に果報者ね」
お袋の目が、親父の顔をじっと見つめている。
その目の奥には、感謝の光など一滴も存在しなかった。ただ、すべてを冷徹に見透かした、絶対零度の暗闇があるだけだ。
親父は、その視線の冷たさに気づかないふりをしながら、麦茶を一気に飲み干した。
「はは、大げさだな。すべては君たちの平穏な暮らしのためさ。さあ、今日も疲れた。明日の大仕事に備えて、早く寝るとしよう」
グラスをテーブルに置く親父の指先が、微かに震えていた。
お袋も、それ以上は追及しない。
ここで「なぜスーツに公園の葉っぱがついているのか」と問い詰めれば、親父のプライドは砕け散り、この冷たくて静かな「エリートの家庭」というシステムは機能停止する。だからお袋は、親父の「有能な夫」というメッキを、誰よりも丁寧に、そして悪意を込めて磨き上げるのだ。
お袋は、おもむろにスマホを手に取った。
親父の顔をじっと見つめたまま、液晶の冷たい光に照らされた指先を、一切の迷いなく滑らせる。
無菌室のような静寂の中に、トントンとただ爪が画面を叩く無機質な音だけが、小さく冷たく響いた。
家族グループLINEに、新しいメッセージが浮き上がる。
『明日の夜はキャンドルナイトだから、お父さんは今日のうちにたっぷり休んでね。次の大きなプロジェクト、家族みんなで楽しみにしてるから』
送信。
零二のポケットの中で、スマホが小さく二回震えた。
同時に、テーブルの上に置かれた親父のスマホも、画面を青白く点滅させて短く震える。
目の前にいる。手を伸ばせば届く距離にいる。
それなのに、お袋はあえて直接口を開くことを拒み、グループLINEという「全員のログに残る場所」に刃を刻み込んだ。逃げ道を完全に塞ぎ、「有能な夫」のロールプレイを強制するために。
誰も本当のことは言わない。
零二は、お袋と親父の間に流れる、張り詰めた糸のような均衡を眺めながら、奇妙な身震いを感じていた。
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