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キャンドルナイト・エリート ──無職の父と、多重債務の母と、万引きの妹と、サボりの僕──  作者: 端野ゼロ


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3/3

玄関のドアを開けると、期待通りの冷気が零二の首筋を撫でた。


エアコンの設定温度は十九度。この家に満ちているのは、涼しさというよりは、あらゆる生活音を吸い込んで凍りつかせたような、無菌室の冷たさだ。


土曜日の、夜八時。


リビングに入ると、お袋がダイニングテーブルに肘をついて、スマホの画面を眺めていた。


テーブルの上には、プラスチックのパックに入った惣菜のコロッケが、プラスチックのトレイのままぽつんと置かれている。電気が通っている最後の夜だというのに、料理をする気は端からなかったらしい。


やがて、玄関の鍵がガチャリと重い音を立てて回った。


お袋が、まるで舞台の幕が上がる直前のように、すっと背筋を伸ばす。


入ってきたのは、ネクタイを少しだけ緩めた親父だった。いつも通り、ビシッとプレスの利いたスーツを着こなしている。


その右手には、中身がほとんど入っていないはずの、軽々と揺れる革のブリーフケースが握られていた。


「ふう、今日も大口のプレゼンがあってな。さすがにクタクタだよ」


親父はそう言いながら、額の汗を大げさに手の甲で拭った。


その声には、自分がまだ社会の第一線で戦っているのだという、悲壮なまでの自負が込められている。


零二は壁に寄りかかったまま、親父の足元に視線を落とした。


濃紺のスラックス。その左膝のあたりに、不自然な鮮やかさを持った緑色の小さな破片が張り付いていた。


ツツジの葉だ。


駅前の児童公園のベンチを囲むように植えられている、あの低木の葉。毎日ベンチに深く腰掛け、やることがなくてツツジの枝をいじっていなければ、そんな場所に葉が張り付くはずがない。


零二は、口元に完璧な笑みを浮かべた。


「おかえり。今日も泥臭く足で稼いできたんだね。スーツの膝の汚れが、できるビジネスマンって感じで最高にカッコいいわ」


親父の身体が一瞬、硬直した。


視線を自分の膝へと落とし、そこに張り付いた「公園の証拠」を認識した瞬間、親父の喉仏が小さく上下した。


しかし、親父は慌ててそれを手で払うような無様な真似はしなかった。ゆっくりと、さも名誉の負傷を確認するかのようにスラックスを軽く叩き、零二を見て微笑んだ。


「……ああ、ありがとよ。泥臭く現場をこの目で見るのが、俺のポリシーだからな。エリートだからって、オフィスにふんぞり返っているだけじゃ、本当のビジネスは掴めないんだ」


よく通る、堂々とした声だった。


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