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自動ドアが左右に開くと、もわっとした湿気と、アスファルトから立ち上る埃っぽい熱気が顔に張り付いた。
駅前のロータリーを通り抜け、住宅街へ続く緩やかな坂道を上り始めたところで、ポケットのスマホが細かく二回震えた。
液晶を点灯させる。緑色のアイコンの右肩に、赤い数字が浮かんでいた。
『山崎家ファミリー(4)』
登録されたそのグループ名を見るだけで、零二の胃のあたりが小さく冷える。
親父が勝手に作った、誰も退会できない我が家の公式コミュニティだ。
画面をタップすると、最初に現れたのはお袋からのメッセージだった。
『今日、電力会社からエコライフ推奨通知(※ただの督促状)が来たから、明日の夜はキャンドルナイトになるみたい』
エコライフ推奨通知。
言葉のチョイスに、お袋の執念が滲んでいる。実態はただの、赤紙のような最終催促状だ。それをお袋は、まるで政府公認のオーガニックなイベントであるかのように偽装してみせる。
数秒も経たないうちに、妹の美咲からレスポンスがあった。
『まじ? 最高じゃん。スマホの充電だけ今のうちにやっとく。お父さんの有能な稼ぎに期待』
期待、の二文字の後ろに、ハートの絵文字が三つ並んでいる。
美咲は絶対に知っている。お袋が隠している借金のことも、親父がとっくに「エリート」のレールから滑り落ちていることも。それでもあいつは、小遣いや万引きの示談金を親父の財布から引っ張り出すために、この「有能な父親」という虚像を誰よりも熱心に補強する。
そして、主役が満を持して登場した。
『ああ、たまにはそういう夜もいい。俺の大きなプロジェクトが片付いたら、次は自家発電でも導入しよう。みんな協力的で助かるよ』
大きなプロジェクト。
ツツジの葉をむしり、公園のベンチを温めるプロジェクトのことだろうか。
親父は、家族のこの「期待」が自分への純粋な信頼だと本気で信じ込もうとしている。そうしなければ、毎日空のブリーフケースを持って家を出る自分を保てないからだ。
歩きながら、零二の親指が液晶の上を滑った。
ここで一人だけ沈黙を貫くことは、この精巧なゲームの放棄を意味する。
零二は、自分の指先から送信される文字を、どこか他人のもののように眺めた。
『さすが親父。そのスケール感、マジで見習うわ』
送信。
画面の左側に、三つの「既読」がほぼ同時に並んだ。
誰もこれ以上は何も送ってこない。
これで明日の夜の「キャンドルナイト」という舞台装置のセッティングは完了した。
誰も本当のことは言わない。暴かない。そのルールを守る限り、俺たちは日本一幸福な、エリートの家庭であり続けられる。
零二はスマホをポケットにねじ込んだ。
早くあの、一言の本音すら凍りつく冷たい無菌室へ戻り、完璧な劇の続きを観たくてたまらなかった。
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