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プラスチックのトレイの上で、ポテトの塩気がじっとりとした脂に溶けている。
土曜の午後二時。駅前のマックは、部活帰りの高校生と、目的もなく時間を潰す大学生たちの、湿り気のある熱気に満ちていた。空調の風が届かない窓際の席で、蓮はスマホの画面を親指でせわしなくフリックしながら、ストローの先を噛んでいた。
「あー、だる。マジで来週のサークル、行くのやめようかな」
蓮がボソッと言う。言葉の中身はファミレスの冷え切ったスープより薄い。
「なんで行かないの」
「いや、なんか、新歓の残党みたいなやつらがまだ群れてるから。メンツが微妙すぎて、いるだけで体力削られるわ」
「ふうん」
零二はぬるくなったコーラを一口すする。氷はとうに溶けきり、炭酸の抜けた甘い水になっていた。
予備校のテキストはリュックの底に沈んだままだ。今日、駿台の模試があったはずだが、零二は御茶ノ水まで行くことすら面倒になり、このマックに逃げ込んできた。別に勉強が嫌いというわけではない。ただ、自分の未来がどこに向かっているのか、それを考えること自体が、このぬるい空気の中にいるとどうでもよくなるのだ。
「てかさ、お前はいいよな。お父さん、まだあの……なんだっけ、大手のメーカーだっけ」
「うん。なんかそんな感じの」
零二はポテトの短いかけらをつまみ、口に放り込む。
「エリートじゃん。ぶっちゃけ、お前が一浪しようが二浪しようが、実家が太ければ将来どうとでもなるし。うちなんて、親父が毎日、中小企業の愚痴しか言わねえからマジできつい。お前んち、絶対将来安泰だろ」
蓮の言葉には、羨望すら混じっていない。ただの、雑談の隙間を埋めるための記号としての「金持ち自慢へのあてこすり」だ。
「まあね。親父、エリートだからさ」
零二は、自分の声が驚くほど平坦なことに気づく。
親父が毎日、公園のベンチでツツジの葉をスーツにつけながら、コンビニのパンを鳩に投げていること。 お袋が、ヤミ金一歩手前の督促状を台所の引き出しの奥にねじ込んでいること。 妹の美咲が、ロフトの化粧品を万引きして、それをクローゼットの奥で愛でていること。 そのすべてを、蓮は知らない。知るはずもない。
「マジで羨ましいわ。一回、お前んちの飯食いに行ってみたい。なんか、フレンチとか出てきそう」
「そんなわけないだろ。普通だよ」
「いや、エリートの家庭って、そういう見えないルールとかあんじゃん。うちなんて、昨日のおかずの残りを適当に炒めたやつしか出てこないから」
「うちも一緒だよ。ただの、普通のご飯」
そう言って、零二はテーブルの上に置いたスマホに目を落とした。
液晶画面が不意に点灯し、通知ポップアップが一行だけ流れる。 お袋からのファミリーグループLINEへの書き込みだった。
『……推奨通知(※ただの督促状)が来たから、明日の夜はキャンドルナイト……』
ポップアップの文字はそこで途切れていたが、零二にはそれだけで十分に意味が理解できた。いよいよ電気が止まるのだ。
零二は、乾いた唇の端を少しだけ吊り上げた。
「あー、でも、明日うち『キャンドルナイト』らしいわ」
「は? 何それ。超おしゃれじゃん。やっぱエリートの家庭は、生活のクオリティが違うわ」
蓮は、心底どうでもよさそうに、新しいポテトを口にねじ込んだ。
「それな。最高におしゃれだよ」
零二は、指先でスマホの画面を伏せた。
ファミレスのぬるい空気は、もう彼の体には馴染まなかった。早くあの、胃が捩れるような冷気が満ちた、暗闇の食卓に戻りたくて仕方がなかった。
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