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父は、テーブルの下で震える拳を太ももに押し付け、喉の奥を鳴らして、無理やりいつもの朗々とした美声の残骸を絞り出した。
「……ああ。お前たちがそうやって、俺の『新しいステージ』を歓迎してくれるから、俺はまた、次の大きな計画に移れるよ。大黒柱の歩みは、これくらいの些細なトラブルで止まりはしないからね」
その声は微かに裏返り、語尾が頼りなく揺れていたが、言葉の輪郭だけは完璧なエリートのそれだった。
階段の段差に腰掛けたまま、零二は喉の奥に乾いた笑いを押し込めた。
これだ。この完璧な拒絶。
現実の泥水に引きずり降ろされそうになっても、決して「普通」には戻らない。相手の急所を笑顔で撫で回し、虚栄のメッキをこれでもかと塗り重ねて、窒息寸前になりながら踊り続ける。
その時、再び玄関ドアが外側から激しく揺らされた。
ドン、と鈍い衝撃が壁を伝い、男の怒鳴り声が木霊する。
「おい! 電気が止まってんのは知ってんだよ! 居留守使ってないで出てこい!」
美咲は手早くスクールバッグを持ち上げると、足早にリビングを横切り、勝手口のサンダルへと足を滑り込ませようとした。
父もまた、床に落ちた空のブリーフケースを拾い上げ、埃を丁寧に払うと、脇にしっかりと抱え直す。
「ああ、俺も次のブレインたちとのアポイントメントがある。外の空気を吸いながら、戦略を練り直すとしよう」
「あら、そんなに慌てて飛び出す必要はないわ」
流し台の前から、母の涼やかな声が飛んだ。
美咲の足がサンダルの手前で止まり、父の革靴もフローリングの上で凍りつく。
母は濡れた手を白い布巾で優雅に拭いながら、ダイニングテーブルの中央——昨晩の熱気の中に置き去りにされた、あのプラスチックの大きな寿司桶へと視線を落とした。
黒い桶の底には、ネタだけが剥ぎ取られ、真夏の室温の中で一晩かけてカチカチに乾ききった、白いシャリの塊がいくつも転がっている。
「新しいステージへ向かうお父さんの、輝かしい門出ですもの。まずはしっかり腹ごしらえをして、エネルギーを蓄えていただかないと。ねえ、みんなもそう思うでしょう?」
母は柔らかく微笑みながら、生ぬるい水道水を張ったボウルに両手を浸した。
表の玄関ドアを叩く金属音が、一定のリズムを刻んで床を震わせている。
外へ逃げ出そうとしていた父の喉仏が、ひくりと小さく跳ね上がった。
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