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短い切断音がお袋のスマホから鳴り、無音のリビングに虚しく響き渡った。
親父が「大口のプロジェクトが決まった、昇進した」と語り、なけなしの一万二千円の寿司を買い調えた、あの狂った祝祭のタネ。
それは、すでに一年前に首を切られた元の会社の名前を勝手に騙り、取引先の個人的な知人に泣きついて数万円を借りようとする、救いようのない詐欺未遂の泥縄だった。
お袋が、ヤミ金一歩手前の業者に「主人のボーナスが入る」と言い訳していた担保。
美咲が、万引きの示談金のために「お父さんなら一瞬よね」と脅し取ろうとした五万円。
零二が、「親父のプレミアムな投資」として期待してみせた予備校の学費。
そのすべての土台となっていた「大企業のエリートサラリーマン」という砂の城が、スピーカーの向こうの事務的な一言によって、完膚なきまでに踏み潰された。
親父は、スマホを持ったお袋の手元を見つめたまま、顎を小刻みに震わせていた。
開いた口からは、言葉にならない乾いた空気がヒューヒューと漏れ、額から落ちた汗が、生乾きの襟元をもうこれ以上吸い込めないほど濃い紺色に濡らしていく。
お袋は、ゆっくりとスマホをテーブルの上に置いた。
そして、その顔に貼り付いたままの「微笑み」を、さらに深く、深く吊り上げた。
「まあ……。お父さん。ずいぶんと……スケールの大きなフリーランスになられていたのね」
お袋の喉が、引きつるように小さく鳴った。
「会社という、そんな小さな器に収まらず、一年も前から『独立』して、ご自身の足で這いつくばってビジネスを動かされていたなんて。それを私たちに一言も言わず、心配をかけまいとスーツを着て出かけ続けてくださるなんて。お父さんのその涙ぐましいバイタリティには、本当に……言葉もないわ」
会社をクビになって毎日公園のベンチでツツジの葉をむしっていた無能を、「会社という小さな器に収まらないフリーランス」と言い換える、地獄のような加勢。
美咲は、引きつりかけた愛らしい笑みを、さらに甘く、親父へと向けた。
「すごーい。パパって、会社を辞めてからも元いた会社の看板をスマートに使いこなす、一流のネゴシエーターだったのね。それなら、私のちっちゃな『将来への投資』の五万円なんて、パパの独自のビジネススキームからすれば、それこそただの仮想通貨みたいなものよね。いつでも、一番スマートな形で決済されるのを楽しみに待ってるわ、パパ」
美咲にとっても、親父が無職で詐欺まがいの借金をしている事実は、ロフトの万引きの示談金を失う致命的な大爆発だ。
だからこそ、あえてその「無能」を完璧なエリートの技術と呼び変え、破滅の瀬戸際でさらに強く親父を脅迫する。
零二は、階段の最後の一段からゆっくりと腰を浮かせ、ポケットの中の予備校の除籍警告書に指先を触れながら、完璧な笑みを二人に重ねた。
「さすが親父だね。看板に頼らない個人のバイタリティ、本当に尊敬するよ。これで、俺の予備校の学費も、大企業っていう枠組みを通さずに、親父個人のスマートな『プライベートアセット』から、今日中に一括で決済されるわけだね。我が家の未来は、本当に安泰だわ」
玄関ドアの、狂ったような連打はなおも止まらない。
「開けろ! 山崎! いるのは分かってんだよ!」
ヤミ金の怒声が響く朝の食卓の上で、家族全員が、完全に暴かれた死人に鞭を打つように、笑顔の嫌味をどこまでも深く突き立て合っていた。
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