↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キャンドルナイト・エリート ──無職の父と、多重債務の母と、万引きの妹と、サボりの僕──  作者: 端野ゼロ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/40

35

ドンドンドンドン!!!


玄関ドアを乱暴に打つ物理的な振動が、生温いリビングの空気を鋭く引き裂き続けていた。

電子式のインターホンが沈黙したこの家では、その無骨な連打の音こそが、外の世界と我が家を繋ぐ唯一の、そして最も残酷な言語だった。


「山崎さん! 開けろって言ってるんだよ! 居留守使ったって無駄だ!」


外からの怒声が、薄い金属のドアを通じてダイレクトにリビングに突き刺さる。


お袋は、右手の麦茶のペットボトルを静かにダイニングテーブルへと置いた。その動作には一点の乱れもなく、貼り付けられた美しい笑みは一ミリも崩れていない。

しかし、その指先はわずかに白くなり、窓から差し込む執拗な朝日の光が、彼女の細められた瞳の中で不気味に揺れていた。

テーブルの隅には、昨夜完全に燃え尽きたろうそくの不格好な白い残骸だけが、朝の光に照らされて冷たく横たわっている。


その時だった。


親父の紺色のジャケットのポケットから、不意に、軽快な電子音が鳴り響いた。


着信音。

電波の生命線だけは、まだこの暗闇の家の中で生きていた。


親父の身体がびくりと震えた。

ドアノブを掴んだまま固まっていた親父は、這いつくばるようにしてポケットからスマホを取り出した。液晶画面に映し出された番号を見た瞬間、親父の顔から、完全にすべての血の気が失われた。


「お父さん、ビジネスのお電話かしら」


お袋の声は、驚くほど涼やかだった。


「ずいぶんと……熱心な部下の方からのお迎えがある朝ですもの。きっと、大きなプロジェクトの、さらに素晴らしい『続報』に違いないわ。ねえ、せっかくですから、私たちにもお父さんのスマートなビジネスの指示、聞かせてくださらない?」


お袋はそう言って、優雅な手つきで親父へと歩み寄り、その震える指先からスマホを取り上げると、スピーカーフォンのボタンを親指で滑らかにタップした。


通話が繋がった瞬間、スピーカーから流れ込んできたのは、冷徹極まりない中高年の男の声だった。


『――もしもし、山崎達也さんですね。私は、〇〇化学・総務部の高橋です』


親父がかつて在籍していた、あの一流化学メーカーの、総務部の実名だった。


『山崎さん、非常に困るんですよ。あなたはすでに、ちょうど一年前の今月末をもって、弊社を「整理解雇」という形で退職されている身です。もう我が社とは一切の関係がないはずです』


リビングの時間が、完全に停止した。


玄関ドアを叩く「ドンドン」というノイズの隙間に、スピーカーから漏れる乾いた電子の言葉が、容赦なくフローリングを這い回る。


『昨日、弊社の主要取引先である〇〇商事の担当者から、総務部宛てに直接連絡がありましてね。山崎達也と名乗る男が、我が社の名刺を使い、「大きな新規プロジェクトの個人的なブリッジ資金が必要だ」として、数万円単位の個人的な融資を持ちかけてきたと。これは明らかな、元在籍企業の看板を利用した詐欺行為ですよ。警察への相談も視野に入れています。これ以上、我が社の名前を騙るような真似は、絶対にやめていただきたい。よろしいですね』


ツーツーツー……。



もし面白かったと思っていただけましたら、下部の【☆☆☆☆☆】から評価や、ブックマーク登録で応援していただけると、執筆の大きな励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。