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ドンドンドンドン!!!
玄関ドアを乱暴に打つ物理的な振動が、生温いリビングの空気を鋭く引き裂き続けていた。
電子式のインターホンが沈黙したこの家では、その無骨な連打の音こそが、外の世界と我が家を繋ぐ唯一の、そして最も残酷な言語だった。
「山崎さん! 開けろって言ってるんだよ! 居留守使ったって無駄だ!」
外からの怒声が、薄い金属のドアを通じてダイレクトにリビングに突き刺さる。
お袋は、右手の麦茶のペットボトルを静かにダイニングテーブルへと置いた。その動作には一点の乱れもなく、貼り付けられた美しい笑みは一ミリも崩れていない。
しかし、その指先はわずかに白くなり、窓から差し込む執拗な朝日の光が、彼女の細められた瞳の中で不気味に揺れていた。
テーブルの隅には、昨夜完全に燃え尽きたろうそくの不格好な白い残骸だけが、朝の光に照らされて冷たく横たわっている。
その時だった。
親父の紺色のジャケットのポケットから、不意に、軽快な電子音が鳴り響いた。
着信音。
電波の生命線だけは、まだこの暗闇の家の中で生きていた。
親父の身体がびくりと震えた。
ドアノブを掴んだまま固まっていた親父は、這いつくばるようにしてポケットからスマホを取り出した。液晶画面に映し出された番号を見た瞬間、親父の顔から、完全にすべての血の気が失われた。
「お父さん、ビジネスのお電話かしら」
お袋の声は、驚くほど涼やかだった。
「ずいぶんと……熱心な部下の方からのお迎えがある朝ですもの。きっと、大きなプロジェクトの、さらに素晴らしい『続報』に違いないわ。ねえ、せっかくですから、私たちにもお父さんのスマートなビジネスの指示、聞かせてくださらない?」
お袋はそう言って、優雅な手つきで親父へと歩み寄り、その震える指先からスマホを取り上げると、スピーカーフォンのボタンを親指で滑らかにタップした。
通話が繋がった瞬間、スピーカーから流れ込んできたのは、冷徹極まりない中高年の男の声だった。
『――もしもし、山崎達也さんですね。私は、〇〇化学・総務部の高橋です』
親父がかつて在籍していた、あの一流化学メーカーの、総務部の実名だった。
『山崎さん、非常に困るんですよ。あなたはすでに、ちょうど一年前の今月末をもって、弊社を「整理解雇」という形で退職されている身です。もう我が社とは一切の関係がないはずです』
リビングの時間が、完全に停止した。
玄関ドアを叩く「ドンドン」というノイズの隙間に、スピーカーから漏れる乾いた電子の言葉が、容赦なくフローリングを這い回る。
『昨日、弊社の主要取引先である〇〇商事の担当者から、総務部宛てに直接連絡がありましてね。山崎達也と名乗る男が、我が社の名刺を使い、「大きな新規プロジェクトの個人的なブリッジ資金が必要だ」として、数万円単位の個人的な融資を持ちかけてきたと。これは明らかな、元在籍企業の看板を利用した詐欺行為ですよ。警察への相談も視野に入れています。これ以上、我が社の名前を騙るような真似は、絶対にやめていただきたい。よろしいですね』
ツーツーツー……。
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