34
親父がブリーフケースを抱え、玄関のドアノブへと手をかけた、まさにその時だった。
ドンドンドンドン!!!
突如として、玄関の重い金属製ドアが、外側から乱暴に叩かれた。
激しい衝撃が、家全体を小さく揺らす。
電気が遮断されているこの家では、電子式のインターホンは作動しない。だからこそ、そのドアを直接拳で連打する物理的な暴力の音が、エアコンの稼働音がない無音のリビングへ、剥き出しのまま突き刺さってきた。
親父の身体が、ドアノブを掴んだまま、氷の彫刻のように固まった。
お袋のペットボトルを持つ手がピタリと止まり、美咲の笑顔が引きつったまま凍りつく。
ドンドンドンドン!!!
さらに激しく、金属を金属で叩くような冷酷なノイズが響き渡る。
「山崎さん! いるんだろ! 開けてください!」
ドアの向こうから、不自然によく通る、それでいて一切の遠慮を排除した男の怒声が響いた。
「オフィスサービスです! 山崎達也さん、奥さん! 居留守は無駄ですよ! 今月末にボーナスが入るから待ってくれってのは、そっちの言い訳でしょうが! 今日が支払いの期日です、開けてください!」
オフィスサービス。
お袋が、ヤミ金一歩手前の督促を延命するために、無職の親父を「大企業のエリート」と偽って担保にしていた金融業者。
昨夜の祝宴で、誰もが「知っている」のに笑顔で隠し合っていたその致命的な泥沼が、大黒柱が「出勤」しようとするその瞬間に、物理的な暴力となって目の前に引き摺り出された。
親父は、ゆっくりと首を巡らせ、お袋の方を見た。
その顔は死人のように青白く、顎のラインから一滴の汗がフローリングの床へと滑り落ちた。
お袋は、微笑みを貼り付けたまま、ただじっと親父の顔を見つめ返している。
「あら……お父さん。あなたの壮大なビジネスの『部下の方』かしら。ずいぶんと……熱心なお仕事のお迎えね」
お袋の喉が、引きつるようにかすかに鳴った。
玄関ドアの連打は、なおも止まらない。
階段の最後の一段に腰掛け、両手を膝に置いた零二は、その崩壊の瞬間を、静かな呼吸とともに見つめていた。
外の「ルール」が、この家族が狂ったように磨き上げてきた、皮肉と嘘の結界を容赦なく叩き破ろうとしていた。
もし面白かったと思っていただけましたら、下部の【☆☆☆☆☆】から評価や、ブックマーク登録で応援していただけると、執筆の大きな励みになります!




