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親父が投げかけた「スマートな決済」という言葉が、生温いリビングの空気に虚しく溶けていった。
美咲は親父のその言葉に、胸をなでおろすような安堵の吐息を漏らしている。
これでロフトの店長への示談金、あるいは買い取り資金となる五万円は確保できたはずだ。美咲の唇の端に、いつもの不敵で上品な笑みが戻りかけていた。
零二は、純白のマイセンの皿の上で、空になった箸をゆっくりと置いた。
ポケットの奥から、乾いた、しっかりとした紙質の封筒を取り出す。
上品な予備校のロゴマークが、ろうそくのオレンジ色の光に照らされて不気味に浮かび上がった。
零二はそれを、まるでお祝いのカードでも手渡すかのように、極めて滑らかな動作でダイニングテーブルの端へと滑らせた。
親父の目の前に、青い封筒がピタリと止まる。
「そういえば、親父の昇進祝にふさわしい、最高にプレミアムな手紙が届いていたよ」
親父の視線が、その青い封筒へと落とされた。
その瞬間、親父の表情から、辛うじて維持されていたエリートの仮面が音を立てて剥がれ落ちそうになった。
封筒の端が破られ、中から三つ折りにされた紙が覗いている。
『除籍処分予告書』という太い明朝体の文字は、逆さまからでも十分に判別できた。
予備校の学費未納。
家計口座の残高が完全に死んでおり、息子の学費すら一円も引き落とされていなかったという、この上なく泥臭く悲惨な現実。
親父の喉仏が、激しく上下した。
額からの汗が滝のように流れ、きっちりと締められた紺色のネクタイを黒く染めていく。
自分が無職で、貯金も底を尽いているというボロが、この「昇進した大黒柱」の祝宴のど真ん中に、もっとも最悪なタイミングで引きずり出されたのだ。
しかし、親父は自分の痛む膝をテーブルの下で血が出るほど強く握りしめ、震える唇を無理やり吊り上げた。
「……はは、これは素晴らしいな。零二、お前がそうやって、俺の稼ぎを一切疑わずに、堂々と自分の教育にプレミアムな投資を求め続けてくれる。父親として、これほど誇らしいことはないよ。明日、一括で指定口座に払い込んでやるから、何も心配はいらないよ」
引きつった、今にも裏返りそうな美声。
明日、一括で払い込む。
玄関先で一万二千円を払うのに這いつくばって十円玉を数えていた男が、数十万円の予備校の学費を、明日中に用意できるはずがない。
それでも親父は強がってみせる。ここで「払えない」と言った瞬間、今朝ビシッとスーツを着て、空のブリーフケースを持って出かけていった自分の「エリート」としての存在意義が、すべてゴミクズのように消え去るからだ。
お袋は、静かに箸を置き、その様子をじっと見つめていた。
お袋の目の奥で、冷酷な計算が瞬時に行われているのを零二は察知した。
ヤミ金から借金をするための担保である「エリートサラリーマンの夫」。その夫が、息子の学費すら払えずに除籍されるような無能だと公になれば、お袋の借金延命システムも同時に破綻する。
だからこそお袋は、親父のこの絶望的な強がりに、悪魔のような優しさで乗っかる。
「ええ、本当に頼もしいわ、お父さん。予備校の一括払いなんて、今のあなたの壮大なビジネススケールからすれば、ただの『事務的な手続き』に過ぎないものね。お父さんなら、私たちのすべての『負債』を、その輝かしい背中で完璧にクリアしてくれるって信じていたわ。お父さんのそのバイタリティには、本当に言葉もないわ」
すべての負債を、その背中で背負う。
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