第8話「その名前」
夜はまだ終わらない。
セラの泣き声が、静かに残っている。
誰も動けなかった。
ノアは、その場に立ったまま目を閉じた。
何も言えずにいた。
(……もういいだろ)
心の中で、何かが崩れる。
隠す理由。
守る理由。
全部、分かっている。
でも――
(もう限界だ)
ゆっくりと、口を開く。
「……一人、いた」
その一言で、全員が顔を上げる。
カイの目が、鋭くなる。
「やっぱりな」
ノアは続ける。
「俺たちは……五人じゃない」
「六人だった」
空気が止まる。
リシアが息を呑む。
セラは涙を止めたまま固まる。
ゼノの目がわずかに見開く。
カイだけが、動く。
一歩。
また一歩。
ノアの前まで来る。
「……誰だ」
その問いに、逃げ場はない。
ノアは目を閉じる。
そして――
「グレン」
その名前が、落ちる。
――瞬間。
カイの視界が、揺れる。
頭の奥で、何かが弾ける。
「……っ!!」
映像が流れ込む。
笑っている顔。
剣を振るう姿。
「遅いぞ、カイ」
あの声。
「……グレン」
カイの口から、自然に名前がこぼれる。
思い出したわけじゃない。
でも“知っている”。
胸の奥に、確かに残っている。
膝がわずかに揺れる。
「……あいつ、だ」
息が震える。
「一緒に旅してたやつだ」
その言葉で、リシアも、セラも、ゼノも。
何かを掴みかける。
でも、完全には思い出せない。
セラが震える声で言う。
「グレン……」
涙がまた溢れる。
「その人……私、知ってます」
でも顔が出てこない。
名前だけが残る。
リシアが目を押さえる。
「……っ、なんで……」
「どうして思い出せないのに、こんなに……」
言葉にならない。
ゼノが低く言う。
「……そいつが、死んだのか」
ノアは頷く。
「……ああ」
静かな肯定。
その一言で、すべてが繋がる。
“足りなかったもの”
“ズレていた戦い”
“思い出せないのに苦しい理由”
全部。
カイはノアを睨む。
「なんで消した」
それはノアへの怒り。
でもそれだけじゃない。
「なんで、俺たちからあいつを消した」
その問いが、核心だった。
ノアは目を閉じる。
逃げない。
そして、答える。
「……俺が」
少しだけ言葉が止まる。
それでも続ける。
「勇者だったからだ」
意味が分からない。
カイが言う。
「は?」
ノアは目を開ける。
その目には、迷いがない。
「本来、勇者だったのは――グレンだ」
空気が凍る。
誰も、言葉を出せない。
ノアは静かに続ける。
「俺は、代わりだ」
その一言が、すべてを壊す。
カイの思考が止まる。
リシアが震える。
セラは涙を流したまま固まる。
ゼノが小さく呟く。
「……なるほどな」
理解したわけじゃない。
でも、“普通じゃないこと”だけは分かる。
カイはノアを睨み続ける。
「意味は分からないがそれが理由で記憶を消したのか」
ノアは答える。
「……ああ」
「俺がそこにいる限り、あいつは歪む」
「だから、消した」
静かな声。
でも、その中にあるものは重い。
セラが震えながら言う。
「それで……いいんですか」
ノアは少しだけ、目を伏せる。
「……よくはない」
その一言が、本音だった。
でも、続ける。
「それでも、そうするしかなかった」
誰も、すぐには何も言えない。
ただ一つだけ、分かる。
この男は――
全部分かっていて、選んだ。
カイはゆっくりと口を開く。
「……ふざけんな」
その声は、震えていた。
「勝手に決めんなよ」
怒り。
悲しみ。
全部混ざっている。
「俺たちの記憶だろ」
その言葉で、空気が揺れる。
ノアは何も言えない。
言えないまま、立っている。
夜はまだ終わらない。
でも――
もう戻れない。
“真実を知ってしまったから”。




