第6話「思い出せない名前」
朝。
空気は、昨日よりも重かった。
誰も何も言わない。
でも全員が同じことを考えている。
“何かがおかしい”
カイは歩きながら、前を見る。
ノアの背中。
(逃がさねぇ)
そのまま歩幅を上げる。
隣に並ぶ。
「ノア」
呼びかける。
「なんだ」
いつも通りの声。
でもカイは止まらない。
「話がある」
ノアは少しだけ視線を向ける。
「今じゃなきゃダメか」
「今だ」
即答。
その一言で、空気が変わる。
後ろを歩いていた三人も、足を止める。
誰も口を挟まない。
カイは言う。
「俺、夢見た」
ノアは反応しない。
「誰かいた」
沈黙。
「名前は分からねぇ」
一歩、踏み込む。
「でも分かる」
ノアの目を見る。
「俺たちと一緒にいたやつだ」
空気が張り詰める。
リシアが息を呑む。
セラが手を握る。
ゼノは黙って見ている。
カイは続ける。
「そいつ、死んだだろ」
その瞬間。
ノアの表情が、初めて崩れる。
ほんの一瞬。
でも確かに。
カイは見逃さない。
「やっぱりな」
一歩、さらに踏み込む。
「誰だよ」
声は低い。
でも確実に揺れている。
「名前、言えよ」
沈黙。
ノアは何も言わない。
ただ、視線を逸らす。
それだけで十分だった。
(いる)
(確実にいた)
カイの中で、何かが繋がる。
「なんで思い出せねぇんだよ」
その声は、怒りじゃない。
焦り。
「なんで俺は、そいつの名前も覚えてねぇんだ」
リシアが震える声で言う。
「私も……思い出せません」
セラも続く。
「顔も……声も……分からないのに」
「でも、確かに“いた”んです」
ゼノが小さく呟く。
「……気持ち悪いな」
その言葉で、全員の感情が揃う。
異常。
これは普通じゃない。
カイはノアを見る。
「お前、何した」
直球だった。
逃げ場はない。
沈黙。
長い沈黙。
風の音だけが響く。
やがて、ノアが口を開く。
「……何もしてない」
嘘だ。
誰でも分かる。
カイは一歩踏み出す。
「嘘つくな」
その一言に、力がこもる。
ノアは目を閉じる。
そして、小さく息を吐く。
「……言っただろ」
ゆっくりと目を開く。
「思い出さなくていい」
その言葉で、空気が凍る。
カイの思考が止まる。
(は?)
「どういう意味だよ」
ノアは答える。
「そのままの意味だ」
「忘れていればいい」
あまりにも静かな声。
だからこそ、異様だった。
カイの胸に、怒りが湧く。
「ふざけんな」
拳を握る。
「仲間だろ」
声が震える。
「一緒に戦ったやつだろ!」
その言葉に、全員が息を呑む。
ノアは動かない。
ただ一言。
「……だからだ」
意味が分からない。
カイは叫ぶ。
「何が“だから”だよ!!」
沈黙。
ノアはそれ以上、何も言わない。
ただ、背を向ける。
そして歩き出す。
「待てよ!!」
カイの声が響く。
でも止まらない。
誰も、止められない。
その背中は――
あまりにも遠かった。
カイはその場に立ち尽くす。
胸の奥が、ひどく痛む。
思い出せない。
でも、確かにあった。
大切な何か。
そしてそれを――
ノアは“消した”。
その確信だけがの残った
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