第4話「空白の戦い」
森に入った瞬間、空気が変わった。
「……いるな」
ゼノが短く言う。
気配は一つ。
だが、重い。
カイは弓に手をかける。
「魔物じゃないな」
ノアが小さく頷く。
「人魔だ」
その一言で、全員の緊張が跳ね上がる。
現れる。
黒く歪んだ影。
人の形をしているが、人ではない。
“人魔”。
ゼノが一歩前に出る。
「俺がやる」
無駄のない踏み込み。
完璧な剣。
一瞬で間合いを詰める。
斬る。
確実に捉えた一撃。
だが――
「……っ!?」
弾かれる。
あり得ない。
ゼノが距離を取る。
その目に、わずかな驚き。
「硬いな」
人魔が動く。
速い。
カイが矢を放つ。
風を裂く一撃。
命中――するはずだった。
だが、その軌道がわずかにズレる。
「は?」
当たらない。
いや、当たっているのに“外れている”。
違和感。
セラが叫ぶ。
「気をつけてください! 何か変です!」
リシアが魔法を展開する。
「空間が……歪んでる?」
説明がつかない。
“何かが一つ足りない戦場”。
カイは直感する。
(これ、昨日の夢と同じだ)
その瞬間、人魔が踏み込む。
ゼノに向かって。
間に合わない。
「ゼノ!!」
だが、その前に――
ノアがいた。
いつの間にか。
剣を振るう。
その一撃は、綺麗じゃない。
軌道も荒い。
でも――
“当たるべき場所に、ねじ込まれる”。
人魔が初めて後退する。
ゼノが目を見開く。
「……今の」
ノアは何も言わない。
再び踏み込む。
連撃。
荒い。
無駄が多い。
でも、すべてが“噛み合っている”。
カイは理解する。
(こいつ、分かってる)
(このズレを、最初から分かってる)
最後の一撃。
ノアの剣が人魔を貫く。
沈黙。
人魔は崩れ、消える。
戦いが終わる。
だが、誰もすぐには動かない。
ゼノが口を開く。
「……なぜ当たる」
ノアは答えない。
リシアが呟く。
「私の魔法、少しズレてた……」
セラも震える声で言う。
「何か……一つ足りない感じがしました」
カイはノアを見る。
確信している。
「お前、知ってるだろ」
ノアは少しだけ目を細める。
そして、静かに言う。
「……慣れてるだけだ」
その言葉で、すべてが繋がる。
(慣れてる?)
カイの背中に、冷たいものが走る。
このズレ。
この戦い。
“初めてじゃない”。
ノアは、すでに経験している。
でも他の誰も知らない。
カイは一歩踏み出す。
「それ、どういう意味だよ」
ノアは答えない。
ただ前を向いて歩き出す。
その背中が、あまりにも遠い。
カイはその場に立ち尽くす。
そして、はっきりと理解する。
“何かが消えている”
それは記憶だけじゃない。
戦いの中にも、確かに存在している。
そして、それを知っているのは――
ノアだけだ。
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