第3話「欠けている感覚」
朝は、何事もなかったように始まる。
鳥が鳴く。
風が吹く。
いつも通りの世界。
でも――
「カイ、顔色が悪いですよ」
リシアの声で、現実に引き戻される。
カイは軽く手を振る。
「大丈夫だ」
嘘だった。
(寝たはずなのに、疲れてる)
夢のせいだと分かっている。
でもそれだけじゃない。
セラが近づいてくる。
「無理はしないでくださいね」
そう言って、そっと手をかざす。
淡い光。
体の重さが少しだけ消える。
「……ありがと」
カイは短く礼を言う。
その瞬間、ふと違和感が走る。
(こんな距離、だったか?)
セラは優しい。
それは分かっている。
でも――
(もっと近かった気がする)
理由は分からない。
ただ、距離が“ズレている”。
その時、ゼノの声が飛ぶ。
「行くぞ」
視線を上げると、すでに歩き出している。
いつも通り。
何も変わらない。
でも、カイは気づく。
(こいつも、少し違う)
ゼノの剣は変わっていない。
完璧で、無駄がない。
でもどこか――
(余裕がない)
ほんのわずかなズレ。
普通なら気づかない。
でも今のカイには分かる。
リシアも同じだった。
歩きながら、何度もカイの方を見る。
何か言いたそうにしている。
でも言わない。
やがてリシアが口を開く。
「……変なこと、聞いてもいいですか」
カイは頷く。
「私たちって、本当に五人でしたか?」
その一言で、空気が凍る。
セラが小さく息を呑む。
ゼノは足を止める。
カイはゆっくりと答える。
「……それ、俺も思ってた」
沈黙。
セラが震える声で言う。
「私も……です」
「人数は分かるんです。でも……」
「何か、大事なものが抜けてる気がして」
ゼノが舌打ちする。
「くだらない」
だが、その声にはわずかな苛立ちが混じっている。
「気のせいだ」
そう言いながらも、視線は落ちている。
カイはそれを見逃さない。
(こいつも気づいてる)
そして、最後に一人。
ノア。
ノアは一歩前を歩いている。
振り返らない。
カイは言う。
「ノア」
足が止まる。
でも振り返らない。
「なんだ」
短い返事。
カイは続ける。
「俺たち、何か忘れてるよな」
沈黙。
リシアも、セラも、ゼノも。
全員がノアを見る。
ノアだけが、動かない。
やがて、ゆっくりと振り返る。
その表情は、いつもと変わらない。
「……忘れてない」
即答だった。
でも――
「そう思いたいだけだ」
その一言が、すべてを壊す。
カイの心臓が強く跳ねる。
(やっぱり知ってる)
ノアはそれ以上何も言わない。
再び前を向いて歩き出す。
誰も追えない。
その背中が、妙に遠く感じる。
カイは小さく呟く。
「……夢じゃない」
もう確信していた。
これは“気のせい”じゃない。
“何かが意図的に消されている”
そして、その中心にいるのは――
ノア。
風が吹く。
でもそれは、ただの風じゃない。
“何かを隠すための静けさ”だった。




