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忘却勇者と欠けた世界  作者: ナイトさん
第一章存在しないはずの勇者

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12/16

第12話「選ばれた者」

その日は、妙に静かだった。

風がない。

音がない。

まるで、世界が息を止めているみたいだった。

「……なんか変だな」

カイが呟く。

ノアも同じことを思っていた。

(気配がない)

魔物も、動物も。

何もいない。

グレンだけが、前を見ている。

「……来る」

その一言で、空気が張り詰める。

次の瞬間。

“現れた”。

音もなく。

気配もなく。

一人の存在。

白い衣。

顔は見えない。

だが、分かる。

“普通じゃない”。

カイが弓を構える。

「なんだよ、あれ」

ノアは動かない。

(あれが……)

直感で分かる。

“選定者”。

グレンが一歩前に出る。

「……お前か」

自然な動きだった。

まるで、分かっていたかのように。

選定者が、ゆっくりと口を開く。

「――見つけた」

声は静か。

でも、重い。

「勇者の資質を持つ者」

空気が震える。

カイが目を見開く。

「は?」

セラもリシアもいない。

この場には三人だけ。

その言葉が向けられているのは――

グレン。

選定者が、手を伸ばす。

「お前だ」

迷いのない指先。

グレンは動じない。

ただ、少しだけ笑う。

「そうか」

その反応が、すべてを物語っていた。

カイが叫ぶ。

「ちょっと待てよ!」

「なんだよ勇者って!」

選定者はカイを見ない。

視線は、グレンだけ。

「お前は選ばれた」

「世界を救う者として」

静かな宣告。

ノアの心臓が、強く鳴る。

(やっぱり)

どこかで、分かっていた。

グレンは違う。

最初から。

「……どうする」

選定者が問う。

「受け入れるか」

グレンは少しだけ考える。

ほんの一瞬。

そして――

「受ける」

即答だった。

迷いはない。

カイが言葉を失う。

「おい……」

グレンは振り返る。

その顔は、いつもと同じだった。

「悪いな」

軽い口調。

でも、その目はまっすぐだった。

「ちょっとデカい話になった」

カイは何も言えない。

ノアは黙っている。

ただ、見ている。

選ばれた瞬間を。

選ばれなかった自分を。

選定者が言う。

「ならば来い」

「正式な儀を行う」

グレンは頷く。

そのまま、一歩踏み出す。

その背中が、遠くなる。

カイが叫ぶ。

「待てよ!」

「一人で行く気かよ!」

グレンは止まる。

そして振り返る。

少しだけ、困った顔で笑う。

「……来るか?」

その一言で、全部決まる。

カイはため息をつく。

「最初からそのつもりだ」

ノアを見る。

「お前もだろ」

ノアは一瞬だけ黙る。

(俺は――)

選ばれていない。

必要とされていない。

それでも――

「……行く」

短く答える。

グレンが笑う。

「だよな」

選定者は何も言わない。

ただ、その様子を見ている。

三人は並ぶ。

最初と同じように。

でも、もう違う。

“役割”が決まってしまった。

勇者。

仲間。

その境界が、静かに引かれる。

ノアは前を見る。

グレンの背中。

(やっぱり、お前だったんだな)

納得と――

少しの違和感。

でも、それを言葉にはしない。

この時はまだ。

その違和感が、すべてを壊すなんて。

誰も知らなかった。

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