第12話「選ばれた者」
その日は、妙に静かだった。
風がない。
音がない。
まるで、世界が息を止めているみたいだった。
「……なんか変だな」
カイが呟く。
ノアも同じことを思っていた。
(気配がない)
魔物も、動物も。
何もいない。
グレンだけが、前を見ている。
「……来る」
その一言で、空気が張り詰める。
次の瞬間。
“現れた”。
音もなく。
気配もなく。
一人の存在。
白い衣。
顔は見えない。
だが、分かる。
“普通じゃない”。
カイが弓を構える。
「なんだよ、あれ」
ノアは動かない。
(あれが……)
直感で分かる。
“選定者”。
グレンが一歩前に出る。
「……お前か」
自然な動きだった。
まるで、分かっていたかのように。
選定者が、ゆっくりと口を開く。
「――見つけた」
声は静か。
でも、重い。
「勇者の資質を持つ者」
空気が震える。
カイが目を見開く。
「は?」
セラもリシアもいない。
この場には三人だけ。
その言葉が向けられているのは――
グレン。
選定者が、手を伸ばす。
「お前だ」
迷いのない指先。
グレンは動じない。
ただ、少しだけ笑う。
「そうか」
その反応が、すべてを物語っていた。
カイが叫ぶ。
「ちょっと待てよ!」
「なんだよ勇者って!」
選定者はカイを見ない。
視線は、グレンだけ。
「お前は選ばれた」
「世界を救う者として」
静かな宣告。
ノアの心臓が、強く鳴る。
(やっぱり)
どこかで、分かっていた。
グレンは違う。
最初から。
「……どうする」
選定者が問う。
「受け入れるか」
グレンは少しだけ考える。
ほんの一瞬。
そして――
「受ける」
即答だった。
迷いはない。
カイが言葉を失う。
「おい……」
グレンは振り返る。
その顔は、いつもと同じだった。
「悪いな」
軽い口調。
でも、その目はまっすぐだった。
「ちょっとデカい話になった」
カイは何も言えない。
ノアは黙っている。
ただ、見ている。
選ばれた瞬間を。
選ばれなかった自分を。
選定者が言う。
「ならば来い」
「正式な儀を行う」
グレンは頷く。
そのまま、一歩踏み出す。
その背中が、遠くなる。
カイが叫ぶ。
「待てよ!」
「一人で行く気かよ!」
グレンは止まる。
そして振り返る。
少しだけ、困った顔で笑う。
「……来るか?」
その一言で、全部決まる。
カイはため息をつく。
「最初からそのつもりだ」
ノアを見る。
「お前もだろ」
ノアは一瞬だけ黙る。
(俺は――)
選ばれていない。
必要とされていない。
それでも――
「……行く」
短く答える。
グレンが笑う。
「だよな」
選定者は何も言わない。
ただ、その様子を見ている。
三人は並ぶ。
最初と同じように。
でも、もう違う。
“役割”が決まってしまった。
勇者。
仲間。
その境界が、静かに引かれる。
ノアは前を見る。
グレンの背中。
(やっぱり、お前だったんだな)
納得と――
少しの違和感。
でも、それを言葉にはしない。
この時はまだ。
その違和感が、すべてを壊すなんて。
誰も知らなかった。
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