第10話「三人の始まり」
――時間は、遡る。
まだ何も失っていなかった頃。
「遅いぞ、カイ!」
その声に、ノアは思わず笑った。
丘の上。
風が気持ちいい場所。
剣を担いで立っているのは、グレン。
いつも通りの顔。
いつも通りの声。
その隣に立つ。
「お前が早いんだよ」
カイが息を切らしながら登ってくる。
「弓持って走らせるなって何回言えば分かるんだよ」
グレンは笑う。
「鍛えろってことだ」
「理不尽すぎるだろ」
軽口。
いつものやり取り。
ノアはその光景を見ている。
(変わらないな)
この三人の関係は、ずっと同じだ。
グレンは前に立つ。
まっすぐで、迷いがない。
カイは横に並ぶ。
文句を言いながらも、ちゃんとついていく。
そしてノアは――
少し後ろから見る。
それが自然だった。
「ノアも何か言えよ」
グレンが振り返る。
ノアは肩をすくめる。
「別に」
「興味ない」
カイが呆れる。
「出たよ、それ」
グレンは笑う。
「いいじゃねぇか、ノアはそれで」
その言葉に、少しだけ引っかかる。
でも、何も言わない。
風が吹く。
三人の影が、地面に伸びる。
グレンが空を見上げる。
「なぁ」
珍しく、少し真面目な声。
「このまま、ずっとこうしてられると思うか?」
カイが眉をひそめる。
「なんだよ急に」
グレンは笑わない。
「いや、なんとなくな」
ノアはその横顔を見る。
(珍しいな)
グレンがこんな顔をするのは。
カイが言う。
「できるだろ」
「やろうと思えばな」
迷いのない言葉。
グレンは少しだけ目を細める。
「……そっか」
短く、それだけ。
でもその声は、どこか遠かった。
ノアは気づく。
(何かある)
でも聞かない。
聞けない。
それが、この時の自分だった。
グレンが突然立ち上がる。
「よし、決めた」
カイが顔を上げる。
「何をだよ」
グレンは振り返る。
その目は、まっすぐだった。
「俺、旅に出る」
沈黙。
風が止まる。
カイが言う。
「は?」
ノアは何も言わない。
ただ、グレンを見る。
「この村じゃ、終われねぇ」
「もっと強くなる」
「もっと広い世界を見る」
一つ一つの言葉に、迷いがない。
カイが立ち上がる。
「……一人でか?」
グレンは首を振る。
そして、笑う。
「来るだろ?」
その一言で、決まっていた。
カイはため息をつく。
「最初からそのつもりだろ」
でも、その顔は少しだけ楽しそうだった。
ノアに視線が向く。
「お前はどうする」
グレンの問い。
ノアは少しだけ考える。
本当は、答えは決まっていた。
でも、素直には言わない。
「……別に」
「暇だし、ついていく」
カイが笑う。
「素直じゃねぇな」
グレンも笑う。
「いいねぇ、それで」
三人の距離が、少しだけ縮まる。
ノアは小さく息を吐く。
(どうでもいい)
そう思っていた。
この時はまだ。
この旅が、すべてを変えるなんて。
誰も知らなかった。
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