第五十二話「ハリスVS糸子 舌戦②」
一 最初の一声
「冗談ではございません」
御簾の向こうから、声がした。
「Mr. Harris.」
(ハリス氏)
御簾の向こうから、英語で声がした。
会場が静まった。
ハリスが顔を上げた。ヒュースケンが動きを止めた。岩瀬が御簾を見た。森山通詞が筆を止めた。
これまで一言も発しなかった御簾の向こうから、声が来た。しかも——完璧な英語で。通訳を介さずに。直接。
ハリスがヒュースケンに小声で言った。
「She speaks English?」
(英語を話すのか?)
「……apparently.」
(……そのようです)
そして——御簾の向こうから、さらに声が来た。
「Pardon me, Mr. Harris. I believe you said something to Mr. Heusken just now. I heard it clearly.」
(失礼いたします、ハリス殿。先ほどヒュースケン殿に何かおっしゃいましたね。よく聞こえました)
ハリスが固まった。
竹の格子の向こうに、気配があった。光が透けていた。その奥に、誰かが座っていた。
「The gentleman next to you — could you ask him privately?」
(隣の方に——内緒でお聞きになりましたね?)
ハリスが固まった。
隣のヒュースケンを見た。ヒュースケンが、わずかに青ざめていた。
そうだ。ヒュースケンに小声で言ったのだ。英語で。
「A child in negotiations? Is this a joke?」
(子供が交渉に? これは冗談か?)
御簾の向こうから、また声がした。穏やかだった。しかし——揺らがなかった。
「It is not a joke, Mr. Harris.」
(冗談ではございません、ハリス殿)
「I am Itoko Konoe, appointed by His Imperial Majesty as the Imperial Language Officer. I am twelve years old. And I heard every word you just said.」
(わたくしは御門様より天朝外語御用掛に任じられた近衛糸子でございます。十二歳にございます。そして今おっしゃったこと、全部聞こえておりましたよ)
部屋が静まった。
その声は、静かだった。しかし——揺らがなかった。若い女の声だった。しかし軽くはなかった。
ハリスの喉が、動いた。
岩瀬が手元の書類を持ったまま、息を飲んだ。
森山通詞が、筆を持つ手を止めた。
万次郎が、御簾の方向を見て——少し笑いをこらえていた。
土方が壁際から全員の顔を見た。ハリスの顔。ヒュースケンの顔。岩瀬の顔。そして——御簾。
近藤が廊下から、空気の変化を感じた。
ヒュースケンが、ハリスに小声で言った(英語)。
「Harris-san——she understood us.」
(ハリス氏——彼女は、分かっていたんです)
ハリスがゆっくりと、御簾を見た。
その顔に、これまでにない感情が走った。
驚き、困惑、そして——かすかな、警戒。
ハリスが椅子の上で少し身を正した。
「I apologize if I caused offense.」
(失礼があれば、お詫びします)
その言葉は、珍しくハリスが防御に入った瞬間だった。ヒュースケンが内心で驚いた。
「No offense taken.」
(お気になさらず)
御簾の向こうから、穏やかに返ってきた。
「Now. Shall we proceed?」
(では、始めましょうか)
岩瀬が、小さく息を吐いた。
壁際で見ていた土方が、腕を組んだ。
——始まった。
二 第一ラウンド・前半——相互主義の罠
ハリスが姿勢を整えた。
そして気持ちを切り替えた。一瞬の動揺があった。しかし——この男は長年の交渉で鍛えられていた。動揺を呑み込んで、前に出ることができる。
外交官として、ここで動揺を見せることはできない。商人として叩き上げてきたこの男は、不意打ちに強かった。少し間を置いてから、声を落ち着けた。
「Very well. Let us proceed.」
(よろしい。進めましょう)
通常の交渉の場に戻ろうとした。
「Very well. Then let me state our position clearly.」
(承知しました。では我々の立場を明確に申し上げます)
ハリスが姿勢を正した。
「Japan's legal system is not yet sufficiently developed to adjudicate cases involving American citizens fairly. Therefore, Americans in Japan must be judged under American law. This is the standard arrangement between civilized nations.」
(日本の法制度は、アメリカ市民の案件を公正に裁くには、まだ十分に整備されていません。したがって、日本におけるアメリカ人はアメリカの法律によって裁かれなければなりません。これが文明的な国家間の標準的な取り決めです)
ハリスが話し終えた。森山通詞がオランダ語に訳した。
「Het rechtssysteem van Japan is nog niet voldoende ontwikkeld om zaken van Amerikaanse burgers eerlijk te behandelen.」
(日本の法制度は、アメリカ市民の案件を公正に扱うには、まだ十分に発展していません)
御簾の向こうで、糸子は静かに聞いていた。
(来た。想定通り。領事裁判権から始める——これがハリスの定石だ)
糸子は一拍置いた。この「一拍」は計算だった。即座に返せば感情的に見える。少し間を置くことで「冷静に考えた上での反論」に見える。
「Mr. Harris.」
御簾の向こうから、糸子の声が出た。英語だった。
「I would like to confirm one thing, before we discuss that.」
(その件を議論する前に、一つ確認させていただきたいことがございます)
「Please.」
「You said 'the standard arrangement between civilized nations.' Is that correct?」
(「文明的な国家間の標準的な取り決め」とおっしゃいましたね?)
「Yes.」
「Then I must ask you about a treaty that was concluded four years ago. The Treaty of Shimoda, signed between Japan and Russia in 1855. Are you familiar with it?」
(では、四年前に締結された条約についてお聞きしなければなりません。一八五五年に日本とロシアの間で署名された下田条約です。ご存知ですか?)
ハリスが少し眉を動かした。
「Of course. The Treaty of Shimoda.」
(もちろん。下田条約です)
「In that treaty, the jurisdiction clause was written on a reciprocal basis. Russian citizens are judged by Russian consuls. Japanese citizens are judged by Japanese officials. Both sides hold the same rights.」
(その条約では、裁判権条項は相互的な形で規定されております。ロシア人はロシア領事が裁き、日本人は日本の役人が裁く。双方が同じ権利を持ちます)
「That is——」
「Is this not the standard arrangement between civilized nations?」
(これは文明的な国家間の標準的な取り決めではありませんか?)
ハリスの口が、少し止まった。
幕府の担当者たちが、顔を見合わせた。岩瀬が少し前に傾いた。
糸子が続けた。
「Mr. Harris, I present you with two choices.」
(ハリス殿、私はあなたに二つの選択肢を示します)
「The first: America is less civilized than Russia, and therefore cannot accept the principles that Russia has accepted.」
(一つ目:アメリカはロシアより文明的でないため、ロシアが受け入れた原則を受け入れることができない)
「The second: America is more civilized than Russia, and therefore should naturally accept the principle of reciprocity that Russia has already accepted.」
(二つ目:アメリカはロシアより文明的であるため、ロシアがすでに受け入れた相互主義の原則を当然受け入れるべきである)
「Which do you choose?」
(どちらを選ばれますか?)
部屋が静まった。
ハリスが、少し前に身を乗り出した。ヒュースケンが、小声でハリスに言った。
「Harris-san. This is a trap. Both choices lead to the same conclusion.」
(ハリス氏。これは罠です。どちらを選んでも同じ結論になります)
ハリスが分かっていた。ロシアより劣ると言えば、アメリカの威信が傷つく。ロシアより優れていると言えば、相互主義を受け入れなければならなくなる。どちらを選んでも、領事裁判権の一方的な要求が崩れる。
会場に沈黙が流れた。
通詞陣が、その沈黙の中で翻訳の作業を止めていた。翻訳するより前に、全員が内容を理解していた。英語で直接やり取りされているため、通詞が介在する余地がなかった。
岩瀬が、小さく息を飲んだ。
土方が壁際で、表情を変えずに見ていた。
三 第一ラウンド・後半——ヴァッテルの返り刃
ハリスが体勢を立て直した。
「The situations are different. Russia and America have different diplomatic positions in relation to Japan——」
(状況が違います。ロシアとアメリカは、日本との外交的立場が異なります——)
「I understand that the situations differ.」
糸子が、静かに、しかし確実に言葉を重ねた。
「However, the principle you yourself invoked is 'the standard arrangement between civilized nations.' If that principle applies to America but not to Russia — that is no longer a 'standard arrangement.' It is a selective arrangement. That is quite different.」
(しかし、あなた自身が挙げた原則は「文明的な国家間の標準的な取り決め」でございます。その原則がアメリカには適用されるがロシアには適用されないとするなら、それはもはや「標準的な取り決め」ではありません。選択的な取り決めです。それはまったく別のものです)
ハリスが黙った。
糸子が続けた。
「Mr. Harris, are you familiar with Vattel's 'The Law of Nations'?」
(ハリス殿は、ヴァッテルの『諸国民の法』をご存知ですか?)
ハリスの体が、わずかに固まった。
ヴァッテル——エメリッヒ・ド・ヴァッテルが一七五八年に著した国際法の大著だ。アメリカの外交官にとっては必読書だった。建国の父たちも参照した書物だ。独立宣言を起草したフランクリンやジェファーソンも参照した書物だ。ハリスが読んでいないはずがない。
「……I have read it.」
(……読んでいます)
「Then you know what Vattel writes about the principle of reciprocity in treaties between states. He states clearly: in relations between sovereign nations, agreements must be based on mutual obligations. A treaty that grants rights to one party without granting equal rights to the other is, by Vattel's definition, not a treaty between equals.」
(ならばヴァッテルが、国家間の条約における相互主義の原則について何を書いているかをご存知のはずです。彼は明確に述べています。主権国家間の関係において、協定は相互的な義務に基づかなければならない。一方の当事者に権利を与え、もう一方に同等の権利を与えない条約は、ヴァッテルの定義によれば、対等な国家間の条約ではないと)
ハリスが言葉を詰まらせた。ヒュースケンが横で動きを止めた。
「He quoted Vatter, and accurately, in a way that Harris couldn't refute.」
(ヴァッテルを引用された。それも正確に。ハリスが反論できない形で)
糸子が続けた。
「Mr. Harris. America presents itself as a nation founded on principles of equality and rights. Vattel's principles are principles that America itself has championed. If America cannot accept reciprocity here — what does that say about America's commitment to those principles?」
(ハリス殿。アメリカは平等と権利の原則に基づいて建国された国として自らを提示しています。ヴァッテルの原則は、アメリカ自身が擁護してきた原則です。もしアメリカがここで相互主義を受け入れられないとするなら——アメリカがその原則に対してどれほどの誠実さを持っているかを示すことになりませんか?)
場が、静まった。岩瀬が、書類を持つ手を静かに下ろした。
ハリスが、何かを言おうとして——止まった。
「I have a proposal.」
糸子が続けた。声は穏やかだった。急いでいなかった。
「If the concern is that Japan's legal system is not yet at the level of Western standards — I understand that concern. Then let us include in the treaty a clause: 'When Japan's legal system has been developed to a mutually agreed standard, the extraterritorial jurisdiction clause shall be reviewed.' This way, America's concern is addressed, and Japan's dignity is preserved.」
(もし日本の法制度がまだ西洋の水準に達していないとのご懸念があるなら——その懸念は理解します。では条約に条項を盛り込みましょう。「日本の法制度が相互に合意した水準まで整備された段階で、治外法権条項を見直すものとする」と。こうすれば、アメリカのご懸念に応えつつ、日本の尊厳も守られます)
ハリスが少し考えた。
「The standard for 'mutually agreed' would be——」
(「相互に合意した」の基準というのは——)
「Exactly the question I expected.」
糸子が言った。
「Which is why the clause must state 'by mutual agreement.' Not by America's unilateral judgment. If America can decide unilaterally when Japan's legal system is 'sufficient' — that is not an agreement. That is control.」
(まさに私が想定していたご質問です。だからこそ、条項には「相互の合意による」と明記しなければなりません。アメリカの一方的な判断によるものではなく。もしアメリカが一方的に日本の法制度が「十分」かどうかを決められるとするなら——それは合意ではありません。それは支配です)
ハリスが、机の上で手を組んだ。
壁際の土方が、腕を組んだまま、わずかに目を細めた。
「However, in practical terms——」
(しかし現実的には——)
「Mr. Harris.」
糸子の声のトーンが、わずかに変わった。
低く。しかし確実に。
近藤が廊下から、その変化を感じ取った。
(入った)
近藤はそう思った。
四 ハリスの内部
ハリスは、一瞬、目を閉じた。
これは——想定外だった。
完全に、想定外だった。
ハリスは、自分の中で何かが変わっていることを感じていた。
しかし——。
英語を話した。完璧な英語を。通訳なしで。
ヴァッテルを引用した。アメリカの外交官の必読書を。
日露和親条約を先例として使った。相互主義の原則と組み合わせて。
自分の言葉が、自分に返ってくる。
それが今、繰り返されていた。
ハリスは、ヒュースケンに小声で言った
「She knows Vattel.」
(ヴァッテルを知っている)
ハリスがヒュースケンに小声で言った。
「It seems so, Harris-san.」
(そのようですね、ハリス氏)
「Where did she learn it?」
(どこで学んだんだ?)
「I don't know. But Harris-san——」
ヒュースケンが、少し声を落とした。
「We need to be more careful. She is not here to simply convey the court's wishes. She is here to negotiate.」
(注意が必要です。彼女は単に朝廷の意向を伝えるためにここにいるのではありません。交渉するためにいます)
「It seems so.」
(そのようです)
ヒュースケンも、動揺していた。
「Harris-san, this is not an ordinary opponent.」
(ハリス氏、これは普通の相手ではありません)
「I know.」
(分かっている)
ハリスはそう言いながら、頭の中で計算していた。
相手は何を求めているのか。論理の先に、何があるのか。
ハリスが御簾を見た。竹の格子の向こうに、光が漏れていた。その向こうに、少女がいる。
「This nation... they are deadly in earnest.」
(この国は——本気だ)
「Damn it.」
(クソッ)
ハリスが、声に出さずに呟いた。
五 第二ラウンド——アヘン戦争の一撃
糸子が次の言葉を発した前に、ハリスは心の準備を整えようとした。
そして体勢を立て直した。
「Let's set aside the issue of reciprocity for now and discuss the broader context. Let's look at what's happening in Qing.」
(相互主義の問題はひとまず置いておいて、より広い文脈について話し合いましょう。清で何が起きているかを見てください——)
糸子が、その言葉を聞いた瞬間、内心で思った。
(清朝を持ち出した。予想通り)
ハリスが続けた。
「The Qing dynasty resisted opening up to trade. The result was war, and the Qing suffered immense damage. Japan does not need to repeat the same mistake. By accepting trade with the United States, Japan can modernize and strengthen itself.」
(清は貿易の開放に抵抗しようとしました。結果は戦争であり、清は甚大な被害を受けました。日本は同じ過ちを犯す必要はありません。アメリカとの貿易を受け入れることで、日本は近代化し強化されることができます——)
「Mr. Harris.」
糸子が、ハリスの言葉を止めた。柔らかく、しかし確実に。
「I was also thinking of talking about the Qing Dynasty. You've given a very important example.」
(私も清についてお話ししたいと思っておりました。非常に重要な例を挙げてくださいました)
「Good. Then you understand——」
「Mr. Harris, what happened after the Qing dynasty signed the treaty?」
(ハリス殿、清国が条約を締結した後、何が起きましたか?)
ハリスが少し止まった。
「Trade expanded——」
(貿易が拡大し——)
「Opium flowed in.」
(アヘンが流れ込みました)
糸子が、静かに言った。
「Gold flowed out. People became addicts. Industries collapsed. And then — war came again.」
(金が流出しました。人々が廃人になりました。産業が壊滅しました。そして——再び戦争が来ました)
「Japan and America's relationship is different from that——」
(日本とアメリカの関係は、それとは異なります——)
「Is it truly different?」
糸子の声が、わずかに落ちた。
「Mr. Harris, I must inquire of you with all candor: Did the American merchants sell opium to the Qing Empire?」
(ハリス殿、率直にお聞きしなければなりません。アメリカの商人は清にアヘンを売りましたか?)
ハリスの顔が、一瞬変わった。
「America's policy was——」
(アメリカの政策は——)
「The question is not about policy. The question is about facts.」
(政策についてではありません。事実についてです)
糸子が続けた。
「It is a matter of historical record that American merchants were indeed complicit in the opium trade within the Qing Empire. While the British were the primary traffickers, those of your own nation were no strangers to this commerce.」
(アメリカの商人は清でのアヘン貿易に関与していました。これは記録された事実です。イギリスの商人が主要な取引者でしたが、アメリカの商人も参加していました)
ハリスが黙った。
「I am not saying this to condemn America. I am saying this because it is relevant to what Japan must consider.」
(これはアメリカを非難するために言っているのではありません。日本が考慮しなければならないことに関連しているため言っています)
「If trade expands between Japan and America — will opium be among the goods that flow in? This is not a hypothetical question. This is a question with historical precedent.」
(日本とアメリカの間で貿易が拡大した場合——アヘンが流入する品物の中に含まれますか? これは仮定の問いではありません。歴史的先例のある問いです)
ハリスが、少し間を置いた。
「America does not support the opium trade——」
(アメリカはアヘン貿易を支持していません——)
「Then it is simple.」
糸子が言った。
「Include in the treaty an explicit prohibition on the import of opium into Japan. If America does not support the opium trade — this clause should present no difficulty.」
(条約に、日本へのアヘン輸入を明示的に禁止する条項を含めてください。もしアメリカがアヘン貿易を支持していないなら——この条項は何の問題も生じないはずです)
ハリスが、ヒュースケンを見た。ヒュースケンが、小さく頷いた。これは受け入れざるを得ない、という意味だった。
「……That can be considered.」
(……検討することができます)
「Thank you.」
糸子が静かに言った。
「Then let us move to the next matter.」
(では次の問題に移りましょう)
話題が変わった。
その変化の速さが——ハリスの思考より速かった。
土方が壁際で、御簾を見た。
(なんという話題の変え方だ)
土方は内心で思った。
六 第三ラウンド——金銀比率の数字攻め
「The matter of gold and silver exchange rates.」
(金銀の交換比率の問題です)
糸子が言った。
「Mr. Harris, what is the ratio of gold to silver in Japan?」
(ハリス殿、日本での金と銀の比率はいくらですか?)
ハリスが少し表情を固めた。
「The ratio in Japan is approximately one to five. Gold one unit to silver five units.」
(日本での比率は概ね一対五です。金一単位に対して銀五単位)
「And what is the ratio in international markets?」
(国際市場での比率はいくらですか?)
「…approximately one to fifteen.」
(……概ね一対十五です)
「So the difference is threefold.」
(では差異は三倍ということになります)
糸子が言った。
「If an American merchant brings silver to Japan and exchanges it for gold — using Japan's domestic rate — and then takes that gold to the international market, the merchant will receive three times the amount of silver he started with.」
(もしアメリカ商人が銀を日本に持ち込み、日本の国内レートで金と交換し——その金を国際市場に持ち込めば、商人は最初に持っていた銀の三倍の量を受け取ることになります)
「That is market activity——」
(それは市場活動であり——)
糸子が手元の紙を取り出した。
「I have here estimated figures of gold that has left Japan since the opening of the ports. These figures were compiled from records at the Yokohama trading houses.」
(ここに開港以来日本を出た金の推定額があります。これらの数字は横浜の商館の記録から集計されました)
幕府の記録係が、その紙を見て、少し前のめりになった。岩瀬が目を細めた。この数字は、幕府も正確には把握していなかった。万次郎が、自分と善次郎が集めた記録が使われているのを見て、内心で驚いた。
「In three years since the opening of ports — the estimated gold outflow from Japan is equivalent to approximately forty percent of Japan's annual government revenue.」
(開港から三年間で——日本からの金流出の推定額は、日本の年間政府歳入の約四十パーセントに相当します)
ハリスが、わずかに目を見開いた。
「Mr. Harris, you are a merchant by origin. You understand commerce better than most diplomats.」
(ハリス殿、あなたは出身が商人です。ほとんどの外交官よりも通商をよく理解されています)
「If this rate of gold outflow continues — what happens to Japan's economy?」
(この割合の金流出が続いた場合——日本の経済はどうなりますか?)
「It would weaken the currency——」
(通貨が弱体化し——)
「It would collapse.」
糸子が静かに言った。
「Not weaken. Collapse. And a Japan with a collapsed economy is not a valuable trading partner for America. A Japan that can buy American goods is more useful to America than a Japan that has been economically hollowed out.」
(弱体化するのではありません。崩壊します。そして経済が崩壊した日本は、アメリカにとって価値ある貿易相手国ではありません。アメリカ製品を買える日本の方が、経済的に空洞化した日本よりもアメリカにとって有益です)
「So the question I put to you is this: Would you like a Japan that prospers and buys American goods for the next hundred years — or a Japan that collapses within a generation?」
(ですから私がお聞きするのはこうです。これから百年間繁栄してアメリカの商品を買い続ける日本がよいですか——それとも一世代のうちに崩壊する日本がよいですか?)
これは感情論ではなかった。
数字に基づいた、経済的な論理だった。
ハリスには——反論できなかった。
返す言葉を失った。
第五十二話 了
この合議のあと…ハリス氏は大変なことになります(^_^;)お楽しみに?




