第二十六話「相互主義という武器」
一
堀田正睦が近衛家を訪れてから、二日が過ぎた。
糸子はその日も、座敷に座ったまま、茶が冷めていくのに任せていた。
その朝、天朝物産会所の戸口に、看板が掛かった。
午を過ぎる頃には、もう客が来ていた。
西陣の織元、伏見の酒屋、大坂の鴻池の手代。これまで、近衛家と直に取引を結ぶのは畏れ多いと遠巻きにしていた商家が、会所という窓口を得て、一斉に戸を叩き始めた。老中首座が近衛家を訪れた、という話は、案の定、二日で京の商家を一巡りしていた。
村岡が帳場から顔を出して、悲鳴のような声を上げた。
「姫君様、筆が足りませぬ」
糸子は少し笑って、帳場を村岡に任せた。
頭の中は、まだ堀田との対話のことでいっぱいだった。
お梅が茶を入れ直してくれた。
糸子は茶を受け取りながら、あの日の対話を、頭の中でゆっくりと反芻していた。
あの対話を通じて、糸子は別のことを感じ始めていた。
現実の手触りが、急に増してきている。
一年あまり、と見ていた談判の日が、堀田の言葉を聞いてから、さらに手前へ寄ってくる手触りがあった。
ハリスが急いでいる…
堀田もそれを知っていて、対処に追われている。
時の流れが、糸子の見込みより速く動いているように思えた。
糸子は茶を一口飲んだ。
冬の茶は、体の芯を温めた。
頭の中を整理した。
二
夜になってから、糸子は帳面を四冊すべて開いた。
珍しいことだった。普段は一冊だけ開いて作業をする。四冊同時に開く時は、全体を見渡す必要がある時だ。
糸子は日米和親条約と日米修好通商条約について、自分の知っていることを書き出し始めた。
前世の歴史の知識として知っていることと、この世界で実際に確かめたこと——その二つを並べた。
日米和親条約(一八五四年、嘉永七年)
下田・箱館の開港。漂流民の保護。薪水・食料の補給。領事の駐在。
問題点として、第十一条の英文と和文の食い違いがあった。「either government」と「両国政府の合意」の間の、解釈の落差。
この約定は、まだ通商を認めていない。しかし鎖国の原則を崩した点で、象徴的な意味を持つ。
日米修好通商条約(一八五八年、安政五年——まだ来ていない)
領事裁判権の容認。関税自主権の喪失。神奈川・長崎・新潟・兵庫の開港。江戸・大坂の開市。外国貨幣と日本貨幣の同種同量の交換。
この約定が、明治になっても改められず、日本が五十年かけて少しずつ取り戻すことになる問題の根だ。
糸子は書きながら、一つのことを繰り返し考えた。
法的解釈基準——約定の文の言葉の意味を一つに定める方法——は、確かに大切だ。
しかし、それだけでは足りない。
なぜ足りないか。
糸子は書いた。
「法的解釈基準は、約定の文が定まった後に効く。しかし問題の多くは、文が定まる前の談判の段で起きる。文に書かれた言葉が、初めから日本に不利な前提で書かれていれば、いくら解釈を精密にしても、根は変わらない。」
つまり——
約定の文が作られる時、どのような前提の下で作られるかが、決定的に大切だ。
その前提とは何か。
糸子はしばらく考えた後、書いた。
「前提とは:一方がもう一方に何かを与える時、その行いは相互でなければならない、という原則。」
それを書いた瞬間、糸子の頭の中で何かが動いた。
三
相互主義。
その言葉が、糸子の記憶の中から浮かんだ。
前世でバイヤーをしていた頃、海外との取引で常に問題になっていたのは「相互性の確保」だった。
こちらが何かを与えれば、相手も同じものを与える。
一方だけが得をする契約は、長続きしない。
しかし、それは商いの話だ。
国と国の約定でも、同じことが言えるか。
糸子は前世の記憶をたどった。
ウィーン条約法条約が一九六九年に採択される前から、相互主義の原則は、国際法の慣習として存在していた。
それは、ウェストファリア条約(一六四八年)以後の国際秩序——主権を持つ国々が対等に並ぶ体制——から、自然に導き出された原則だ。
対等な国々が並ぶ。
しかしその間に、決まりを強いる上位の権力がない。
ならば——国々は自らを守るために、「相手がやるなら自分もやる」という原則を持つ必要がある。
それが相互主義の根拠だ。
糸子は書いた。
「相互主義とは:相手の国が自国の民に与えた権利は、自国も相手の国の民に与えるべき、という原則。A国がB国の民に何かを認めれば、B国もA国の民に同じことを認める。」
そしてその下に書いた。
「大事な事実:日露和親条約(一八五五年)では、この相互主義が守られている。裁きについて、日本にいるロシア人も、ロシアにいる日本人も、それぞれ自分の国の法で裁かれる、という形の上での平等が認められている。」
「しかし日米和親条約には、裁きの定めそのものがない。そして第九条——異国に新たに許したことは、メリケンにも同じく許す——は、こちらからは何も求められない、片方だけの約束になっている。」
「前世の記憶では、メリケンは来年にも、下田で自国の者を自国の領事が裁く定めを求めてくる。片方だけに。通商の約定は、それを本文に書き込むことになる。」
これが問題の核心だ。
日露の約定と日米の約定の差は何か。
日露の約定の方が、相互主義の原則に沿っている。
日米の約定は、片方だけだ。そしてこの先、もっと片方だけになろうとしている。
四
糸子は立ち上がって、縁側に出た。
冬の夜の空気が、頬を刺した。
遠くに、御所の方角の暗闇がある。
糸子は冷たい空気の中で、考えを整理した。
日露の約定に相互主義があるなら——
それを根拠として使えないか。
「日本はロシアとの間に、相互主義に基づく約定を結んでいます。日露の約定を見てください。日本にいるロシア人はロシアの法で、ロシアにいる日本人は日本の法で。これが、対等な国と国の約定のあるべき形です。なぜアメリカとの約定では、この原則が守られないのですか」
これは、談判の場で使える論理だ。
なぜなら——
アメリカ自身が、相互主義の原則を知らないはずがない。
アメリカも、ヨーロッパの国際法の体系の中にある。一六四八年以後の主権国家の秩序の中で、アメリカは独立を宣言し、列強の一員として振る舞っている。
その体系の中に生きるアメリカの外交官に、「相互主義の原則に照らせば、あなた方の要求は原則に反します」と言うことは——
正面から否定できない主張だ。
糸子は縁側に座った。
冷たい板の上に、着物の裾を整えながら座った。
なるほど。
法的解釈基準は、「約定の文の言葉をどう読むか」という問題だ。
相互主義は、「約定がどのような前提で結ばれるべきか」という問題だ。
この二つは、補い合う。
相互主義で「約定は対等でなければならない」という前提を固め、法的解釈基準で「文の言葉を正確に、一つの意味に定める」という方法を使う。
前提と方法が揃えば、談判の論理の骨格ができる。
五
翌朝、糸子は村田蔵六に相談した。
「村田殿、一つ確かめさせてくださいまし」
「何でしょう」
「日露和親条約において、裁きの定めが相互の形になっていることは、ご存知でございましょうか」
村田蔵六が少し考えた後、答えた。
「はい、聞いております。ロシアとの談判では、プチャーチンが相互を重んじた形で約定をまとめたと。日本にいるロシア人も、ロシアにいる日本人も、それぞれの国の法で、という形です」
「それは、日米和親条約と異なりましょうか」
「異なります。メリケンとの和親の約定には、裁きの定めがそもそもありません。それに第九条は、異国に許したことをメリケンにも許すと定めながら、メリケンの側には何の約束もない。形の上の相互さが、ないのです」
「その差を、通商の談判において、根拠として使えると思いましょうや」
村田蔵六が少し時間をかけて考えた。
「……理屈として使えます。日露の約定を先例として示し、それと同じほどの相互を、通商の約定にも求める——これは、筋が通っています」
「実際に通じましょうか?」
「それは別の話だと考えます」
村田蔵六が率直に言った。
「理屈として正しくても、談判の場では力の差が先に立つことがあります。メリケンは兵の力で勝っている。その差が談判に響く。いくら理屈が正しくても、相手が受け入れなければ意味がない」
「その通りでございます。だからこそ——」
糸子は言った。
「相互主義を一つだけで使うのではなく、他のものと組み合わせる必要がございます」
「他のもの、というのは?」
「勅許のことでございます」
六
糸子は説明を続けた。
「メリケンが急いでいることは、堀田様との対話でも確かめました。ハリスは早く約定を結びたいと考えておりまする。本国から急かされているのでございましょう」
「はい」
「急いでいる相手に対して、こちらが明らかな条件を示せば、談判が一点に絞られまする。『この条件なら早く結べる』という形にすれば、メリケンの時の焦りを逆に使えましょう」
「その条件として、相互主義を使うと?」
「そうでございます。『日露和親条約と同じほどの相互を条文に明記するなら、勅許への道が開けましょう』——これが、こちらの示せる最も強い条件でございます」
村田蔵六が静かに考えていた。
「……御門様の勅許を、勝手に担保として使うことは、難しくはないでしょうか」
「御門様とは、これから改めてお話し致しまする。御門様の条件を先に固めて、それをもとに談判する形とするのでございます。順序が大切でございます」
「なるほど。御門様の条件が先に決まっていれば、談判でそれを示すことに、正当性が生まれましょう」
「はい。そして御門様の条件の中に、相互主義を入れることができれば——」
「相互主義は、ただのこちらの要求ではなく、帝のご意向として示せる」
「そういうことでございます」
村田蔵六が頷いた。
「論理の組み立てとしては、かなり強いです」
「なれど…」
糸子は続けた。
「まだ問題がありまする」
「何ですか?」
「相互主義という原則を、ハリスに呑ませることでございます。メリケンの外交官が、この原則を知っていることは確かでございます。なれど、知っていることと、談判の場でその理屈を受け入れることは違いましょう」
「相手が知っている原則を使えば、否定しにくい——とおっしゃっていましたね」
「はい。しかし否定しにくいことと、受け入れることは別でございます。相手は『日本は文明の劣る国だ、相互主義のような近い世の考えは当てはまらない』という理屈で逃げるやもしれませぬ」
村田蔵六が少し間を置いた後、言った。
「……それは、メリケンが実際に使いそうな理屈ですね」
「はい。だからこそ、それへの返しも備えておく必要がありましょう」
七
糸子は帳面を開いて、想定される反論と、その返し方を書き始めた。
アメリカ側が使いそうな理屈と、その返し方
「①相互主義は西洋の近い世の考えだ。日本のような東洋の国には当てはまらない」
返し方として「ロシアとの約定において、日本はすでに相互主義に基づく合意をしています。日本が相互主義を理解し、それに基づいて行動できることを、日露の約定が示しています」
「②日本は鎖国をしていた。国際法の慣習を積んでいない」
返し方として「日本は二百年以上にわたって、長崎・対馬・薩摩・松前という四つの口を通じて、異国との関わりを保ってきました。独自の外交の慣習を持っています。また、日露和親条約を結ぶにあたり、日本は相互主義を理解して合意しました」
「③領事裁判権は、日本の法の仕組みが整っていないから要る」
返し方として「では、日本の法の仕組みが整った時には領事裁判権を廃する、という条項を、約定に明記してください。仕組みの整備という条件が満たされれば廃する——という形なら、双方にとって筋が通ります」
この三番目の返しを書いた時、糸子は少し手を止めた。
三番目の返しは——実は、現代の国際法の解決策と同じ向きだ。
条件付きの条項を入れる。仕組みの整備という条件が満たされれば、不平等な条項が消える仕掛けを、最初から作っておく。
これは、明治の政府が最後に使った論理だ。約定を改める主張として「日本の法の仕組みは、西洋と同じ水準になった。だから領事裁判権は要らない」という論理で、一八九四年に撤廃の約定を結び、数年後にそれは効力を持った。
しかし糸子は今、安政三年に、その種を蒔こうとしている。
約定の本文に、最初から「条件付きで廃せる」という条項を入れることができれば——後の改正が、より早く、より滑らかになるかもしれない。
糸子は書いた。
「領事裁判権については、廃する条件を条文に明記することを求める。条件は:日本の法の仕組みが西洋と同じ水準に整ったと、双方が認めた場合。これは、将来の改正を容易にする布石になる。」
八
糸子は書き続けた。
頭の中に積もっていた問いが、形になっていく感覚があった。
次は、金銀の比率の問題だ。
外国貨幣と日本貨幣の、同種同量の交換の問題。
これも、相互主義の見方から問えるか。
糸子は考えた。
日本の金銀の比率は、金一に対して銀五。外の国々の比率は、金一に対して銀十五。
前世の記憶では、開港の後、この差を使って異国の商人が金を大量に持ち出すことになる。
相互主義の見方から言えば——「同種同量」という言葉は一見対等に見えるが、実際には一方に有利な結果をもたらす。
同種同量の交換が相互主義なのではない。中身の価値が等しい交換こそが、相互主義だ。
糸子は書いた。
「外国貨幣と日本貨幣の交換については、額面での同種同量ではなく、中身の価値での等しい交換を求める。外の市場における金銀の実際の比率を基準とした、引き替えの割合を定める。」
これを実現するためには——
談判の場で、金銀の外の比率を示す必要がある。
糸子は次の項目を書いた。
「備えること:金銀の外の比率を、文書にしておく。オランダ商館の記録から、今の外の市場での金銀の比率を示せる数字を集める。」
ステーンハイゼン殿に頼めば、出島の商館の記録から分かるかもしれない。
善次郎には、下田の様子を探ってもらおう。
九
翌日の授業の後、糸子は村田蔵六に、相互主義の話をさらに深く聞いた。
「村田殿、ヴァッテルの国際法論に、相互主義についての記述はありましょうや?」
村田蔵六が少し驚いた顔をした。
「ヴァッテルを、覚えておられましたか」
「名前だけでございます。村田殿が以前、約定の解釈についてヴァッテルの名を挙げてくださいました」
「はい。ヴァッテルは一七五八年に『国際法』を著しました。その中に、国と国の約定の原則として、相互についての記述があります」
「具体的には、どのような中身でございますか」
「……正確には覚えておりませんが、大意としては:約定は当事国の双方が義務を負うものであり、一方だけが義務を負う約定は、まことの合意とは言えない——という趣旨のことが書かれていたと思います」
「その書は、今のご公儀の談判の担い手が知っている見込みはありましょうか」
「岩瀬忠震殿や堀田様のような方なら、その名は知っておられるかもしれません。しかし中身まで詳しく知っておられるかどうかは……」
「では、ハリスは?」
「ハリスは外交官として、国際法の基礎は学んでいるはずです。ヴァッテルの書は、今の欧羅巴とメリケンでは、外交に携わる者なら必ず読む書と聞きます」
「つまりハリスは、ヴァッテルを知っている見込みが高いのでございますね」
「そうです」
「そしてヴァッテルは、相互について書いている…」
「はい」
「ならば——」
糸子は静かに言った。
「談判の場で、ヴァッテルを引きながら相互主義を主張することは、ハリスが知っている原則を使うことになります。ハリスが、理屈の上で言い返しにくい形になりましょう」
村田蔵六が頷いた。
「……その通りです。ただし——」
「ただし?」
「その書の抜き書きを、こちらが手にしていると知れば、ハリスは驚くでしょう。この国の側が国際法の書を引いてくることは、ハリスの見込みの外かもしれません」
「それは、良いことですか、悪いことですか」
「場合によります」
村田蔵六が続けた。
「ハリスが驚いて、この国を相互の原則を分かる国として扱い始めれば、良い方へ動く。しかしハリスが脅威を感じて、より強い圧をかけてくるおそれもある」
「その見極めは、実際の談判の場でしかできませぬ」
「はい。前もって備えておいて、使うかどうかはその場次第、ということです」
十
夕刻、糸子は二通の文を書いた。
一通は、長崎のステーンハイゼンへ。英語で。
「Doctor, may I ask a favour? I wish to know the ratio of gold to silver in the markets of Europe and Asia today. If the records of the Dutch factory show it, I should be most grateful.」
(先生、一つお願いがございます。今の欧羅巴と亜細亜の市場で、金と銀がどのような比で引き替えられているかを知りたいのです。出島の商館の記録に残っていれば、大変ありがたく存じます)
もう一通は、善次郎へ。
「一つお調べいただきたいことがあります。下田で、メリケンの銀貨と御国の金銀との引き替えが、どのように扱われているか。また、江戸の両替商の間で、異国の金銀の値がどう見られているか。可能な範囲で確かめてください。」
文を書き終えて、糸子は別の紙を取り出した。
御門様の御前の備えだ。
さとへは「来週の中頃」と返書してある。
御門様にお伝えすることを、整理した。
一つ目は、堀田正睦様との対話のご報告だ。
二つ目は、相互主義という原則のご説明だ。
御門様に、相互主義を分かっていただく必要がある。
しかし、どう説明すればいいか。
糸子は考えた。
御門様は、儒学と神道の教えを受けてきた方だ。西洋の国際法の考えをそのまま示しても、馴染みがない。
しかし相互主義の根は、この国にも通じる考え方のはずだ。
「相手に何かを求めるなら、自分も同じことを相手に与える」
これは、互いに恵む心だ。儒学にも、神道にも、この考え方はある。
糸子は書いた。
「御門様へのご説明:相互主義をこの国の言葉で表すなら、互いに礼を尽くすということでございます。一方だけが礼を尽くし、もう一方が礼を尽くさない関わりは、長続き致しませぬ。約定においても同じことが言えまする。この国がメリケンに何かを認めるなら、メリケンもこの国に同じことを認めなければならない。この原則を約定に明記することが、御門様が求められる『対等な関わり』の、具体的な形でございます。」
これなら、御門様に伝わる、と糸子は思った。
十一
その夜、近藤が縁側に来た。
「姫様、近頃、灯りが遅くまでついていますが…」
「考えることが多くて…」
「お体は大丈夫ですか?」
「大丈夫でございます。近藤殿こそ、毎晩夜番で疲れませぬか?」
「慣れております。それに——」
近藤が少し間を置いた。
「姫様の灯りが見えている間は、なぜか、安心いたします」
「何故でしょうか?」
「考えている姫様は、危なくない姫様だからです。危ない時、姫様は動いています。考えている時は、まだ動いておりませぬ」
糸子は少し笑った。
「では、わたくしが動いた時が心配ということでしょうか」
「はい」
「動く前に伝えましょう。いつ動くかを…」
「それだけで十分です」
近藤が静かに座った。
「姫様、談判の備えは進んでおりますか」
「少しずつ。新しい考えが出てきました」
「どのような?」
「相互主義という原則です」
糸子は続けた。
「国と国が約定を結ぶ時、一方だけが得をする形にしてはならない、という原則でございます。メリケン人がこの国でメリケンの法で裁かれるなら、この国の者もメリケンで、メリケンの法ではなく、この国の決まりの下に置かれるべきだ、という形の主張でございます」
「……なるほど」
「この原則は、すでに日露和親条約の中に含まれておりまする。だから、先例として使えましょう」
「日露の約定を根拠にして、メリケンにも同じことを求めるのですな」
「はい。理屈として正しいだけでなく、先例がある。これが強みでございます」
近藤が少し考えた後、言った。
「……剣術で言えば」
「はい」
「先例のある技は、否定しにくいですね。実際に誰かが使って、本当の場で効いたという覚えのある技は、『その技は使えない』と否定するのが難しい」
「その通りでございます。理屈だけより、実例がある方が強いのです」
「(自主規制)突も、実際に試して効き目があったから、技として認められました」
「そういうことでありましょう」
糸子は夜空を見た。
「近藤殿、一つ聞いてもよろしゅうございますか?」
「何でしょう…」
「談判が見込みより早まるかもしれません。来年のうちに始まるかもしれない。その場合、旭狼衛の人数は、どのくらいになりましょうや」
「今の道場に十二名います。来春には十五名になれると思います。ただし、全員が本当の場で使える腕になるまでには、もう少し時が要ります」
「十五名で、足りましょうや?」
近藤が静かに言った。
「姫様がどのような場所に行くか、によると思います」
「江戸のやもしれませぬ。あるいは下田」
「江戸か下田…ですか」
「談判の場でございます」
近藤がしばらく黙った後、言った。
「備えます。江戸と下田を知っている者を、旭狼衛に加える必要があります。それは、俺が考えます」
「お願いいたします」
「一つだけ、確かめさせてください」
「はい」
「姫様がその場に行かれる時、俺たちはどのような立場でお供しますか。旭狼衛の守護として、それとも別の形で」
糸子は少し考えた。
「堀田様との関わりが続けば、何らかの形で正式な役目が生まれるやもしれませぬ。そうでなければ……近藤殿たちが近衛家の者としてお供する形になると思いまする」
「近衛家の者として江戸に行くことは、ご公儀から問題にされませんか」
「問題にされぬよう、前もって関わりを整えましょう。堀田様との道が、その一つでございます」
「分かりました」
近藤が頷いた。
「姫様が動かれる時のために、俺たちも動き続けます」
十二
翌朝、糸子は四冊の帳面を開いて、昨夜考えたことの全体を書き直した。
談判の三つの柱
第一の柱として、相互主義の原則がある。日露和親条約を先例として示し、通商の約定においても相互を求める。領事裁判権の、条件付きで廃する条項を求める。金銀の比率の、中身の価値での等しい交換を求める。
第二の柱として、法的解釈基準がある。約定の文の大事な言葉を定める条項を入れる。解釈が割れそうな言い方を避ける。目的を前文に明記し、解釈の基準を固める。
第三の柱として、御門様のご意向の、正式な反映がある。御門様の条件を前もって固め、堀田様への知らせとしてお渡しする。勅許を、「この条件なら認める」という形で示していただく。
この三つが揃った時、この国の側の、談判の論理の骨格ができる。
糸子は最後に書いた。
「これは、守るための談判だ。日本が外国に何かを攻めて求めているのではない。日本が持つべき権利を、正しい原則に基づいて守ろうとしているだけだ。」
「その正しい原則とは:主権を持つ国は対等であり、対等な関わりに基づく約定は相互を含まなければならない、というウェストファリア体制以来の慣習だ。」
「アメリカは、その慣習の中に生きている。だから、この主張を理屈の上で否定することはできない。」
「できるのは、力で押し切ることだ。」
「しかし、力で押し切ることには、費えがかかる。」
「アメリカは今、南北の分裂を抱えている。この問題が大きくなれば、日本に兵の圧をかけ続ける余裕がなくなるかもしれない。」
「その時の窓が、いつ開くかを見極めることも大切だ。」
南北戦争は、一八六一年に始まる。
通商の約定が一八五八年なら——
その前に約定を結ぶことになれば、アメリカの兵の圧はまだある。
しかし約定の中に、将来の改正の条項を入れることができれば——南北戦争の後に、改める機会が来るかもしれない。
糸子は書いた。
「将来の改正の条項を約定に入れることが、最後の砦だ。今すぐ対等にできなくても、対等になれる道を、最初から条文に組み込む。それが今のわたくしにできる、いちばんのことだ」
帳面を閉じた。
冬の朝の光が、庭を白く照らしていた。
試衛館の稽古が始まる音がした。
近藤の声が聞こえた。
「今日も始めます。手を抜かずに」
糸子はその声を聞きながら、自分も同じことを心の中で言った。
今日も始める。手を抜かずに。
時は、確実に動いている。
その中で、できることを、すべてやる。
第二十六話 了
【相互主義――対等であるための、たった一つの原則】
幕末の外交を考えるとき、「相互主義」という言葉は少し難しく聞こえるかもしれない。
けれど、考え方そのものは決して難しくない。
こちらが相手に認めるなら、相手もこちらに認める。
こちらが相手の国の民を守るなら、相手もこちらの民を守る。
一方だけが権利を得、一方だけが義務を負うのではなく、互いに同じように扱う。
簡単に言えば、それが相互主義である。
幕末の日本にとって、この考え方は決して小さな問題ではなかった。
当時の日本は、欧米列強と軍事力で対等に渡り合える国ではない。だからこそ、外交の場で何を根拠に話をするかが重要になった。
力で勝てないのなら、少なくとも「なぜ相手だけが得をするのか」と問い返せるだけの理屈を持たなければならない。
その意味で、相互主義は弱い側にとっても重要な考え方だった。
実際、幕末の日露和親条約には、その一例を見ることができる。
一八五五年に結ばれた日露和親条約では、日本にいるロシア人と、ロシアにいる日本人が法律に違反した場合、それぞれ自国の法律によって扱うという定めが置かれた。
少なくともこの部分では、日本人にもロシア人にも同じ原則を適用するという、相互的な考え方がはっきり表れている。
もちろん、日露和親条約そのものが、すべての点で完全に対等だったという意味ではない。
大切なのは、外国との約定の中に「互いに同じように扱う」という考え方を入れることができた、という点である。
こうした考え方は、当時の国際法思想とも無縁ではなかった。
十八世紀の国際法学者ヴァッテルは、一七五八年の『国際法』の中で、条約を結ぶ際には、可能な限り互いに等しい利益を認めるべきだという趣旨を論じている。
もちろん、現実の外交では、すべてを同じ条件にすることなどできない。特別な事情があれば、例外も生じる。
それでも、「条約は一方だけが利益を得るものではなく、できる限り互いに釣り合ったものであるべきだ」という考え方は、幕末の外交を考えるうえで重要な意味を持つ。
だからこそ、日米和親条約を見ると、その違いがよく分かる。
一八五四年の日米和親条約には、他国に新たな恩恵を与えた場合、それをアメリカにも及ぼすという規定が置かれていた。
いわゆる最恵国待遇である。
ただし、この規定は相互的なものではなかった。
日本が他国に認めた利益をアメリカにも及ぼすという一方的な形になっている。
ここに、後の問題につながる一つの差があった。
さらに一八五七年には、下田で結ばれた約定によって、アメリカ人に対する領事裁判権が認められることになる。
アメリカ人が日本で問題を起こした場合でも、日本の裁判所ではなく、アメリカ側の領事が自国民を裁く。
そして、この仕組みは翌一八五八年の日米修好通商条約へと引き継がれていく。
つまり、条約の文章を一つずつ見ていけば、「互いに同じ条件なのか」という問題は、決して抽象的な話ではない。
誰が誰を裁くのか。
どの国の法律を適用するのか。
どちらが権利を持ち、どちらが義務を負うのか。
そこまで踏み込んで考えなければ、本当の意味で対等かどうかは分からない。
そして、もう一つ忘れてはいけないのが金銀交換の問題である。
一八五八年の日米修好通商条約では、金銀貨の交換について「同種同量」という原則が採用された。
一見すると、公平に見える。
同じ種類なら、同じ重さで交換する。
それなら、どちらにとっても同じ条件ではないか。
ところが、現実にはそうならなかった。
当時、日本と海外では金と銀の価値の比率が大きく違っていた。海外ではおおむね金一に対して銀十五前後だったのに対し、日本ではおおむね金一に対して銀六前後だった。
そのため、「同種同量」という一見公平な交換条件が、実際には日本から大量の金が流出する原因の一つになった。
ここが重要である。
条文の上で同じ扱いにすれば、それだけで本当の意味で公平になるわけではない。
同じ一文でも、国によって置かれている条件が違えば、結果は大きく変わる。
だから相互主義を考えるときには、単に「同じにする」だけでは足りない。
何を同じにするのか。
どの法律を基準にするのか。
その条件によって、実際にどちらが利益を得るのか。
そこまで見なければならない。
糸子が「相互主義」と「法的解釈基準」を切り離さずに考えているのは、まさにこのためである。
条約を結ぶ以上、文章は重要だ。
しかし、文章だけでは足りない。
その文章をどう解釈するのか、どの原則に基づいて判断するのかまで決めておかなければ、後になって都合のいい解釈を押しつけられてしまう。
さらに、その先には条約改正の問題もある。
最初からすべてを取り戻せなくても、将来、条件が変わったときに改めて見直す道を残しておく。
それもまた、弱い側が自分の未来を守るための重要な手段になる。
相互主義は、決して魔法の言葉ではない。
「相互主義だから認めろ」と言えば、外国が必ず譲歩するわけでもない。
外交には軍事力があり、経済力があり、国同士の思惑がある。
それでも、相手に対して「なぜ日本だけが負担しなければならないのか」と問いかけるための根拠にはなる。
力で押し切られるだけの国と、理屈を持って交渉する国では、その先が違う。
幕末の日本に必要だったのは、まさにそこだったのだと思う。
外国と同じ軍事力を持つことができない。
ならば、条約の中に日本が守るべき原則を入れる。
その原則を、法の言葉で支える。
そして、将来それを取り戻すための道も残しておく。
相互主義とは、単に「お互い様」という話ではない。
弱い側が、強い側との約定の中で、自分たちの権利と未来を守るための知恵なのである。
幕末の日本にとって、それは外国と対等に向き合うための、最初の一歩だった。
条約という紙の上に書かれた一行が、国の運命を左右する。
そんな時代だったのである。




