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幕末に転生したら近衛家の姫でした。まず屋根を直します  作者: 1009


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第二十三話「旭狼衛と、近衛柿の羽織」

 試衛館の京道場が、変わった。

 糸子がそれを最初に感じたのは、十一月の初めのことだった。

 道場の前を通りかかると、聞き慣れない声がした。

 近藤の声でも、土方の声でも、沖田の声でもない。

 庭に回ってみると、見慣れない顔が三人いた。

 二十代の若者たちだった。道着を着て、木刀を持っている。近藤と向き合って、何か話していた。

「あの方々は?」

 糸子がお梅に聞いた。

「近藤様が江戸から呼ばれた方々と、京で声をかけた方々だと聞いております」

「いつの間に…」

「ここ十日ほどで、次々と来られました」

 糸子は道場の様子を眺めた。

 永倉新八と斎藤一は以前からいた。それに加えて、三人の新しい顔がある。

 近藤が糸子に気づいて、会釈した。

「姫様、ご覧になっていましたか」

「…少々。新しい方々でございましょうか」

「はい。一人は江戸の出身で、以前から面識がある者です。二人は京都で声をかけました。腕と人柄を確認して、こちらに誘いました」

「良い方々でございますか」

「はい。まだ慣れていない部分はありますが、基本はしっかりしております」

 糸子は新しく来た三人をもう一度見た。

 緊張している。それは分かった。近衛家という場所の重さを、彼らなりに感じているのだろう。

「近藤殿、人が増えたことで道場の雰囲気が変わりましたね」

「そうですか」

「活気が出ましてございます」

 近藤が少し嬉しそうな顔をした。

「道場というのは、人数が揃ってこそ本当の稽古ができます。一対一の稽古も大切ですが、複数の相手に対する動き、集団での連携——これらは人数がいなければ練習できません」

「連携の稽古でございますか」

「はい。近衛家の守護は、一人で戦うことではありません。複数で、互いを補い合いながら守ることです。そのためには、連携の訓練が必要です」


 翌日も、糸子は道場の前を通った。

 今日はさらに活気があった。

 稽古の声が、邸の中まで届いてくる。

 木刀の打ち合う音。近藤の指導の声。沖田の笑い声。土方の鋭い指摘の声。

 糸子は縁側に腰を下ろして、庭越しに道場の方向を眺めた。

 九人になった。

 近藤・土方・沖田・山南・永倉・斎藤、そして新しく来た三名。

 九人が近衛家の守護についている。

 それぞれに個性がある。近藤の統率力、土方の計算、沖田の速さ、山南の思慮、永倉の豪快さ、斎藤の静けさ。新しく来た三人も、それぞれに違う。

 この人たちが、近衛家を守ってくれている。

 糸子はその事実を、改めて感じた。

 守られているということは、動けるということだ。

 守られていなければ、糸子は動けない。三年後の交渉に向けて、外に出て、人に会って、情報を集めて、関係を作って——それができるのは、この人たちがいるからだ。

 感謝、という言葉では足りない。

 糸子はしばらく、道場の方を眺め続けた。

 そして、何かが頭の中でふっと浮かんだ。


「この近衛家を守ってもらう方々には、誇りを持ってもらいたいと思いまする」

 糸子が言ったのは、突然だった。

 お梅が茶を持ってきた時だ。

「はい?」

「誇り、というものは、形があるとより持ちやすいものでございます」

 お梅が首を傾げた。

「近衛家の守護集団として、名前を付けましょう」

「名前、でございますか?」

「はい。そしてお揃いの羽織を着てもらいましょう」

 お梅が、しばらく糸子を見た。

「……姫様」

「何ですか?」

「それは、すでに何かお考えがおありなのではないですか」

「もちろんです」

 糸子は少し嬉しそうに言った。

「名前はもう決めております」

「ず…随分と早うございますね」

「考えていたのは少し前からです。ちょうど今、形になりました」


 その夕刻、糸子は近衛家の者全員を集めた。

 父・忠房も呼んだ。お梅も、村岡も。

 そして近藤たち九名も。

 座敷が少し狭くなった。

 九名の剣士が座敷に揃うのは、初めてのことだった。

 糸子は御簾の内から、全員に向かって言った。

「今日は皆様に、大切なことをお伝え致しまする」

 全員が静かに聞いていた。

「この近衛家を守ってくださっている方々に、正式なお名前と形を与えたいと思いまする」

 近藤が少し前に乗り出した。

「名前、でございますか?」

「はい。一つの集まりが誇りを持つためには、やはり名前が必要でございます。名前があれば、そこに属することへの誇りが生まれましょう」

「それは……」

「決めました!」

 糸子は続けた。「旭狼衛きょくろうえい。これが皆様のお名前になりまする」

 座敷が静かになった。

「旭狼衛」

 近藤が繰り返した。

「はい。旭は朝日でございます。近衛家の象徴色である近衛柿——朝霧の中に輝く朝日のような色——に由来します。狼はそなたら剣士への例えです。群れで動き、互いを守りながら戦う。衛は守ることでございます。朝日のような色を持つ、狼の守護者たち」

 沖田が何か言おうとした。

 土方が目で制した。

「そして…」

 糸子は続けた。「旭狼衛の象徴として、近衛柿色のだんだら模様の羽織を着てもらいまする」

 また…静寂。

 今度は少し長い静寂だった。

「……だんだら、でございますか?」

 山南が静かに聞いた。

「はい。段違いの縞模様でございます。近衛柿の地に、濃い色のだんだら。目立ちます。近衛家の守護者として、それくらい目立っても構いません」


 反応は様々だった。

 近藤は最初、複雑な顔をしていた。名前については「光栄です」と言ったが、羽織については少し考えているようだった。

 土方は明確に顔をしかめた。

 糸子には御簾越しでも、土方が嫌そうにしているのが分かった。声には出さないが、表情が語っていた。

「土方殿、何か?」

「……いえ」

「何かありますか」

「目立ちすぎるのでは、と思いました」

「目立つことが目的の一つでございます」

「近衛家の守護者が目立てば、近衛家に近づく者への牽制にもなりましょう」

「……なるほど」

 土方が少し考えた後、渋々頷いた。

 沖田は笑っていた。

「面白そうですね」

「面白いですか?」

「はい。みんなで同じ羽織を着るなんて、道場ではしたことがありませんでした。なんか、仲間っていう感じがします」

「それがわたくしの意図の一つでございます」

 沖田がにこにこしていた。

 山南は静かだった。表情からは何も読めなかった。何も感じていないのではなく、内側で深く考えている時の山南の顔だ、と糸子は判断した。

 永倉新八は、羽織の話を聞いてから少し緊張した顔になった。

 後で近藤に聞くと「永倉は正式な格式のものを着ることに慣れていないので、緊張しているのだと思います」とのことだった。

 斎藤一は、糸子が名前と羽織の話をしている間、まったく動かなかった。

 終わった後、斎藤が一言だけ言った。

「……了解しました」

 それだけだった。

 新しく来た三名のうちの一人は、明らかに喜んでいた。「旭狼衛!良い名前ですね」と言った。

 一人は緊張して顔が固まっていた。

 もう一人は、すでに諦めた顔をしていた。公家の姫君に言われたことに逆らうことはできない、という達観した表情だ。


 羽織の発注は翌日に行われた。

 糸子が天朝物産会所の取引のある絹織物師に、近衛柿色のだんだら模様の羽織を九着注文した。

 「九着、同じ寸法ではありません。それぞれの体格に合わせて作ってくださいまし」

 絹織物師は少し驚いた顔をしたが、細かく各人の寸法を測って帰った。

 二週間後、羽織が届いた。

 近衛柿色のだんだら模様…

 糸子が思い描いた通りの色だった。

 朝霧の中で輝く朝日のような、穏やかで上品なオレンジ色の地に、濃い色の段違いの縞が入っている。

 美しかった。

 糸子は羽織を一着手に取って、少し広げた。

 絹の光沢が、冬の光を受けて輝いた。

「良い仕上がりです」

 糸子はご満悦だった。


 全員に羽織を着てもらう日が来た。

 近藤たち九名が、それぞれの羽織を受け取った。

 一人ずつ、自分の羽織を着た。

 土方は無表情で着た。しかし着た後、少しだけ袖を確認するような動作をした。

 沖田はさっさと着て、「似合いますか」と近藤に聞いた。

「……聞くな」

「なんで?」

「似合う似合わないの問題ではない」

「似合ってますよね、お師匠」

「師匠じゃない」

 永倉は着る前に少し緊張していたが、着てみると姿勢が良くなった。背筋が自然と伸びた。

 斎藤は何も言わずに着た。着た後も何も言わなかった。

 山南は羽織を手に取った時、少し目を細めた。布の質を確認するような動作だった。そして静かに着た。

 新しく来た三人のうち、嬉しそうにしていた者は、着た途端に顔がほころんだ。「これは良いものですね」と言った。

 緊張していた者は、着た後も固い顔のままだった。しかし背筋は伸びていた。

 諦めた顔をしていた者は、着てみると意外に似合っていた。本人は鏡を見てから、少し困った顔をした。似合ってしまっていることに、どう反応すれば良いか分からないようだった。

 全員が羽織を着た。

 九名が揃った。

 近衛柿色のだんだら模様が、九人分並んだ。

 糸子は御簾の内から、その光景を見た。

 想像していた通りだった。

 いや、想像より良かった。

 九人が揃って同じ羽織を着ると、一つの集まりとしての形が生まれた。個別の人間が、一つの意志を持った集団に見えた。

 糸子の中に、満足感が広がった。

「……良いですね」

 糸子は静かに言った。

「皆様、良く似合っています」

 沖田が笑った。

 土方が無表情のまま前を向いた。

 近藤が少し照れたような顔をした。


 その後、糸子はしばらく御簾の内から九名を眺めていた。

 眺めながら、一人でさらにご満悦になっていた。

 お梅は少し離れた場所で、糸子の様子を見ていた。

 姫様が、実に楽しそうにしている。

 御簾の内から見ている糸子の顔は、いつもの計算に満ちた表情ではなかった。

 純粋に喜んでいる顔だ。

 お梅はその顔を見ながら、思った。

 (姫様、私はちゃんと分かっておりますよ。)

 (守護集団に名前を付けることも、誇りを持ってもらうことも——それはもちろん本当のことです)

 (しかし姫様には、もう一つ別の理由がおありになることを…)

 

 (…姫様は時々、そういうことをなさいますからね)

 (もっともらしい理由を付けながら、実際には自分がしたいことをする)

 (しかも、その理由も本物なのだから、誰も文句が言えませんね…)

 お梅は口元を押さえながら、小さく笑った。


七 お梅の回想

 お梅は糸子が生まれた時から、そのそばにいた。

 乳母として。世話係として。そして今は——何と呼べばいいか分からないが、一番近くにいる人物として。

 糸子が生まれた時のことを、お梅は今でも鮮明に覚えている。

 冬の早朝だった。

 近衛家に産声が上がった。忠房様が喜んでいた。お梅も喜んだ。

 小さな赤ちゃんだった。

 どの赤ちゃんも小さいが、糸子は特別に小さかった。しかし目が——目が違った。

 普通の赤ちゃんの目は、まだ焦点が合っていない。ぼんやりとした、柔らかい目だ。

 しかし糸子の目は、生まれた直後から、どこか焦点が合っていた。

 見ている。

 お梅はその時から、この子は何か違うと感じていた。

 生後七ヶ月の頃だった。

 糸子が喋った。

 「……ここ、近衛家ですか」と言った。

 はっきりと「近衛家」と言った。

 お梅は腰が抜けそうになった。

 七ヶ月の赤ちゃんが喋るはずがない。しかし糸子は喋った。

 忠房様に報告した。忠房様は最初、信じなかった。しかし実際に糸子が「父上」と言うのを聞いて、忠房様は長い間黙っていた。

 その後、忠房様が言った。

「……この子は神様のお子かもしれない」

 お梅も、そう思った。

 しかしお梅は、神様のお子だとは今は思っていない。

 糸子は人の子だ。

 普通の人とは少し違うかもしれないが、人の子だ。

 痛ければ泣く。嬉しければ笑う。心配な時は眉を寄せる。

 それは赤ちゃんの頃から変わらない。

 糸子が二歳の頃、近衛家の帳面を引っ張り出して眺めていた時のことをお梅は覚えている。

 文字を読んでいた。

 二歳が文字を読んでいた。

 お梅は何も言わなかった。ただ、横に座って一緒に眺めた。

 糸子が小さな指で帳面の文字を指して、「これは何ですか」と聞いた。

 お梅が「銭と書いてあります」と答えた。

 糸子が「お金のことですね」と言った。

 二歳が「お金」という概念を持っていた。

 お梅は笑うしかなかった。

 三歳の頃、糸子は台所に忍び込んで、食材の確認をしていた。

 「この野菜は値段が高すぎます。別のもので代用できます」と言った。

 三歳が値段の高い低いを理解していた。

 お梅は笑いながら、台所方に謝りに行った。

 五歳の頃、近衛家の屋根の雨漏りの修繕が終わった。

「お梅、屋根が直った。もう雨漏りはしないね」

「はい、姫様」

「費用はこれくらいかかったんでしょ?」

「……なぜご存知なのですか」

「考えれば分かるよ」

 お梅は、五歳の子供が修繕費用の見当をつけることができるとは思っていなかった。

 しかし糸子の見当は、実際の費用とほぼ一致していた。

 其の後、糸子は忠房様に商いの許可を求め始めた。

 お梅は最初、心配した。

 五歳の姫君が商いをする。そんなことができるのか。

 しかし糸子は、きちんとやった。

 西陣織の仕入れ先との交渉。京焼の販路の開拓。宇治茶の品質管理。

 一つ一つを、丁寧に、しかし確実に進めた。

 六歳になると、鴻池の伊右衛門が来た。

 お梅は伊右衛門が来た時、心臓が止まりそうになった。

 大坂の大商人が、六歳の姫君を試しに来た。

 しかし糸子は動じなかった。

 落ち着いていた。

 いや、落ち着いていたというより——楽しんでいた。

 七歳になると、御所との関係が始まった。

 さとという女官との出会い。村岡という才能のある少女の発見。

 その後の田辺屋との交渉も、御門様との御前も、近藤たちを呼び込むことも。

 糸子は常に、何かを楽しみながらやっていた。

 深刻な場面でも、どこかに楽しさを見つけていた。

 それがお梅には、心強くもあり、心配でもあった。

 心強いのは、糸子がどんな状況でも折れないからだ。

 心配なのは、折れないがゆえに無理をするからだ。

 糸子は自分の体を大切にしない。

 夜遅くまで帳面を見ている。朝早くから村田蔵六との授業がある。御所への参内の後に、さらに近藤たちと打ち合わせをする。

 食事を忘れることもある。

 お梅がお膳を持って行くと、帳面を見ながら「あ、お食事の時間でしたか」という顔をする。

 その顔を見るたびに、お梅は心配になる。

 姫様は、自分が人だということを時々忘れているのではないか。

 しかし今日の糸子は——

 お梅は御簾の内の糸子を見た。

 近衛柿色の羽織を着た九名を眺めながら、一人でとってもご満悦になっている。

 その顔は、十歳の子供の顔だった。

 計算も、戦略も、情報も、外交も——そういったものが全部消えた、純粋な「好きなものを見ている」顔だった。

 お梅の胸に、何か温かいものが広がった。

 姫様は、こういう顔ができる。

 それが、お梅には一番安心だった。


 しばらくして、近藤が近衛家を出ていった後、お梅が糸子に近づいた。

「姫様」

「はい」

「一つよろしゅうございますか」

「何ですか」

 お梅は糸子の顔をまっすぐ見た。

「姫様、私はちゃんとわかっておりますよ」

「……何が、ですか」

「守護集団に名前を付けること、羽織を着てもらうこと——それはもちろん本当の理由がございます。誇りを持ってもらうことも、目立つことで牽制することも、一つの集まりとしての形を作ることも、全部本当のことです」

「はい、その通りです」

「けれど…」

 お梅が続けた。「姫様は単に、あの格好をさせたかったのです。そしてそれを姫様が見たかっただけなのです」

 糸子が少し間を置いた。

「…………」

「違いますか」

「……お梅」

「はい」

「やはり、分かってしまいましたか」

「生まれた時からずっと見ておりますから」

 糸子が少し笑った。

「あの羽織の色は、以前から考えていました。近衛家の印象色を、あの方々に纏ってもらいたいと思っておりました。守護者として、近衛家の色を持っていてほしかったのです」

「はい」

「もちろん、誇りを持ってもらうことも本当の目的です。なれど——」

 糸子が少し恥ずかしそうな顔をした。

「九人が揃って同じ羽織を着たところを、一度見てみたかったという気持ちも、ありました」

「そうでございましょう」

 お梅が穏やかに言った。

「姫様はそういう方でございます。理由は本物ですが、楽しさも本物です。両方が揃っていないと、姫様は動かない方です」

「それは……わたくしの悪いところですか」

「いいえ。良いところだと思っておりますよ」

 お梅が言った。「楽しさのない義務だけのお役目は、長続き致しません。姫様は難しいことをたくさんなさっております。それが続けられるのは、どこかに楽しさを見つけているからだと思います」

「……お梅」

「はい」

「あなたは、わたくしのことを何もかも分かっていますね」

「生まれた時から見ておりますから…」

 お梅は微笑んだ。


 その夜、お梅は一人で近衛家の廊下を歩いた。

 夜の廊下は静かだった。

 縁側の外では、近藤が夜番についていた。

 その姿を見ながら、お梅は思った。

 今の近衛家は、一年前とは全く違う。

 商いが動いている。御所との関係が深まった。様々な人々との縁が生まれた。そして今は、九名の剣士が守護についている。

 全部、糸子が動かしたのだ。

 生まれた時から今の糸子の姿を、お梅は改めて振り返った。

 生後七ヶ月で喋った赤ちゃんが、今は十歳になって御門様との非公式な御前を重ね、老中の名前を把握し、外国人と外国語で対話し、条約交渉の席に座ることを目指していらっしゃる。

 お梅は、その成長の全て見ていた。

 見ていたからこそ——心配も、その分だけ大きかった。

 成長するにつれて、糸子のする仕事の重さが増した。

 屋根の修繕から始まった小さな商いが、今は日本の先行きに関わる動きになってきている。

 その重さを、十歳の体が担っている。

 お梅は縁側に近づいて、庭を見た。

 近藤が静かに立っていた。

 あの人たちが守ってくれている。

 それはお梅にとって、心からありがたいことだった。

 しかし同時に、こうも思う。

 守ってくれる人が増えれば増えるほど、姫様はより遠くまで行こうとするだろう。

 守られることで、より大きな危険に近づいてしまうだろうと…

 それがお梅の、一番の心配だった。

 お梅は静かに呟いた。

「姫様は成長なさるにつれて、益々心配になるばかりです」

 夜の風が庭を渡った。

「だからお梅は、姫様に一生ついていかなければならないと——近頃は特に、そう思う次第でおります」

 お梅は少し笑った。

 それは心からの笑いだった。

 心配しているのに笑ってしまうのは——糸子がいつも、お梅の心配を超えていくからだ。

 心配しても仕方がない、と思わせてくれるからだ。

 だから、これからも姫様についていく。

 生まれた時から、今も、これからも。

 近衛柿色の羽織を着た九名を眺めながら一人でご満悦になっていた糸子の顔を、お梅は思い出した。

 その顔がある限り、大丈夫だとお梅は思った。

 どんなに難しい道を歩いても、あの顔ができる人は、折れない。

 縁側の外で、近藤が静かに立っていた。

 夜の京都は静かだった。

 しかしその静けさの下に、これからもっと大きくなる動きが眠っていた。

 お梅はそれを、体で感じながら、しかし今夜は糸子の無邪気な満足顔だけを心に持って、自分の部屋に戻っていった。


第二十三話 了

このメンバー見ちゃうとそうなっちゃうよねー。糸子は欲望に勝てずにやってしまいました(^◇^;)


周りが逆らえないために余計にタチが悪いです…汗

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― 新着の感想 ―
オレンジの段だら見てみたいよねぇ
まあまあw やりたくはなるよねw
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