第二百三十八話「糸子のお嫁入り編―前夜」
一
弥生二十一日の朝、一橋上屋敷の奥御殿の庭では、桜がすっかり葉ばかりになっていた。
ひと月前には枝の先まで白く煙っていた木が、いまは若葉を幾重にも重ねて、根元の苔に濃い影を落としている。池の向こうの藤棚では、垂れた房の付け根のほうから、花がほどけはじめていた。房の先はまだ固い。紫の色だけが、日ごとに下へ降りていく。
糸子は文机に向かい、語学所から回ってきた書付を一枚ずつ片づけていた。
村田殿の字である。年少組の進み具合、仏語を学びたいと申し出た者の名、紙と墨と灯の油の掛かり。用件だけが並んでいて、時候の挨拶は一行もない。糸子は名の並びに目を通し、掛かりの数に印を付けて、脇の束へ回した。
仏語を学びたいと申し出た者は、数人にとどまっていた。英語の組に名を連ねる者の数とは、比べものにならない。
横浜の取扱所で、仏国の商人とその通詞が揉めていたのを糸子は思い出した。あのとき、仏語で間に入れたのは糸子だけだった。英語を話せる者は、語学所から少しずつ出てきている。仏語のほうは、まだ芽も出ていない。
しばらくは自分が仏語の組に出なければならないかもしれない。村田殿とは、一度その話をしなければならなかった。糸子は書付の端に、村田殿、とだけ書き添えた。
村田殿…と書いた字を、糸子はしばらく眺めていた。
横浜の店先では、仏国の商人も、その通詞も、自分の言い分が相手にどう伝わっているのかを確かめようがなかった。糸子が仏語で双方から話を聞いたところで、揉め事はほとんど片づいていた。
言葉が通じれば、話が早い。それは前から分かっていた。あの日は、それを目の前で見せられた。
(……この際、ロシア語もやっておこうかしら?)
ふと、そう思った。
北の海の向こうには、ロシアがある。箱館には領事館が置かれ、樺太の境はいまも定まっていない。英国や仏国のように、横浜の店先へ品を買いに来る国とは違う。それでも、いずれは向き合わねばならない国だった。
使う日が来るのかどうかは、分からない。
ただ、学ぶ暇があるとすれば、いましかないだろう。この先、后の件が表に出れば、江戸で好きに師を招いて机を並べるようなことは、できなくなる。
糸子は、前世の記憶を手繰った。
志賀浦太郎。のちに親朋と名乗る長崎の人で、長崎に来たロシア人から言葉を習った、と何かで読んだ覚えがある。いまは、糸子より幾つか年上の若者のはずだった。
小野寺丹元。仙台の蘭方医で、蘭語のほかにロシア語も修め、蕃書調所で教授手伝を務めたことがある。こちらは、もう六十を越えているだろう。
どちらの名も、記憶の端に引っかかっているだけである。いまどこで何をしているのか、確かなことは分からない。
(探すなら、御公儀の伝手のほうが早い)
洋書調所は御公儀のものである。長崎も箱館も、御公儀の奉行所が治めている。
首座を継がれる周防守殿なら、話が通じるかもしれない。御用部屋でいちばん数の分かる御方だと聞いている。ロシアの言葉を使える者がこの国に幾人いるかを申し上げれば、その少なさを数で分かってくださるだろう。
ただ、取り立ての座で持ち出す話ではない。取り立ての書付に混ぜれば、これも取り立ての一つに数えられてしまう。別の折に、別の口で頼むことだった。
(まずは、取り立てを片づけてから)
糸子は「村田殿」の脇に、小さく「露」と一字だけ書き足した。
次は会所の書付だった。横浜の値の写しと、京から下ってきた荷の目録である。善兵衛の手で、数字の脇に小さく註が添えてあった。
三枚目に移ろうとしたところで、筆が止まった。
『あの世まで』
昨日の夕刻、水無瀬殿が一字も違えずに運んできた御伝言の、その一句だけが、ときどき頭の隅に浮いてくる。書付を読んでいるあいだは沈んでいて、紙を替える合間に浮いてくる。
糸子は筆を硯の縁に置き、庭へ目をやった。藤棚の下を、雀が二羽、地面をつつきながら横切っていった。
しばらくそうしてから、筆を取り直した。三枚目は、京の荷の運び賃の書付だった。
東海道を下る荷の運び賃が、去年の同じ月より少し上がっている。善兵衛の註には、人足の手間賃が上がったため、とあった。糸子はその数を、横浜の値の写しと並べて見比べた。運び賃が上がった分を、まだ値に乗せられるだけの余地はある。糸子は印を一つ付けた。
「姫様」
障子の外で、葵の声がした。
「はい」
「善次郎殿が、お見えにございます。先日お申し付けの件で、と」
「お通ししてくださいまし」
「はい」
葵の足音が、表のほうへ遠ざかっていった。
*
渡り廊下へ出ると、若葉の匂いが風に混じっていた。
葵は、少しだけ歩みを緩めた。
先日お申し付けの件。善次郎殿の口上はそれだけで、葵もそれ以上は訊かなかった。何の件かは知っている。
横浜から戻られた翌日、姫様は善次郎殿を奥へ呼んで、こう仰せになった。
「お屋敷を探してくださいまし。天朝物産会所にも、語学所にも近いところで」と。
茶を運んで入った葵の耳にも、その一言は届いた。善次郎殿は帳面に何か書きつけ、「承知いたしました」とだけ言って下がっていった。
なぜ?いま屋敷を探されるのか、姫様は何も仰せにならない。葵も伺わなかった。聞いてよいことなら、姫様のほうからお話しになる。
思い当たることが、一つだけあった。
暮れの夜、姫様は英国への手土産の品を三枚の紙に書き連ねておられた。「全部欲しい、これでも足りない」と仰せになった。そのあとも、私室の灯は遅くまで消えなかった。
葵が下がってから書かれた紙のどこかに、屋敷もあったのかもしれない。
(……本気でいらしたのですね)
葵は表の控えの間の前で膝をつき、障子に手をかけた。
二
善次郎は、風呂敷包みを二つ抱えて奥の座敷へ入ってきた。
敷居の手前で手をつき、膝で進んで坐ると、包みを一つずつ解いた。一つからは折り畳んだ切絵図が二枚と、薄い武鑑が一冊。もう一つからは、使い込んで角の丸くなった帳面が出てきた。
「お待たせいたしました」
「早うございましたね。四日しか経っておりませぬ」
「四日もかかりました…と申し上げるつもりで参りました」
善次郎は切絵図を一枚広げ、糸子のほうへ向けて畳の上に置いた。日本橋から神田にかけての図である。上屋敷には家紋が、下屋敷には黒い丸が刷り込まれ、その脇に御家の名がある。町家は灰色に塗り分けてある。善次郎はその上に、小さな紙片を二つ載せていた。
「まず、どう調べたかを申し上げます」
「はい」
「参勤が緩んでから、国元へ人と荷を引き上げる御家が出ております。去年の秋に長州様が江戸の御屋敷を畳みにかかったと噂になりましたが、あれと同じ流れが、いまは小さな御家にも及んでおります」
善次郎は帳面を開いた。
「御家が人を減らせば、まず出入りの者の商いが細ります。手前どもは呉服の御用で、方々の御屋敷へ出入りしております。米屋も、薪炭屋も同じでございます。御用達の者どうしは、互いの顔を知っております。どこの御屋敷で注文が減ったか、どこの長屋が空いたか、どこの御屋敷では門番の数まで減らしたか。訊いて回れば、話は集まります」
「御屋敷のほうへは」
「一軒も伺っておりませぬ。御用達の者に訊いただけでございます。訊き方も、近ごろお得意様の注文が細って困る、という愚痴の形にいたしました。向こうも同じ愚痴を言いたがっておりましたので、こちらが訊く前に話してくれました」
糸子は、少し笑った。
「薪炭屋の申すには、台所の煙で分かるそうでございます。人が半分になれば、炊く米も焚く薪も半分になる。毎朝同じ刻に同じ門をくぐっていれば、荷の嵩でそれが知れると。米屋も同じことを申しておりました」
「御家の名は、どうやって」
「話の出た御屋敷を、この武鑑と切絵図で一つずつ当たりました。どこの御家の、上屋敷か中屋敷か下屋敷か。御家の石高と、国元の遠さも書き添えてございます。国元の遠い御家ほど、人を引き上げるのにも掛かりがかさみますので、引き上げるとなれば一度にまとめて引き上げる。そういう御家のほうが、屋敷がまるごと空くのでございます」
善次郎は武鑑の頁を指で押さえたまま、帳面の別の行を示した。調べた屋敷の名が、一行に一つずつ並んでいる。半分ほどには細い線が引いてあった。
「線を引いたのは、人は減ったものの、まだ御家が手放すおつもりのないところでございます」
「それで、いくつ集まりました」
「人の減った御屋敷は、江戸じゅうで二十あまり。線の付いたものを除き、会所にも語学所にも遠いものを除きますと、二つに絞れました」
善次郎は、紙片の一つに指を置いた。日本橋の東、大川の岸に沿った一角である。
「一つ目は、浜町でございます。さる御家の下屋敷で、去年の暮れから詰めの者を国元へ戻しはじめ、いまは留守居が幾人か残っているだけと聞いております。敷地は、およそ一万五千坪。長屋が八棟、蔵が十ほど。庭には池と築山があり、詰めの者の畑まで残っているそうでございます」
「会所までは」
「小舟町の手前どもの店まで、十町に足りませぬ。語学所のお玉が池までは、二十町足らず」
善次郎は、指を図の上で大川のほうへ滑らせた。
「この御屋敷は、大川に面しております。荷を舟で入れられます。横浜から来た荷も、舟で大川を上れば、そのまま屋敷の裏へ着けられます」
糸子は、図の上の紙片を見ていた。
「その御家は、手放すおつもりがおありなのですか」
「留守居の方が、出入りの米屋にこぼしておられたそうでございます。人も置けぬ屋敷に、修繕の掛かりばかりかかる、と。手放すかどうかを決めるのは御家で、手放した先の替地をどうするかは御公儀のお役目でございます。そこから先は、手前どもの出る幕ではございませぬ」
善次郎は、そこまでしか言わなかった。
「屋敷の様子は」
「門は、通りに面した長屋門でございます。表から見た限りでは、屋根も塀も崩れてはおりませぬ。ただ、詰めの者が引き上げてからは、庭の手入れが止まっているようでございます。塀越しに、松の枝が伸び放題になっているのが見えました」
「善次郎が、自分で見に行ったのですか」
「前を通っただけでございます。立ち止まりはいたしませなんだ」
善次郎は、それが当たり前のことのように言った。
「二つ目は」
善次郎は、もう一つの紙片を指した。神田川の南、駿河台の坂の上である。
「駿河台でございます。こちらも、さる御家の御屋敷で、江戸詰めの者を半分ほどに減らされ、空いた一画を手放すおつもりがあると聞きました。お玉が池までは十町ほど。洋書調所のある一ツ橋門外にも近うございます」
「会所までは」
「二十町ほどでございます」
「広さは」
「千坪に足りませぬ」
「洋書調所に近いのは、よいことですね」
「はい。調所の御書物を写させていただけるようになれば、日に何度も人を通わせることになりましょう。その折には、駿河台のほうが便がよろしゅうございます」
善次郎は、そこで少し言葉を選んだ。
「ただ、まわりは、ぐるりと御武家の御屋敷でございます。坂の上の、武家地の真ん中にあたります。門を出れば、どちらを向いても武家の塀でございます。人の出入りが多ければ、両隣の御屋敷がすぐに気づかれましょう。それに長屋が一棟だけで、手狭でございます。会所の荷を入れるにも、旭狼衛の方々に詰めていただくにも、足りませぬ」
「舟は」
「着けられませぬ。坂の上でございますから」
善次郎は帳面を糸子のほうへ向けた。
紙の上に、二つの屋敷が縦に並べて書いてある。敷地の広さ、長屋の棟数、蔵の数、会所までの町数、語学所までの町数、舟が着けられるかどうか。善次郎の細い字で、どの欄も数で埋まっていた。
糸子は帳面の数を上から追った。
浜町の列は、語学所までの町数のほかは、どの行も駿河台の列を上回っている。語学所までの道のりだけが、駿河台のほうがおよそ半分だった。
「それと、もう一つ」
善次郎が、浜町の紙片の脇を指で示した。
「同じ浜町の内に、一橋様の下屋敷がございます」
糸子の手が、帳面の上で止まった。
一橋家の屋敷を出るために探している屋敷が、一橋家の屋敷と同じ町内にある。
糸子はしばらく黙って、図の上の黒い丸と、その脇の名を見ていた。
「……そうでございますか」
「はい。お耳に入れておいたほうがよろしいかと」
「ええ。おおきに」
善次郎は、それ以上は何も言わなかった。
三
糸子は、浜町の紙片に指を置いた。
「浜町を、第一にいたしましょう」
「分かりました」
「会所に近いことが、まず一つ。語学所は少し遠くなりますけれど、語学所へ通うのは学ぶ者たちで、わたくしではございませぬ。日に何度も行き来するのは、会所の者のほうです」
善次郎が頷いた。
「二つ目は、舟でございます。舟で荷が着けられるなら、横浜からの荷も、京から下った荷も、日本橋の河岸を通さずに入れられます。それから、一万五千坪」
糸子は図の上の一角を、指で囲むようにした。
「それに、客を通す座敷も要ります。いまは、会所の者が来るにも、旭狼衛の皆が報せを持ってくるにも、いちいち一橋様の御門を通っております。わたくしは、この御屋敷の一角に住まわせていただいている身ですから」
善次郎は、黙って聞いていた。一橋様の屋敷の奥に姫様がお住まいになっていることは、出入りする者なら誰でも知っている。
「旭狼衛の皆の詰所を置いても、まだ余りましょう。お玉が池の語学所も、もう手狭になっておりますから、いずれはこちらに分室を置ければと思っております」
善次郎は、改めて図面に目を落とした。
「それでも一万五千坪でございますか。手前どもの小舟町の店なら、十ほどは入りましょう」
「初めからすべてを使うつもりはありません。空いたところは、必要になった時に使えばよいかと」
「なるほど。では、その語学所の分室というのは、どのようなものをお考えで」
「会所の者が、仕事の合間に英語を習えるような部屋を。いずれは…ですけれど」
「左様でございますか」
善次郎は帳面に何か書き足した。それから、顔を上げた。
「姫様。一つ、伺ってもよろしゅうございますか」
「なんでしょう?」
「お借りになるのでございますか」
糸子は、すぐに答えた。
「頂戴いたしまする」
善次郎の筆が、帳面の上で止まった。
帳面には、二つの屋敷のそれぞれについて、店賃の見当まで書き込んであった。借りるのであれば、店賃の掛け合いになる。善次郎は、そのつもりで数を揃えてきたのだろう。
「……いただく、のでございますか?」
「はい。借りるのは、まどろっこしゅうございますもの」
善次郎は、しばらく糸子の顔を見ていた。
「ふふふふ……」
糸子は楽し気に笑っていた。
誰からいただくのか…とは訊けなかった。
大名家の下屋敷を、公家の姫が借りずにもらう。そういう話を通せる相手は、この江戸に一つしかない。善次郎には、それで足りた。出どころを確かめなくとも、勘定は立つ。この男は、いつもそうしてきた。
善次郎は、帳面の店賃の行に、細く一本線を引いた。
店賃の見当を出すのに、善次郎はおそらく一晩かけている。近くの町屋敷の地代、同じ広さの屋敷を借りている御家の払い、普請の掛かりの見込み。その数を、いま一本の線が消した。善次郎の顔は、少しも変わらなかった。
「承知いたしました」
「善次郎」
「はい」
「お屋敷は、わたくしの名でいただくのではございませぬ。近衛の家の名でもございませぬ」
善次郎が、筆を持ったまま待った。
「天朝外語御用掛の職に付くお屋敷として、頂戴するのでござります」
「職に、付く?」
「ええ。御用掛の役目を務める者が、住まうお屋敷でございます」
なぜそうするのかは、糸子は言わなかった。善次郎も訊かなかった。
善次郎は、口の中で一度、何かを数えるような顔をした。
「では」
帳面から目を上げる。
「天朝のお屋敷でございますね」
糸子は、思わず善次郎の顔を見直した。
天朝物産会所。天朝の座。そして、天朝のお屋敷。
この男は、帳面の勘定の筋を一本に揃えるのと同じ手つきで、呼び名まで揃えてくる。増徳院の座を天朝の名で借りると言い出したときも、そうだった。
「ええ。天朝のお屋敷でございますね」
口に出してみると、悪くない響きだった。
(天朝物産会所に、天朝のお屋敷。……揃ってきたわね)
糸子の口の端が、少しだけ上がった。
「ふふふふふ……」
善次郎は、それを見ないようにして帳面に書きつけた。
「お決まりになりましたら、普請と引越しの段取りは、会所でお引き受けいたします」
「普請も、でございますか」
「下屋敷でございますから、長屋も蔵も、手を入れねば使えぬところがございましょう。詰めの者が国元へ引き上げた屋敷は、たいてい荒れております。置いていかれた畳や建具は、そのままでは使えませぬ。大工と畳屋は、手前どもの出入りの者で足ります」
「掛かりは」
「会所の帳面で持ちます。天朝のお屋敷でございますから」
糸子は、小さく笑った。
「お願いいたしまする」
「はい」
「それから、善次郎」
糸子は、少し声を落とした。
「このお屋敷のことは、決まるまで、会所の内でも伏せておいてくださいまし。大工にも畳屋にも、まだ声はかけずに」
「承知いたしました」
善次郎は、開いていた帳面に目を落とした。
「この帳面は、手前の懐から出しませぬ。浜町の御家の名を口にいたしましたのも、今日、この座が初めてでございます。調べに使いました御用達の者たちには、愚痴を聞いてもらっただけでございますから、手前が何を探していたかは、誰も存じませぬ」
糸子は、頷いた。
頼む前に、もうそこまで済ませてある。この男の帳面には、いつも一行先のことが書いてあった。
善次郎は帳面を閉じ、武鑑と切絵図をまとめにかかった。
「善次郎。切絵図は、置いていってくださいまし」
「こちらを、でございますか」
「ええ。浜町の載っているほうを」
善次郎は、日本橋から神田にかけての一枚を畳に残し、もう一枚を武鑑と一緒に風呂敷に包んだ。紙片は、浜町のものだけが図の上に残った。
「では、手前はこれで」
「ご苦労さまでございました。四日で、よく」
「四日もかかりまして、ございます」
善次郎は同じ言葉を繰り返して頭を下げ、膝で下がった。障子の外で一礼し、足音が遠ざかっていった。
糸子は、畳の上の切絵図を引き寄せた。大川の岸に沿った一角に、小さな紙片が載っている。同じ町内の少し離れたところに、黒い丸と、一橋殿の名があった。
糸子は紙片を指でずらして、その名の上に重ねた。
四
昼を過ぎて、表の詰所には書付が溜まっていた。
平岡円四郎は文机に向かい、届いた順に一枚ずつ目を通していた。勘定所からの照会、御三卿の間で回ってきた法事の日取り、出入りの商人の願い。急ぐものは右へ、急がぬものは左へ回す。左の束のほうが厚くなっていく。
手を動かしながら、平岡の耳は奥の書院のほうへ向いていた。
昨日の昼八つ、御用の間に四人が揃い、水無瀬様が袱紗の包みを捧げて入っていった。平岡は障子を開けて水無瀬様を通し、廊下の先の元の場所へ戻った。人払いを命じられていたからである。座のうちで何が話されたのか、平岡は一言も聞いていない。
水無瀬様が出てこられたのは、それからしばらくのちだった。客人たちが帰ったのは、さらにそのあとである。
それから殿は、書院に一人で坐っておられる。
夕餉の刻にも、灯を入れる刻にも、平岡が様子を伺うたびに、殿は書院の同じところに坐っておられた。用を申し上げれば、短く答えられる。そのあとは、また黙っておられる。
今朝も、同じだった。
殿の口数が少ないこと自体は、珍しくない。考え事をなさるときは、半日でも黙っておられる。ただ、考え事をしておられるときの殿は、手が動く。書付を繰ったり、扇の要を指で回したりなさる。昨日からの殿は、手も動いていなかった。
(何が書いてあったのだ)
水無瀬様は、有職の照会につき、と言って目通りを願われた。去年の葉月と同じ口上である。あのときも、平岡は座の中身を知らされなかった。それでいいと思っていた。殿が知らせぬと決めたことを、知ろうとするのは平岡の役目ではない。
それでも、昨日からの殿の背中は、去年の葉月のあとの背中とは違って見えた。
「平岡」
書院のほうから、声がかかった。
平岡は筆を置き、立ち上がった。
*
慶喜は書院の上座に坐り、膝の前に何も置いていなかった。
平岡は敷居の内で手をつき、顔を上げた。
主の顔は、いつもと変わらないように見えた。目の下に、薄く影がある。昨夜はあまり休まれなかったのだろう。
「三つ、申しつける」
「はっ」
「一つ。先日の御用への御返事を、水無瀬様にお渡しする席を設けよ」
「先日の御用、と仰せになりますと」
「昨日、水無瀬様が運んでこられた御用だ」
それだけだった。平岡は頭を下げた。
「はっ」
「二つ。日は二十三日、昼八つ。座は昨日と同じ御用の間。出座は余と、総裁職殿、備中守殿、周防守殿。それに、近衛様にも御出座を願え」
平岡は、主の言葉を頭の中で並べ直した。
昨日と同じ四人に、近衛様が加わる。水無瀬様は御門の御使いとして参られた。その御返事の席に、水無瀬様をお遣わしになった姫君がお出ましになる。筋としては分かる。
一人だけ、筋の分からない名があった。
「殿。備中守殿は、お加減が――」
「首座のうちでなければならぬ」
慶喜は、それだけ言った。
平岡は、続きを待った。続きはなかった。
備中守殿が首座を退かれるという話は、平岡も聞いている。備中守殿が血を吐いて倒れられたと殿に申し上げたのは、十六日のことで、申し上げたのは平岡自身である。それからまだ五日しか経っていない。その備中守殿を、二十日に続いてまた屋敷へ呼ばれる。
なぜ首座のうちでなければならぬのか?
……平岡には分からなかった。だが、そのまま頭を下げた。
「はっ」
「三つ」
慶喜は、平岡の顔を見た。
「その席には、そなたも控えよ」
平岡は、顔を上げた。
昨日は、人払いをされた。平岡は廊下の先にいて、座敷の声は一つも届かなかった。
「……座敷の内に、でございますか」
「そうじゃ」
「書役は」
「置かぬ。そなたは書かずともよい。控えておれ」
「はっ」
平岡は、深く頭を下げた。
頭を下げながら、少し意外に思っていた。昨日、殿は平岡を座から遠ざけた。今日は、同じ御用の続きの席に平岡を入れると仰せになる。何が変わったのか。
「総裁職殿、備中守殿、周防守殿へのお使いは、今日のうちに出しまする」
「頼む」
「水無瀬様へは、某が離れまで参りまする」
「うむ」
慶喜は、それきり口を閉じた。
平岡は膝で下がり、敷居の外で一礼した。障子を閉める前に、もう一度だけ主の姿を見た。
殿は、膝の前の何もない畳を見ておられた。
*
詰所へ戻ると、平岡は使いの者を三人呼び、口上を覚えさせた。
先日の御用への御返事の席を設くるにつき、二十三日昼八つ、一橋上屋敷御用の間へ御来駕を願いたし。出座の御方々の名と、近衛様の御出座のことを添えた。口上は短くした。上がるには及ばず、口上だけをお伝えして戻れ、とも言い含めた。二十日のときと同じ形である。
三人を送り出してから、平岡は表の廊下を奥のほうへ歩き出した。
水無瀬様の離れは、表とも奥ともつかぬところにある。廊下を二度折れると、若葉の匂いのする渡り廊下に出た。
水無瀬様には、殿の仰せをそのまま伝えればよい。近衛様への御出座のお願いは、水無瀬様が奥へ運んでくださる。去年の葉月にも、そうだった。
歩きながら、平岡は主の言葉をもう一度並べた。
先日の御用。
御返事。
首座のうちでなければならぬ。
そなたも控えよ。
どれも、中身の分からない言葉だった。分からないまま、平岡は離れの前で膝をついた。
五
水無瀬実光が奥御殿へ上がってきたのは、それから半刻ほどのちだった。
葵は実光を座敷へ通すと、何も言われないうちに障子を閉め、廊下の先へ下がっていった。昨日の夕刻と同じだった。
実光は糸子の前に坐り、手をついた。
「先ほど、平岡殿が離れへ参られました。一橋殿からの口上にございます」
「なんと?」
「先日の御用への御返事を、わたくしにお渡しくださる席を設くる、と。日は二十三日、昼八つ。座は昨日と同じ、表の御用の間。出座は一橋殿、総裁職殿、備中守殿、周防守殿」
実光は、そこで一度言葉を切った。
「それに、姫君様にも御出座を願いたい、とのことにございます」
実光は、少し間を置いて言い足した。
「平岡殿も、此度は座の内に控えるよう、一橋殿から仰せつかった由にございます。書役は置かぬ、と」
「平岡殿が、座の内に?」
「はい」
平岡殿は、二十日の座の中身を知らない。その平岡殿を、一橋殿は座に入れるという。
どう扱われるおつもりなのかは、一橋殿がお決めになることだった。一橋殿の家臣を、一橋殿の屋敷の座に入れる。糸子が口を挟む筋のことではない。
糸子は、それ以上は訊かなかった。
糸子は、実光の口から出た名を、頭の中でもう一度一つずつ数え直した。
備中守殿、のところで止まった。
「……備中守殿も」
「はい。平岡殿は、そのように申されました」
昨日の夕刻、この同じ座敷で、実光は備中守殿の様子を語った。坐っておられるだけで、袴の腰が余っているのが分かったと。長くお勤めになれるお体とは見えなかったと。
その御方が、二日後にまたこの屋敷へ来られる。
(どうして……)
糸子は、膝の上で手を重ねた。
御返事、と実光は言った。
御宸翰の御宛所は、人の名ではなく御職の名で、と父への書状に書いた。将軍後見職、政事総裁職、老中首座。御門がそのとおりにお書きになっていれば、御宛所に備中守殿の名はない。あるのは、老中首座という御職の名である。
御職に宛てた御文には、御職から御返事を申し上げる。御返事には、老中首座の名が要る。
いま老中首座の職にあられるのは、備中守殿である。上意が下りれば、その職は周防守殿へ移る。移ってしまえば、御宸翰を受けた首座と、御返事を申し上げる首座とが、別の人になる。
だから、首座のうちに。
糸子は、目を伏せた。
昨日の夕刻、糸子は一人でこう考えていた。正月に父へ書いた順は、首座が誰であっても変わらない。変わるのは、取り立ての座で向かい合う相手である。取り立ての座に坐るのも、周防守殿になる、と。
その座に、備中守殿が首座として坐られる。
「姫様」
「……はい」
実光は、言葉を選ぶように少し間を置いた。
「先日、御宸翰をお預かりいたしました晩に、姫様は、御公儀にはこれからの御用に存分に力を尽くしていただきたい、と仰せになりました」
「ええ」
「御返事の席には、御公儀の御三職がお揃いになり、姫様も座においでになります。その座でしたら、御用のお話をお出しになるのに、ちょうどよい折ではございませぬか」
糸子は、顔を上げた。
実光は、それ以上を言わなかった。取り立て、という言葉は使わなかった。
「正月に、父上へ書いた順のとおりにいたします」
糸子は、それだけ答えた。
実光は、何も訊き返さなかった。
「承知仕りました。平岡殿へは、わたくしから御受けの旨を申し上げておきまする」
「お願いいたします」
実光は頭を下げ、膝で下がった。敷居の外で一礼し、障子を閉める。足音が、廊下を遠ざかっていった。
糸子は、しばらくそのまま坐っていた。
膝の脇に、善次郎が置いていった切絵図がある。大川の岸の一角に、紙片が一つ載っている。
糸子は切絵図を畳み、文机の上に置いた。
六
二十二日は、語学所と会所の用で日が暮れた。
その夜、糸子は文机に灯を一つ入れ、まっさらな紙を延べた。
葵が茶を替えに入ってきた。湯呑みを文机の端に置き、冷めたほうを盆に下げる。紙の上には、まだ一字も書かれていない。葵は紙のほうへ目を向けずに一礼し、障子を閉めて下がっていった。
糸子は茶を一口含み、筆を執った。
まず、明日の座の順を書いた。
一、御返事を受ける。
二、英国との会見のこと。
三、暮れの談判のこと。
四、取り立て。
御返事を受けるのは、水無瀬殿である。御門の御使いとして参った者が、御門の御用への御返事を受ける。糸子はその場に坐っているだけでよい。座の空気が変わるのは、そのあとだった。
二つ目の行の脇に、糸子は小さく書き添えた。御公儀に触れるところだけ。
英国の代理公使が詫びに来ることは、御公儀も知っている。暮れの談判の座で書記官が約したのを、外国奉行の二人が聞いているからだ。横浜へ出ることも、出立の前の晩に外国奉行へ届けてある。
届けておいて、そのあとを何も言わずにおけば、どうなるか。
ニール殿は本国へ書く。公使館の誰かが、いずれ外国奉行の前で何か口にするかもしれない。御公儀が英国の口から先に聞けば、天朝が隠していたことになる。
だから先に、こちらから言っておく。
糸子は、言うことを紙の端に並べた。
・詫びを、天朝の座で受けたこと。
・技師を遣わしてもらうこと。その技師が十里の外へ出るには、御公儀の許しが要ること。
・英国から届く品の受け手は、天朝であること。
・ニール殿に、朝廷の窓口になってはくれぬかと持ちかけられ、退けたこと。
四つ目の行を書いて、糸子は少し筆を止めた。
これは、言っておいたほうがいい。朝廷の使者が、御公儀の頭越しに異国と結ぶつもりはない。幕府がいちばん知りたいのは、おそらくそこだ。知りたいことを先に渡しておけば、そのあとの話を聞く耳ができる。
言わないことも、決めておいた。
生糸の約定の中身。どの国より先に、決まった量を回すという取り決めは、会所と英国の商い手のあいだのことである。それを御公儀の前で開けば、取り立ての末に並べる一行と筋が合わなくなる。会所の商いに口を出さぬことを求める者が、会所の商いの中身を自分から並べるわけにはいかない。
目録の品々も言わない。英国から何が来るかは、来てからでよい。客殿での雑談も、言う要はない。
(言うのは、御公儀の御役目に触れるところだけ。あとは、天朝の帳面)
三つ目の行には、何も書き足さなかった。
暮れの談判の件は、書かずとも頭に入っている。一橋殿を責める言葉は、一つも使わない。正月に父へ書いたときも、責める言葉は書かなかった。
何が起きたかを、順に申し上げるだけでいい。御公儀が、のちの后を英国の談判の座へ引き出したこと。御公儀がそれを知ったのは、二十日だったこと。
二十日の座で、御三職はもう御文を読んでおられる。並べ方さえ誤らなければ、あとは御公儀のほうで勘定をしてくださる。
表立って咎めることはしない。その代わりに、取り立てる。
*
四つ目の行の下に、糸子は線を一本引いた。
ここからが、取り立ての書付である。
暮れの夜に書き散らした紙は、文箱の底にしまってある。あれは、欲しいものを欲しいまま並べた紙だった。明日の座に持っていくのは、別のものになる。糸子は、どの行を見せ、どの行を伏せておくかを決めながら書いていった。
『旭狼衛。』
筆が止まった。
いまの旭狼衛は、江戸と京を合わせて百人近い。御公儀に組として認めさせ、人を増やす。増やすのは、ひとまず二百。できれば三百。暮れの夜には、そう書いた。
糸子は、旭狼衛の行の下に、五百、と書いた。
筆を置き、その字を眺めた。
五百と出せば、御公儀は渋る。渋らなければおかしい。百人足らずの組を、いきなり五倍にしろと言われて、はいと答える老中はいない。
渋ったところで、こちらが退く。
退いた先が、三百である。
糸子は紙の右の端、行から離れたところに、小さく、三百、と書いた。灯にかざさなければ読めないくらいの字だった。
(最初に大きく頼んで、断らせて、本命を出す。……ドア・イン・ザ・フェイスね)
前世の商談の研修で聞いた名前を、頭の中でだけ唱えた。
大きな頼みを一度断った者は、次の頼みを断りにくくなる。断ったことが負い目になって、譲る気持ちが出てくる。
(三百で落ちれば、上出来)
次の行。
『武士の任命権。』
ここは、範囲を絞って書いた。天朝外語御用掛を守護する者に限る。任じた者の名は、御公儀へ届け出る。
近衛の家が侍を好きに抱えられる、と書けば、御公儀は私兵と読む。そう読まれれば、それだけで話が止まる。御用掛の職を守る者に限ると書けば、幕府の目には、職に付いた侍が少し増えるだけに見える。名簿を届けると書いておけば、手綱はまだ自分の手にあると、御公儀は思っていられる。
糸子は、その行の横に丸を付けた。
『屋敷。』
糸子は善次郎の切絵図を開き、文机の脇に広げた。大川の岸の一角に、指を置く。
天朝外語御用掛の職に付く屋敷。
昼間、紙片の下に隠した一橋殿の名は、指から少し離れたところにある。糸子は、そちらには目をやらなかった。
御用掛の職務を、これまでどおり妨げぬこと。
これは短く書いた。説明の要がない。
『談判の座へ朝廷の使者を同席させるには、御門の御沙汰を要すること。』
この行を書いて、糸子は文箱を開けた。
父の返書は、文箱の中ほどにある。如月の末に壬生の手から受け取ったものである。開いて、行を追う。
外語御用掛は朕の言葉を伝える者なり。朕の許しなく、他の言葉を伝えさせてはならぬ
父の字で、一字も違えずに記されていた。
糸子はその行を指でなぞり、返書を畳み直して、文箱の手前のほうへ移した。明日、持っていく。示すかどうかは、座で御公儀の顔を見てから決める。
『商務語学所を広げること。』
この行は、ほかの行より少し大きな字になった。何があっても外せない。
『技師が十里の外へ出る許し。』
ニール殿には、こちらで、と言ってある。言った以上は、取ってこなければならない。英国の件の報告から、そのままこの行へつなげる。
それから、残りを並べた。
『洋書調所の書物を写させていただくこと。』
『長崎製鉄所を使わせていただくこと。』
『関所を公用で通る許し。』
『天朝物産会所の商いに、御公儀が口を出さぬこと。』
『毎年の掛かり。』
『異国との御用の費え。横浜の運上より。』
終わりの二行には、額を書かなかった。額は座で出す。周防守殿は、御用部屋でいちばん数の分かる御方だと聞いている。数の分かる御方に紙で先に数を見せれば、そこから削られる。
書き終えて、糸子は紙を頭から読み返した。
座の順。英国のこと。取り立ての行。旭狼衛の、五百。
右の端の、小さな三百。
*
筆を置くと、急に部屋が静かになった。
灯の芯が、小さく鳴った。
明日の座に着く備中守殿のことを、糸子は考えた。
袴の腰が余っていたこと。声が掠れていたこと。御文を読まれたあとに咳をなさり、懐紙を使われたこと。昨日の夕刻、水無瀬殿が見たとおりに語った様子が、一つずつ浮かんでくる。
昼八つの座は、短くはならない。御返事を受け、英国のことを話し、暮れの件を出し、取り立てに入る。一つずつ、御公儀の顔を見ながら進める。半刻では終わらない。
その座に、備中守殿は始めから終わりまで坐っておられることになる。
糸子は、書付の上に目を落とした。
五百の字がある。三百の字がある。どの行も、明日のために書いたものだった。
備中守殿のお加減を思って、この紙から一行でも減らせば、その分は周防守殿の代へ残すことになる。だが、それを改めて取り上げる機会が来るとは限らない。
これは首座として最後の御用――そう言い残されたのは、ほかならぬ備中守殿御自身である。
糸子は、一行も消さなかった。
書付を畳み、文箱に納める。父の返書の上に重ねて、蓋を閉じた。
灯を、細くした。
七
同じ夜、西の丸下の役宅の寝所には、灯が一つだけ入っていた。
堀田正睦は床の上に身を起こし、丸めた夜着を背に当てていた。膝の上に薄い掛けがある。枕元には、煎じ薬の湯呑みと、畳んだ懐紙が幾枚か置いてあった。
昨日の昼、一橋家から使いが来た。
平野縫殿が玄関で口上を受け、寝所へ運んできた。使いの者は、上がるには及ばぬと言って帰ったという。二十日の使いと同じ形だった。
「一橋様より、二十三日昼八つ、先日の御用への御返事の席を設くる、と。……近衛様にも、御出座を願われた由にございます」
平野は口上を述べ終えると、膝の上で手を揃えたまま、しばらく黙っていた。
「参る、と申し上げよ」
堀田が言うと、平野は顔を上げた。
「殿。医者は、二十日のお運びのあとも、床を離れてはならぬと――」
「首座の名で出す御返事じゃ」
堀田は、平野の言葉の終わりを待たずに言った。
「首座のうちでなければ、出せぬ」
平野は、何か言いかけて口を閉じた。御返事が何の御返事なのか、平野は知らない。二十日の座で何があったのかも、知らない。堀田が話していないからである。
平野は、それ以上は訊かずに頭を下げた。
「では、当日は、供待ちまで付いて参ります」
「頼む」
それが、昨日の昼のことだった。
*
今日は一日、床を離れなかった。
二十日は、行きの乗物の中で咳が出た。帰りの乗物では、二度出た。役宅へ戻ってから夜までに、懐紙を四枚使った。
明日、乗物に乗り、一橋殿の屋敷の廊下を二度折れて御用の間まで歩き、円座に坐る。坐ったまま、昼八つから座が退けるまで持たせる。そのための力を、今日一日で溜めておかなければならない。
堀田は、天井を見た。
二十日のことを、思い返していた。
御用の間で、周防守が御文を元の畳み目に戻し、袱紗の上へ置くのを見ていた。あのとき、堀田はこう考えた。
勘定は、あの御方の帳面に付いている。その帳面が開かれる日を、自分は首座として見ることはあるのだろうか。見るのは、隣に坐っている周防守であろう。
見ることはないと、思っていた。
昨日の口上を聞いて、それが変わった。
御返事の席に、近衛様が御出座になる。
あの姫君が、座に着かれる。
座に着かれるだけで、黙って帰られる御方ではない。御宸翰が届き、御返事が出る。御返事が出れば、御宸翰の件には片がつく。片がついたところで、あの姫君は次の話を出される。
何を出されるのかは、堀田には分からない。
分からないが、出されることだけは分かる。
霜月の御用部屋で、堀田は言った。あの御方が口を開かれれば必ず勝たれると。勝った談判の始末は、そのあとに残る者が付けるものだと。
あの日、堀田は、反対したことを平岡殿の筆に書き留めさせた。後見職様は、それを押して姫君を座へ出された。
暮れの談判の始末を、御公儀はまだ付けていない。
あの姫君は、去年の暮れから知っておられたかもしれない。御公儀が知ったのは、二十日である。その差がどういう形で御公儀の前に出てくるのか、二十日の座では読めなかった。
明日、それが出てくる。
帳面は、明日開かれる。
堀田は、膝の上の掛けに手を置いた。
御公儀が負った借りは、御公儀が払わねばならない。ただし、幕府の体面を損なわぬ形で。
その加減を量れるのは、借りが生じた時から首座にいた者だけである。
周防守がこの帳面の存在を知ったのは、二十日のことだ。今これを渡したところで、何がどれほどの借りになっているのか、一つずつ確かめるところから始めねばならない。
ならば、自分の代で片をつけておく。
首座としての最初の御用を周防守に、と二十日に姫君への伝言に託した。
あのときは、御宸翰の一件を、首座から首座へ引き継ぐつもりだった。
明日は、それでは足りない。
勘定を済ませた帳面を、周防守に渡す。
周防守は、そこから始めればよい。
十六日の夕刻、この寝所で周防守に首座を頼んだ。あの男は「あとは任せられよ」と言ってくれた。そう言わせた以上、任せる帳面に、前の首座の付け残しを挟んでおくわけにはいかない。
明日、姫君が何を出されようと、量ることは一つしかない。
それを、御公儀の名で出せるか。
出せるのなら、どうすれば出せるかを考えればよい。出せぬのなら、なぜできぬのかを御公儀の体面に照らして申し上げるほかあるまい。
そのうえで、数を詰めるのは周防守に任せる。勘定は、あの男のほうが確かだ。
それが、首座として最後の御用になる。
*
「縫殿」
障子の外で、すぐに返事があった。平野は、今夜も廊下の先で起きていたらしい。
「はっ」
「入れ」
平野が膝で入ってきた。灯の下で、目の下に影が見えた。
「明日の支度をしておいてくれ。裃を出しておけ」
「はっ」
「煎じ薬は、二服分。一つは出がけに飲む。もう一つは、そなたが供待ちで持っておれ。座が長くなれば、戻りの乗物で飲む」
「心得ました」
「懐紙は、多めに」
平野の手が、膝の上で一度だけ握られた。
「……はっ」
「乗物は、九つ半に玄関へ回せ。一橋殿の御屋敷へは、刻より少し早く着いておきたい。廊下で人を待たせるわけにはいかぬ」
「九つ半、承りました」
平野は、少し間を置いた。
「殿。座敷には、手前は上がれませぬ」
「分かっておる」
「座の中で、もしお加減が悪うなられましたら」
「そのときは、周防守がおる」
堀田は、それだけ言った。平野は、それ以上は申し上げなかった。
そのとき、咳が出た。
胸の奥から上がってくる咳だった。堀田は袖で口元を押さえ、身を少し前へ屈めた。平野が膝を進めかけたのを、空いているほうの手で制した。
咳は、三度で止まった。
堀田は、そのまましばらく動かなかった。胸の奥がまだざわついている。それが静まるのを待った。
息が整ってから、枕元の懐紙を一枚取って口元を拭い、畳んで懐紙の束の下へ差し入れた。平野は、その手元を見なかった。
「明日も、これくらいで済めばよい」
「……はい」
平野は、低く答えた。
しばらく、どちらも口を開かなかった。
平野が、障子のほうへ目をやった。
「殿。庭の桜は、もう葉ばかりにございます」
「そうか」
倒れてからこのかた、寝所の障子は閉めたままにしてあった。
「少し、開けてくれ」
平野は立ち上がり、障子を一尺ほど引いた。
夜の気が、寝所へ流れ込んできた。
庭は暗かった。灯の明かりが縁の板を少し照らすだけで、その先は闇である。桜の木がどこにあるのか、輪郭も見えない。風が渡ると、闇の奥で葉が擦れ合う音がした。花のころには聞こえなかった音である。
堀田は、その音を聞いていた。
去年の夏、この庭には百日紅が咲いていた。勝麟太郎が縁側から顔を出したのは、あの花の下だった。勝を通じて、あの姫君の話は幾度も届いた。
その姫君と、明日、同じ座で向き合う。
「縫殿」
「はっ」
「わしはな、あの御方が恐ろしい」
平野は、何も答えなかった。答える言葉を平野が持っていないことを、堀田も分かっていた。
「霜月の廊下でも、後見職様にそう申し上げた。いまも変わらぬ」
風が、また葉を鳴らした。
「閉めてくれ。冷えてきた」
平野が障子を閉め、灯の芯を少し下げて、膝で下がっていった。
寝所には、堀田一人が残った。
堀田は掛けを胸まで引き上げ、目を閉じた。障子の向こうで、葉の擦れる音がまだ続いていた。
(恐ろしい御方の帳面を、首座の手で閉じに参る)
第二百三十八話 了
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