第二百二十四話「糸子のお嫁入り編―京に届いた一通」
一
伏見の町に、夕方の冷えが下りてきていた。
昼のうちは日が差して、南浜の通りの土もいくらか乾いていた。七つを過ぎると水路を渡ってくる風が冷たくなり、繋がれた三十石船の苫の上に薄く靄がかかりはじめた。
京都試衛館の板戸は、まだ開けてあった。
土間では若い隊士が二人、竹刀を片付けている。竹刀を借りにくる近所の子供らは、とうに帰っていた。奥の間で帳面を見ていた山南敬助の耳に、表で隊士が誰かと短く言葉を交わす声が届いた。いつもの客を迎えるときの声ではなかった。
山南は帳面を閉じて立った。
土間へ出ると、戸口の外に菅笠が二つ並んでいた。
鷲尾官兵衛と、壬生影明だった。
二人とも脚絆に振り分けの荷という旅装で、笠の縁には街道の土が白く乾いてこびりついている。鷲尾は日に焼けた顔でにやりと笑い、山南と目が合うと、笠の縁を指で持ち上げた。
「山南さん。ご無沙汰しておりやす」
「鷲尾さん。……壬生さんも」
壬生は黙って頭を下げた。顔つきはいつもと変わらない。右の手だけが、旅装の胸元に当てられたままだった。
去年の皐月十二日、山南はこの戸口から五人を送り出している。沖田総司、斎藤一、鳴海次郎、そしてこの二人である。あの朝並んでいた五人のうち、京へ戻ってきたのはこの二人だけだった。
「どうぞ、中へ。まずは足を洗ってください」
鷲尾は笠を取る前に、通りの左右へ目をやった。水路沿いの道を、荷を担いだ男が一人通り過ぎていく。その背が遠ざかるのを見届けてから、ようやく敷居をまたいだ。壬生がそのあとに続いた。
*
盥の湯で足を洗わせ、奥の間へ通すと、鷲尾が懐から書状を出した。
「近藤さんからでさぁ」
山南は受け取って封を切った。
短い文だった。
『この二人を試衛館に置き、左大臣様のお返事が出るまで待たせてほしい。二人が運んできた書状は、姫様が左大臣様へ直にお渡しするよう命じられたもので、ほかの誰の手にも渡してはならない。』
山南はもう一度、頭から読んだ。近藤の文はいつも用件しか書いていない。
文をたたんで、膝の上に置いた。
壬生の手は、まだ胸元にある。そこに何が入っているのか、山南は尋ねなかった。近藤が知らないことを、この二人が知るはずがない。
「承知しました。お返事が出るまで、ここにいてください」
「へい。お世話になりやす」
鷲尾が軽く頭を下げた。
「道中は、いかがでしたか」
「何事もありやせんでした。壬生が前を歩いて、あっしが半歩うしろ。江戸を出るときに近藤さんから日を急ぐなと言われておりやしたんで、宿も早めに取りやした」
鷲尾は隣の壬生をちらりと見た。
「こいつは十五日のあいだ、ほとんど口をききやせんでしたがね」
壬生は何も言わなかった。黙っているのが、そのまま返事になっていた。
鷲尾は少し声を落とした。
「京は、どんな具合で?」
「割と落ち着いています。物騒な浪人がいないわけではありませんが、去年の卯月のようなことはありません」
「そいつは何よりでさぁ」
そう言いながら、鷲尾の目は一度、障子の向こうの表へ向いた。この男は人の話を聞いたうえで、自分の目と耳でも確かめる。
「左大臣様には、今夜のうちに使いを出します。明日のお目通りを願っておきましょう」
壬生が顔を上げた。
「……今夜のうちに、ですか」
「早いほうがいいでしょう。それを抱えたまま幾晩も過ごすのは、気が休まらないでしょうから」
壬生は胸元の手を、少しだけ押さえ直した。返事はなかった。
去年の皐月のあの朝も、この若者は顔色ひとつ変えなかった。それでも目だけは、ときどき東へ向いていた。山南はそれを覚えている。その東から、いまは何かを胸に収めて戻ってきた。
「沖田さんは、いかがですか」
鷲尾の顔から、笑いが少し引いた。
「顔の色は戻りやした。こっちへ発つ前に、近藤さんと連れ立って姫様のところへ報告に上がったそうで」
「そうですか」
「目にも、力が戻っておりやす」
山南はしばらく黙っていた。
伏見の夜のあと、沖田は笑い方を失っていた。京を発つ朝、山南はあの男に、完全に握れなくなるまで刀は置いておけと言った。その後のことは近藤の文でしか知らない。
「それを聞いて、安心しました」
*
夕餉は、隊士たちと同じ膳を出した。
鷲尾は旨そうに三杯食べた。壬生は一杯を黙って食べ終えると、箸を置き、また右の手を胸元に戻した。
膳が下がるのを待って、山南は隊士を一人呼び、近衛邸の家司あての短い文を持たせた。江戸より旭狼衛の者が二人着いたこと。左大臣様へ直にお渡しすべき書状を携えていること。明日のお目通りを願いたいこと。伏見から洛中までは遠い。隊士は提灯を提げて出ていった。
*
その晩、二人は試衛館の奥で寝た。
鷲尾は夜中に一度起きて、表の戸締まりを確かめにいった。山南は自分の部屋でその足音を聞いた。壬生の部屋からは、朝まで物音ひとつしなかった。
使いの隊士は、その夜更けのうちに戻っていた。家司の藤右衛門から預かってきた返事は、短かった。
明日、八つ半に。
二
伏見からの文は、昨夜も遅くなってから届いた。
藤右衛門が寝所の外まで持ってきたそれには、山南の字で、江戸から旭狼衛の者が二人、左大臣への書状を携えて着いたと書いてあった。
忠房はその場で、八つ半と返事をさせた。
娘の文は、ふだんなら天朝の文の道で届く。荷にまぎれて走り、三日ほどで裏手の潜り戸を叩く。それをわざわざ二人に半月かけて東海道を歩かせたのは、その道には載せられない文だからだろう。
十日あまり前、その天朝の道で、娘から薄い文が一通届いている。皐月に送った書状の返事も、まだ来ていない。
それ以上は考えずに、忠房は床に就いた。
*
八つ半を少し過ぎたころ、藤右衛門が私室の障子の外で膝をついた。
「伏見の山南殿が、江戸よりの者を伴って参りました」
「一人か」
「お目通りを願うておりますのは、一人にござります。もう一人は表門の脇に控えております。中へとお勧めいたしましたが、表のほうがよいと申しまして」
忠房は頷いた。
「通せ。それから、人払いを」
藤右衛門は何も問わずに下がった。
忠房は小袖に羽織を掛けた姿のまま、文机の前から膝を回して座り直した。
障子の外の庭では、糸桜がまだ固い蕾をつけている。枝先にようやく赤みが差してきたところで、ほころぶにはまだ日がかかる。日差しは春のものになっていたが、障子を閉てた部屋の畳には、まだ冬の冷えが残っていた。
廊下に二人分の足音がして、障子の外で止まった。
「山南敬助、参上いたしました」
「入れ」
障子が開き、山南が敷居際で膝をついた。その後ろに、小柄な若者が同じように控えている。旅の埃は払ってあったが、身なりは旅装のままだった。
「こちらが、江戸より参りました壬生影明です。姫様より、左大臣様への書状を預かってまいりました」
山南が引き合わせると、若者は黙って頭を下げた。
「近う」
二人が膝で進んだ。
「伏見は、変わりないか」
「はい。静かにしております」
山南はそう答え、少しだけ頭を下げた。去年の卯月、伏見は静かではなかった。そのあと忠房が紫野に建てさせた名のない石のことを、この男はよく知っている。
壬生は山南より半歩下がったところで止まり、胸元へ手を入れた。取り出したのは、厚い封だった。両手に載せ、そのまま忠房の前へ進めようとする。
「そこへ置けばよい。直に差し出さずとも」
壬生の手は止まらなかった。
「姫様より、左大臣様へ直にお渡しするよう申しつかっております」
低く、短い声だった。
忠房は手を伸ばして受け取った。
厚い。上書きに目をやると、娘の手だった。
(――乱れておらぬ)
去年の如月にも、同じことを確かめた。字というものは、書いた者の眠りの浅さも心の焦りも隠しきれない。この上書きの筆には、どこにも迷いがなかった。
忠房は封を膝の脇へ置いた。
山南が横から言い添えた。
「近藤殿からの文には、中身は自分も知らされていないとありました」
「そうであろうな」
娘は中身を誰にも知らせずにこれを出した。近藤にも、運ぶ者にもだ。それが娘の判断なら、ここで問いただすことは何もない。
「壬生とやら」
「……はい」
「道中、障りはなかったか」
「……はい」
「そうか。正月の東海道は、寒かったであろう」
壬生は小さく頭を下げただけだった。
「沖田は、いかがしておる」
壬生の目が、わずかに動いた。
「……道場に、また立っております」
「そうか」
大徳寺の朝、忠房はあの男の痩せた肩に一度だけ手を置いた。笑おうとして笑えずにいた顔を、忠房は覚えている。
「それは、よかった」
少し間を置いて、忠房は問いを変えた。
「江戸の娘は、どうしておる」
壬生はすぐには答えなかった。少し考えてから、口を開いた。
「お健やかにござります」
「そうか」
「門まで出てこられて、手ずから、これを」
それだけ言うと、壬生はまた口を閉じた。
忠房はしばらく、その言葉を胸のなかで転がしていた。
娘はいま、一橋の上屋敷の奥御殿にいる。武家の屋敷では、奥の者は表へ出ない。公家の家でも、姫が表の門まで出て人を見送ることはまずない。その門まで、娘は自分で出ていった。家司にも侍女にも預けず、運ぶ者の手に自分で載せた。
この一通の重さは、それで分かった。
「山南」
「はい」
「この二人は、そなたのところに置いてくれておるのじゃな」
「はい。近藤殿から、左大臣様のお返事が出るまで待たせるよう頼まれております」
「返事が整うまで、伏見で待っておれ。日はかかるやもしれぬ」
「承知いたしました」
「表におるもう一人にも、そう伝えてくれ」
「はい」
山南が頭を下げ、壬生もそれに倣った。
二人が膝を引きかけたところで、忠房はもう一度呼び止めた。
「壬生」
「……はい」
「遠いところを、よう届けてくれた」
壬生は畳に手をついたまま、しばらく動かなかった。
「……忝く存じます」
江戸の門前で口にしたのと同じ言葉だった。壬生は額が畳に触れるほど頭を下げ、山南のあとについて敷居を越えていった。
障子が閉まり、足音が廊下の奥へ遠ざかる。やがて表のほうで、藤右衛門が誰かに声をかけるのが聞こえた。門の脇で待っていた男を送り出しているのだろう。
それも聞こえなくなった。
忠房は、膝の脇の封に手を置いた。
厚い。皐月に忠房が送った書状は、一枚きりの薄いものだった。その返事がこの厚さで戻ってきた。
すぐには開けなかった。
三
日が傾くまで、忠房は文机の前で別の書き物を片付けた。
そのあいだも、封は膝の脇に置いたままだった。開けるなら、誰も来ないと分かっている刻がいい。家の者が夕餉の支度に取りかかり、表の出入りが絶えるのを待った。
障子の紙が灰色に沈みはじめたころ、忠房は灯を一つだけ灯させ、あらためて人払いを命じた。
廊下の足音が遠のいてから、封を切った。
中には紙が何枚も重なっていた。灯の下に、娘の手が並ぶ。
『父上、』
一行目は、それだけだった。
『久しく消息も聞こえさせず、お心を悩ませ奉りたる事、幾重にも恐れ入りたる事にございます。』
詫びから始まっている。急がずともよいと書いたのは忠房のほうだ。それでも娘は、まずこれを書いた。皐月から正月まで待たせたことを詫びなければ、先へ進めなかったのだろう。
次の行へ目を移した。
『御門の内々の思し召し、謹んで拝受つかまつりまする。このまろをかほどまでに高く評してくださいましたること、有り難う存じ奉りまする。父上の御心にもお応えいたしとうおす。御門への御返りの奏上、父上よりお願い申し上げまする。』
忠房の目は、その数行の上で止まった。
読み違えようのない字だった。拝受つかまつりまする…とある。
紙を膝の上に置いた。
しばらく、そのまま動けなかった。灯芯がかすかに鳴り、庭のほうで夜の鳥が一声鳴いた。聞くともなしにそれを聞きながら、忠房は膝の上の紙を見ていた。
「……受けてくれるか」
口に出してみて、自分の声がひどく小さいことに気づいた。
この話を御門から打ち明けられたのは、去年の初春の宵だった。
内々の召しで御常御殿へ上がると、密談ゆえに御簾は上げられていて、御門と忠房は灯を挟んで直に向き合った。御門はしばらく忠房の顔をご覧になり、それから、どこか肩の力の抜けた声で仰せになった。
「実はな、以前からずっと、朕の胸に想うていたことがあるのだ。……忠房。朕の相談に、のってはくれまいか」
帝みずから臣下に相談を乞われる。忠房はいま一度平伏し、「この忠房にできますることあらば、なんなりとお申し付けくださりませ」と申し上げた。
御門は「安心いたしたぞ」と仰せになった。
そうして打ち明けられたのが、儲君の御方のことだった。
その夜から、忠房は娘に何も知らせなかった。如月、娘から届いた文を文箱へ収める折にも、あの件をいつまでも伏せておくわけにはいかぬと思った。だが、思っただけで蓋をした。動かせぬものは、動かせる時が来るまで置いておく。
そうして、皐月まで過ぎた。
家にとって良い話なのは分かりきっていた。分からなかったのは、娘にとって良い話かどうかだった。幾月もそれを考えて、ようやく筆を執った。御門の御意と自分の願いとを分けて書いた。
受けてほしいというのは、父一人の胸の内として書いた。断る道も、急がずともよいという言葉も、先に置いてから書いた。
この儀は、すぐに答えを出せるものではない。そなたの行く末に関わることゆえ、急がずともよい。心ゆくまで思案いたせ。返事は、そなたの腹が決まってからでよい。御門にも、そのように申し上げてある。
自分で書いた文言は、いまでもそらで言える。
送ってからは、待つしかなかった。
御門には、娘の返事はしばらくお待ちいただきたいと言上してある。お許しも得ている。
その返事が、いま膝の上にある。
忠房は長く息を吐いた。それで、肩に入っていた力が抜けた。
膝の紙をもう一度取り上げた。
この先は日を改めてゆっくり読めばいい。今夜はこの数行で足りる。そう思ったのに、指は勝手に紙をめくり、目は先へ先へと字を追っていった。
書いてあることは多かった。異国のこと、幕府のこと、御門へのお願い、朝廷のなかのこと。どれも御門の使いとして書かれた文で、一行ずつ吟味しなければならない。忠房はそれらをひとまず流し読みにして、末尾のほうまで来た。
そこで、指が止まった。
お急ぎには及びませぬ。父上が、わたくしにくださりましたほどの時を、此度はわたくしがお待ち申し上げまする。
その一行を、二度読んだ。
読み終えたところで、笑いが漏れた。
皐月から正月まで父を待たせた娘である。半年あまり返事を書けずにいた娘が、今度は自分が待つと書いてきた。それも、父上がくださったほどの時を、とわざわざ断ってある。
「……言うてくれるわ」
灯の前で、忠房は一人で笑った。
人払いをしてあるから、誰に聞かれる心配もない。笑いがおさまるまで、紙を手に持ったままでいた。
これを書いたとき、娘はどんな顔をしていたのだろう。たぶん、少し笑いながら書いたのだろうと思った。
笑いがおさまると、忠房は受諾の行まで紙を戻した。
『謹んでお受け申し上げまする』
これで、御門に申し上げられる。
忠房は紙を膝に置いたまま、障子のほうへ目をやった。外はもう暗く、庭の糸桜も苔も見えない。障子の紙に、灯の色が映っているだけだった。
御門は、この返事をどうお聞きになるだろう。断ってもよいと仰せになったのは御門ご自身である。それでも、受けたと申し上げれば、御門のお顔がどうやわらぐか、忠房には見えるような気がした。去年の初春の宵、相談にのると申し上げたときの、あのお顔だ。
娘は受けた。御門は望まれた。そのあいだに立って、これから先の段取りをつけるのは自分の役目になる。忠房は、その役目を初めから引き受けるつもりでいた。娘が表に立つと決めたときから、泥をかぶる役はすべて父が引き受けると、忠房は決めている。
四
夕餉は私室へ運ばせた。
膳を下げさせると、忠房は灯芯を少し掻き立て、紙を頭から並べ直した。今度は一行ずつ読むつもりだった。
詫びがあり、受諾がある。そこまでは娘としての文で、その先から書きぶりが変わっていた。父上と呼びかける言葉が減り、御門の使いが左大臣に報告し、願い出る文になっている。
最初は、英国のことだった。
去年の暮れ、英国公使館との談判の席に、娘が同席した。将軍後見職、一橋慶喜の求めによるもので、その根拠として天朝外語御用掛の肩書が挙げられた。
忠房はそこまで読んで、顔を上げた。
そんな談判があったことは、京には聞こえてきていない。
文机の脇へ手を伸ばし、古い桐の文箱を引き寄せた。蓋を開け、歌の反故と色の褪せた目録をのけて、その下から一通を取り出す。
十日あまり前に届いたものだった。
いつもの天朝の文の道を通って、夕暮れに裏手の潜り戸を叩いた文箱である。忠房が直に使っている若い供の者が受け取り、庭伝いにこの部屋まで運んできた。中には、娘の手の薄い書状が一通だけ入っていた。
英国の代理公使ニールから、手土産を贈りたいので望むものがあれば知らせてほしい、と申し出があった。そのうえで、求める品の案が並べてある。
製糸の機械と、それを動かす蒸気の機関、工作の機械。電信の機械に、蒸気の商い船。技師と、商いの実務を教える者。そして、こちらが品を求める折には英国から先に回してもらうという約束。
最後に、受け手を天朝とすることについて、御門の内諾を賜りたいとあった。
書いてあるのは、それだけだった。
これを読んだ晩、忠房は首をかしげた。
英国の代理公使が、なぜ娘に礼の品など贈るのか。何の礼なのか、どこにも書いていない。並んだ品も、礼の品と呼べるものではなかった。機械と船を寄越し、人を寄越せという。そのうえ、先々の商いの約束まで取りつけようとしている。
御門の内諾を願うとある以上、いずれは奏上しなければならない。だが、何の礼かと御下問があれば、忠房には答えようがない。そのようなものを持って御前に出るわけにはいかなかった。
天朝物産会所の荷のうち、横浜から海の向こうへ出ていくものの多くが生糸であることは、忠房も知っている。製糸の機械というのは、その糸を繰るためのものだろう。見当がつくのはそこまでで、なぜ英国がそれを寄越すのかは、やはり分からなかった。
娘のことだから、考えがあって書いたのだろう。そう思って文箱にしまい、十日あまり、そのままにしておいた。
その答えが、いま膝の上の紙にある。
忠房は二通を並べた。本状の末尾近くに、こう書いてある。
英国の件は、別に飛脚にて申し上げまする。
薄いほうが先に着き、厚いほうが十日あまり遅れて着いた。飛脚と人の足では、それだけの差が出る。別紙のほうは、途中で誰が開けても、英国から礼の申し出があったとしか読めないように書いてあった。
(……そういうことか)
本状に目を戻した。
『後見職殿の御所望は、通詞の役にてはござりませぬ。英国の書面は日本の政府に宛てたものにて、「御公儀」とは記されてござりませぬ。その座に朝廷の使いが列なりおれば、答えを返す者は幕府だけではないという形になりまする。』
幕府の答えに、朝廷の御名を連ねさせんとの御所存と拝察いたしまする。
忠房は、その数行を二度読んだ。
幕府の答えに、朝廷の名を連ねさせる。談判の座に御門の使いが座っていれば、幕府が英国に何を答えようと、朝廷もその場で聞いて認めた答えになる。娘を座らせたのは言葉を通すためではなく、そのためだった。娘はそう書いている。
一橋殿とは、娘は去年のうちに会談の座を持っている。
その一橋は、勅使が江戸へ下ったあとで将軍後見職に就いた。そして娘は、その上屋敷の奥に住んでいる。後見職が、同じ屋根の下にいる御用掛を談判の座に呼ぶ。手続きの上では、何もおかしなところはない。
慶喜を責める言葉は、一つもなかった。
一橋殿はこう求め、こういう根拠を挙げた。その狙いはこうであると拝察する。娘が書いたのはそこまでで、どう裁くかには触れていない。裁くのは御門だからだ。娘はそれを、父の手を通して御門へ届けようとしている。
次の行には、御門へのお願いがあった。書面ではなく、内々の御言葉として賜りたい。それを父の書状に記して、江戸へ伝えてほしい。文案が添えてあった。
『外語御用掛は朕の言葉を伝える者なり。朕の許しなく、他の言葉を伝えさせてはならぬ』
短い文だった。
これがあれば、幕府が次に娘を談判の席へ呼ぼうとしたとき、御門のお許しはあるのかと問い返せる。書面にしないのは、残さないためだろう。父の書状のなかに一行あるだけなら、誰にいつ見せるかを、娘のほうで選べる。
忠房は、これを奏上すべきものとして頭に収めた。
その次が、宸翰のことだった。
宸翰を賜りまするならば、御宛所は将軍後見職、政事総裁職、老中首座の御三方と願い上げまする。御文中に、仔細は左大臣忠房に問え、との一句をお加えくださりますれば、御公儀の御念押しは、ことごとく父上の御許へ参りまする。
宸翰は、武家伝奏から所司代へという公の道を通さない。江戸で城へ持って上がるのは水無瀬実光とする。そう書き添えてあった。
忠房は紙から目を離した。
公の道を通さない。伝奏も所司代も通さないということは、関白も経ないということだ。
安政の折に水戸へ降りた勅が密勅と呼ばれたのは、関白の手を経ずに出されたからである。あの一枚の紙のあとで何が起きたか、忠房は覚えている。
娘が願い出ているのは、それと同じ形のものだった。違うのは、宛先が幕府の要の三人だというところだけだ。
仔細は左大臣忠房に問え。その一句も、もう一度読んだ。幕府が念を押そうとすれば、その問いはすべて忠房のところへ来る。娘はそれを承知で、父の名を書き入れている。
忠房は紙の上に指を置いたまま、しばらく考えた。考えはまとまらなかった。これは御門の御前で申し上げ、御門のご判断を仰ぐことだ。忠房はその行に、折り目を一つ付けておいた。
*
その先には、幕府への対処の方針が書いてあった。
御門には、何も条件を出さない。取り立てる相手は幕府だけとする。伝える順序も決めてあった。まず内定を伝え、次に英国との談判の件を持ち出し、最後に取り立ての話をする。求めるものの案も並んでいた。その末尾に置かれていたのは、商務語学所を広げることだった。
どれも、未来の后を談判の席に引き出したという一件を、幕府自身に気づかせたうえで取るものだった。
忠房の口元が、少しだけ緩んだ。家の帳面を前にしたときの娘の顔を、忠房は娘が幼いころから見てきた。この数行は、その顔で書かれていた。
その次は、朝廷のなかのことだった。后の座をめぐる家々への対応は、父に任せたい。公家衆の噂の網と、事が起きたときに静観してくれる公家衆とを、これまでどおり保ってほしい。
忠房の頭に浮かんだのは、一条家のことだった。
一条家には、たしかに糸子より一つ年下の姫がいる。右府・一条忠香は、娘たちの躾に厳しいことで知られた人物だ。この件が表に出れば、あの家が黙っているとは思えない。ただ、表に出すのは儲君の践祚の折とすると、去年の書状に忠房自身が書いている。それまでは何も出さない。そう決めて、次の行へ移った。
『此度の儀を知りおる者、東国にてはわたくし一人にございます。葵にも未だ聞こえさせず。御公儀へ明かし奉るは、宸翰のお下りになりましたる後、御三方に限りとう存じまする。』
『葵』という名で、目が止まった。
江戸に供奉させた侍女のひとりだ。娘が何を抱えていても、たいていは葵が先に気づいた。その葵にも言っていない、と娘は書いている。
父の書状を受け取ってから、娘は誰にも言わず、一人でこれを抱えていたことになる。そうさせたのは、限られた者のみに知らせよと書いた、忠房自身の一行だった。
その一行の上で、忠房の手はしばらく止まっていた。
返事の道筋は、最後のほうに書いてあった。この書状を運ぶ二人は京で待たせておく。父の返事も、御門の一言も、宸翰も、その二人に持たせて江戸へ戻してほしい。父からの返事は、山南を通じて二人へ渡るようにしてほしい。
忠房が言ったことは、娘の書いた段取りと、噛み合っていた。
読み終えたときには、灯の油がだいぶ減っていた。
忠房は紙を元の順に揃え、別紙と重ねた。厚いものと、薄いもの。二通を、桐の文箱の歌の反故の下へ差し入れる。上から古い紙を重ね、角をわざと少し不揃いにして、蓋を閉じた。
これなら、誰がこの箱を開けても、古い紙の山にしか見えない。
五
翌朝、忠房は朝餉の膳を前にして、箸を取る前に藤右衛門を呼んだ。
「藤右衛門」
「はい」
「御門へ、内々にお目通りを願いたい。その旨、伺いを入れておいてくれ」
「御用向きは、いかが申し上げましょう」
「私事、とだけ」
藤右衛門は一礼した。
「承知いたしました」
老人はそれ以上何も問わずに下がった。長年この家の家政を預かってきた男は、主人の声の色で、問うてよい用と問うてはならない用とを聞き分ける。今朝の声は、後のほうだった。
伺いの返事は、すぐには来なかった。
御門のお側には、毎日書状が積み上がる。内々のお目通りでも、その合間に刻を作っていただかなければならない。そのあいだ、忠房はいつもどおり朝議に出て、いつもどおり書き物を片付けた。関白が替わって日の浅い朝議では、どの座にも新しい関白の顔色をうかがう気配があったが、忠房はそれにも、いつもの間合いで応じた。
夜になると、桐の文箱から娘の書状を出して、一度だけ目を通した。
奏上の順序は、娘が書いた順にする。まず受諾を申し上げ、次に英国の件、それから御言葉と宸翰のお願い、別紙のこと。幕府への方針は父への報告として書かれたものだから、御前には持ち出さない。頭のなかでそれだけ並べ直して、紙をまた反故の下へ戻した。
伏見の二人のことを、一度だけ思った。あの若者は、いまも伏見で待っているだろう。だが、こちらからの返事を持ち帰るまで、役目は終わらない。
山南からは何も言ってこなかった。二人が変わりなく待っているということだ。
数日して、御所から返事が来た。
『明日、参内せよ』とあった。
六
参内の朝は、雲一つなかった。
夜のうちに冷え込んだぶん、日が昇ると空が高い。御所の築地塀の上に、春らしい淡い色の空が広がっていた。
藤右衛門に見送られて、忠房は乗物に乗った。
近衛邸から御所までは、さほど遠くない。乗物の小窓の外を、公家町の築地が流れていく。行き交う者の足取りに、急いた様子はなかった。去年の春から夏にかけては、どこかで血が流れたという噂が、聞こえていたものだった。物騒な浪人がすっかりいなくなったわけではないが、町の気配はずいぶん落ち着いている。
乗物は御所の西側へ回った。
宜秋門をくぐる。公卿門とも呼ばれるこの門を通れるのは、宮家と摂家、そして大臣をはじめとする限られた公卿だけである。忠房は御車寄で乗物を降り、殿上へ上がった。
取次の者に名と用向きを告げる。私事にて、御門へ内々に。取次は承って奥へ下がり、忠房は諸大夫の間へ通された。
諸大夫の間は、襖の絵によって三つに分かれている。桜の間、鶴の間、そして一番奥の虎の間だ。三位以上の公卿は、虎の間で控える。畳の縁の柄も、部屋への入り方も、ほかの間とは違っていた。
虎の間の襖には、その名のとおり虎が描かれている。
敷居を越えると、先客がいた。
上座寄りに、公卿が一人座っている。五十を過ぎた年配の男で、整った面差しに、摂家の当主らしい落ち着いた品があった。膝の上で、閉じた扇を指先で軽く押さえている。
右大臣、一条忠香だった。
幕府とも朝廷とも事を構えず、両者の協調を図ってきた人である。将軍継嗣のことでは一橋殿を推し、そのために安政の折には慎を蒙っている。一橋殿の正室は、一条家の養女として嫁いだ人だ。
忠房は敷居の内で足を止め、軽く頭を下げた。
「右府殿」
一条は顔を上げ、目を少し細めた。
「これは左府殿。朝から精の出ることにおじゃるな」
「右府殿こそ」
忠房は、一条から一つ間を空けて座った。官位は忠房が上で、年は一条がはるかに上である。座の取り方には、そのどちらにも釣り合う間合いが要った。
しばらく、どちらも口をきかなかった。
「今朝は冷えたが、日が出ると春におじゃるな」
「左様にござりまするな」
「御所の梅も、そろそろ見頃におじゃろう」
一条は障子のほうへ目をやった。忠房もそれに合わせて、同じほうを見た。
襖の向こうを、取次の者が足音も立てずに行き来する。遠くで戸が一つ閉まる音がした。春の日が、障子を白く照らしている。
先に口を開いたのは、一条だった。
「近ごろは、江戸の姫君のお噂を、聞くのでおじゃる」
「娘の…にござりまするか」
「左様。麿の耳にも、あれこれと届いておじゃる。いつぞやは、メリケンの者どもと膝を突き合わせて、帝の御意を通されたとか」
安政のメリケン国との交渉のことだった。娘がその席に朝廷の使者として列なり、御門が是とされた三つの柱を向こうに認めさせた。朝廷の内では知られた話である。
「御用を務めたまでにござりまする」
「御用、におじゃるか」
一条は扇を膝の上で軽く返した。
「五摂家の姫君の御身で、海の向こうの者と言を交わされる。江戸に下られて、御名代として幕府の重職と渡り合われる。……大層、変わった姫君におじゃるなぁ」
忠房は答えなかった。
変わっている、というのは、忠房には聞き慣れた言葉だった。幼いうちから家の帳面を開いて、傾きかけていた近衛の家計を立て直した娘である。そう言われても仕方のないことを、娘は幾つもしてきた。
褒めたのか、そうでないのか、言葉だけでは決められない言い方だった。一条の顔にも、どちらとも取れる薄い笑みが浮かんでいる。
「御門の御用を務めますのに、変わっておるかどうかは、障りにはなりませぬゆえ」
忠房はそれだけ返した。朝議で使う声だった。誰の反論も呼ばず、それでいて、そこから先へは話を進めさせない声である。
一条は小さく頷いた。
「左様におじゃろう。御門の御用とあれば」
それから、扇の先で膝のあたりを軽く叩いた。
「姫君が御滞在の一橋の屋敷は、麿の家とも縁がおじゃる」
「存じておりまする」
「なれど、あちらからは姫君のお噂が、とんと聞こえてまいらぬ。御使者の姫君なれば、あちらも気を遣うて、要らぬ行き来は控えておるのでおじゃろう」
「御公儀も、朝廷の使いとはそのように」
「左様、左様。それが筋におじゃる」
一条は、それで納得したように頷いた。
一橋家は、朝廷の使者に要らぬ近づき方をしない。幕府がそうしているのに倣っているだけで、娘に限った話ではない。一条も、それは承知しているらしかった。縁のある屋敷に娘が住んでいても、一条の耳に入るのは、外から聞こえてくる御役目の評判だけということになる。
一橋の屋敷、と聞いて、忠房は娘の書状の一行を思い出していた。取り立ての案のなかに、屋敷のことも書いてあった。受けると決めた娘は、いずれあの屋敷を出るつもりでいる。そのことも、一条は知らない。
一条は、しばらく障子の白さを眺めていた。
「姫君というものは」
ふと、一条が言った。
「歌を詠み、文を読み、奥にあってこそ光るものにおじゃる。麿の家では、娘どもをそのように育てておじゃるが」
そこで言葉を切り、忠房のほうへ目を向けた。
「……近衛の御家には、近衛の御家のお考えがおじゃろうの」
忠房は、その目を受けた。
一条家の姫たちは、歌にも漢籍にも通じていると聞く。
一条は何も知らない。そのまま、自分の家の姫たちを引き合いに出している。
奥にあってこそ光る、と一条は言った。そのさらに深いところへ、娘は入ることになる。
御所の奥へ。だが、それをこの座で口にすることはできない。
「一条の御家の姫君方の御評判は、わたしも聞き及んでおりまする」
忠房はそう答えた。
「それは、ありがたいことにおじゃる」
一条は軽く頭を下げ、扇を閉じ直した。
「時に、左府殿」
扇が、膝の上で横になった。
「姫君は、いつまで江戸に置かれるおつもりにおじゃる」
「御門の御用が続くかぎりは」
「御用が続くかぎり、におじゃるか。……五摂家の姫君が、いつまでも武家の町におわすというのも、いかがなものにおじゃろうの」
咎める調子はなかった。世間話の続きのような言い方だった。それでも、問いの形はしている。
「娘の行く末は、わたしが考えますことにござりますれば」
忠房はそれ以上を言わなかった。
「ごもっとも。親の考えることにおじゃるな」
一条はあっさり引き、扇を立て直した。
また、しばらく沈黙が続いた。
襖の向こうで、取次の者が誰かの名を呼んだ。忠房の名ではなかった。
「して、左府殿は」
一条が、何気ない調子で言った。
「今日は、いかなる御用でおじゃる」
「私事にて」
忠房の答えは短かった。
「ほう、私事とな……」
一条の眉が、わずかに上がった。
「左府殿の私事とは、珍しいことにおじゃる」
「御門に、少々お耳に入れたき儀がござりまして」
「左様におじゃるか」
私事というのは、偽りではなかった。最初に申し上げるのは、御門が御自らの胸に想うておられたことであり、娘の嫁ぐ先のことである。これほど私事と呼ぶにふさわしい用もない。ただ、それが国の行く末にどう関わるかを、この座で言うつもりはなかった。
一条はそれ以上は問わなかった。問わないかわりに、扇の要を指でなぞりながら、しばらく忠房の横顔を見ていた。
忠房は前を向いたまま、その視線を受け流した。
右府はこの件を知るのは、儲君が践祚なさる折である。それまでは一条家の誰にも、この座の誰にも、知らせることはない。
七
襖の外で、衣擦れの音がした。
取次の者が敷居際に膝をつき、頭を下げた。
「左府様。御常御殿へ、お召しにござります」
「承った」
忠房は膝を立てた。
立ち上がる前に、一条へ軽く会釈をした。一条も、同じだけ頭を下げて返した。
「では、右府殿。お先に」
「ごゆるりと」
忠房は取次のあとについて、虎の間を出た。
敷居を越えるとき、目の端に一条の姿が入った。扇を膝に置いたまま、こちらを見ている。忠房は振り返らなかった。
廊下は長かった。取次の者は足音を立てずに先を行き、忠房はその背を追って、奥へ奥へと進んだ。表の気配が遠のき、障子越しの光が少しずつやわらいでいく。
やがて取次の者が、奥まった一間の障子の前で足を止め、膝をついた。
忠房も、その後ろで膝をついた。
第二百二十四話 了
今回のお話では、一条家当主・一条忠香が登場しました。史実では、忠香は後に明治天皇の皇后となる昭憲皇太后の父であり、従一位・左大臣を務めた人物です。
本作では史実とは異なり、右大臣という設定で描いております。
そして、もう一人。一条家の姫君、寿栄君姫(史実の昭憲皇太后)。
彼女がこれから糸子とどのように関わっていくのか。
果たして、糸子にとって后の座を争う存在となるのか。それとも、別の形で物語に関わっていくのか。
その行方も、ぜひ楽しみにしていただければと思います。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
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これからも糸子たちの物語を、どうぞよろしくお願いいたします m(_ _)m




